1.会社よりも加害者である上司が許せないという人もいる
パワーハラスメントに関する相談を受けていると、会社よりもハラスメントの加害者である上司に対して強い被害感情を持つ方がいます。
こうした方から、加害者である上司個人を訴えてくれという依頼を受けることがあります。
民間企業での勤務関係を前提とした場合、上司の方のハラスメントが、それ自体不法行為を構成するようなものであれば、上司単体を訴えるということも、選択肢としてないわけではありません。
① 会社の安全配慮義務違反の構成をとった方が、配慮に欠けた処遇をしたという部分まで広くカバーできること、② 会社の方が個人よりも賠償資力を有している可能性が高いこと、③ 民事訴訟は報復というよりも被害回復のために設計された制度であることから、普通は会社単体か、会社と加害者をセットで訴える場合が多いだけです。
2.公務員は上司個人を被告にすることが難しい
しかし、公務員の場合、加害者である上司を被告として訴訟提起することはできません。損害賠償を請求しようとする場合、被告になるのは常に「国又は公共団体」という法人だけです。
これは責任追及の根拠となる法律が異なるからです。
民間の場合、民法に基づいて損害賠償請求します。ここでは加害者とその使用者は連帯して責任を負うものと理解されています。
公務員の場合、国家賠償法という法律に基づいて損害賠償請求することになります。
国家賠償法の解釈として、最高裁は一貫して公務員の個人責任が発生することを否定しています。
最三小判昭30.4.19民集9-5-534は、
「右請求は、被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。」
と判示しています。
最二小判昭53.10.20民集32-7-1367は、
「公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人はその責を負わないものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところである」
と判示しています。
故意不法行為であったとしても、職務に関連した加害行為に関しては、公務員の個人責任を追及することができないというのが古くからの最高裁の立場です。これは公務員の公務への萎縮を防ぐためだと理解されています。また、このような理解のもとにおいても、公務員に故意重過失がある場合、国や地方公共団体が公務員への責任追及を行うため、極端なモラルハザードが起きることはありません(国家賠償法1条2項)
いずれにせよ、確立したといってよい最高裁の判例があるため、職務との関係で行われたハラスメントについて、損害賠償請求訴訟という方法で公務員個人の責任を追及することは極めて困難です。
3.国家賠償法の解釈を無視した請求がなされることがある
私が、なぜ、今回のような記事を書いたかというと、実際の事件として経験したことがあるからです。
行き過ぎた指導があったとして、損害賠償を請求された公務員の方がいました。私が相談・依頼を受けたのは、その公務員の方からです。被害を受けたと主張している方は、国に対しては何ら損害賠償請求はしていませんでした。
私がハラスメントがないことを主張するとともに最高裁判例を指摘すると、それ以降、先方からの通知は来なくなり、しばらくした後、相手方の代理人弁護士から辞任したとの連絡がありました。
本記事で指摘した最高裁判例は著名判例と言ってよいもので、弁護士が全く知らないということは有り得ないと思います。しかし、国家賠償法関係の裁判例は普通に弁護士実務をしているだけでは意識する機会が殆どないため、気が回らなかったのではないかと思います。
4.今後も個人責任を否定する解釈が維持されるかは注意が必要
現時点において、損害賠償請求との関係で公務員個人の方が訴えられる可能性は極めて低いだろうと思います。
しかし、県警所属の複数の警察官が職務として組織的に違法な盗聴工作を行ったという極めて特異な事案においてではありますが、
「公務は、私的業務とは際立った特殊性を有するものであり、その特殊性ゆえに、民事不法行為法の適用が原則として否定されるべきものであると解されるが、右の理は、本件のごとく、公務としての特段の保護を何ら必要としないほど明白に違法な公務で、かつ、行為時に行為者自身がその違法性を認識していたような事案については該当しない」
として公務員の個人責任を認めた判例もあります(東京地判平6.9.6判時1504-40参照)。
この判示は上級審で破棄されており(東京高判平9.6.26判時1617-35参照)、公務員の個人責任は、やはり否定されています。地裁の判決は確定した裁判例ではありません。
しかし、公務員個人が全く責任を負わないとする理解に関しては、有力な異論もあり、今後も同様の解釈が維持されるかは注視して行く必要があるかと思います。