弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「日本語分かってる?」-パワーハラスメントの一例

1.職場におけるパワーハラスメント

 職場におけるパワーハラスメントは、

「事業主が職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること」

と定義されています(厚生労働省告示第5号 令和2年1月15日「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 指針では、

「人格を否定するような言動を行うこと。」

がパワーハラスメントの具体例として規定されています。

 しかし、具体的にどのような言動が「人格を否定するような言動」になるのかは、それほど明確であるわけではありません。そのため、パワーハラスメントに該当する言動と該当しない言動とを正確に判別して行くにあたっては、裁判例を読み込むことを通じて感覚を磨いて行くよりほかありません。

 近時公刊された判例集に、国籍に関する差別的言動のパワーハラスメントへの該当性が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令元.11.7労働経済判例速報 辻・本郷税理士法人事件です。本記事は、以前「懲戒処分にあたっての弁明の機会、二段階の機会付与が必要か?」という記事の中で言及した裁判例を、別の切り口から紹介するものになります。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/05/02/011902

2.辻・本郷税理士法人事件

 本件はパワーハラスメントを理由に訓戒処分を受けた従業員の方が、懲戒事由が認められないにもかかわらず杜撰な調査結果を基に懲戒処分を受けたとして、会社に対し、損害賠償(慰謝料)などを請求した事件です。

 会社から問題視された言動の一つが外国人Cに対する差別的言動で、

「そんな指示はしていない。」

「あなた何歳のときに日本に来たんだっけ? 日本語分かってる?」

という言葉のパワーハラスメントへの該当性が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、当該言動がパワーハラスメントに該当することを認めました。

(裁判所の判断)

「原告とCは上司と部下の関係にあり、本件報告書によれば、原告は、Cが原告の指示を受けて業務を行った際、『そんな指示はしていない』と叱責し、『あなた何歳のときに日本に来たんだっけ?日本語分かってる?』と発言したことが認められる。(以下、上記原告の発言をまとめて『本件発言』という。)」
本件発言は、その発言内容そのものが相手を著しく侮辱する内容であり、また、Cが日本国籍を有しない者であることからしても、同人に強い精神的な苦痛を与えるものというべきである。そうすると、上記発言は、原告が部下であるCに対し、職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与えたものとして、被告の就業規則79条18号所定のパワーハラスメントに当たるというべきである。

「原告は、Cに対して日本語がわかりますかという表現を行ったにすぎず、本件発言については、B弁護士が本件調査においてC以外の従業員から伝聞で聴取したもので信用性が認められない旨主張する。しかしながら、本件報告書の信用性が認められることは既に説示したとおりであり、また、同報告書には、本件発言を認定した資料としてCに対する事情聴取があげられているのであり(乙1〔3頁〕)、C以外の従業員からの聴取のみに基づくものとは認められない。したがって、原告の主張は採用することができない。」

3.日本人相手でもダメだろう

 日本語が分かっているのかという趣旨の罵倒は、外国人に対してだけ用いられるわけではなく、日本人に対しても用いられている例が散見されます。そのような意味において、国籍差別なのかは微妙なところですし、外国人だから傷つくといったものでもないとは思います。むしろ、「日本語分かってる?」という言葉は、日本人の方がより侮辱的に受け取るかも知れません。

 裁判所は当該言動を「国籍に関する差別的言動」の項目で論じていますが、日本人に対しても同様に許容されない発言だと思われます。

4.誰もが最初に声を挙げる人を待っている?

 このような何の意味もない侮辱的な言動は、周囲が許容しなければ、自ずと是正されて行きます。本件も摘発のきっかけになったのは、匿名による通報で、他の従業員からの供述がCからの事情聴取の信用性を裏付ける形になっています。おそらく、問題の言動に眉をひそめていた社内の方は、それなりにいたのだろうと思います。

 職場環境を悪化させる言動に対しては、誰もが最初に声を挙げる人を待っていることも少なくありません。ハラスメントの問題を解決するにあたっては、言っても無駄だからと安易に諦めないことが大切です。