弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分にあたっての弁明の機会、二段階の機会付与が必要か?

1.懲戒処分の構造

 懲戒処分の有効性は、二つの観点から審査されます。

 一つは、懲戒事由に該当する事実を認定できるのか否かです。事実認定の問題として、使用者が懲戒事由として主張する事実自体を認定することができない場合、処分の相当性を問うまでもなく、懲戒処分は無効となります。

 もう一つは、懲戒事由に該当する事実自体は認定できるとして、それに対する処分が相当と認められるか否かです。懲戒事由に該当する事実が認定できたとしても、下された処分が懲戒事由に該当する事実とのバランスを失している場合、やはり懲戒処分の効力は否定されます。

 適正な手続のもとで懲戒処分を下したと言えるためには、原則として、労働者に弁明の機会を付与する必要があります。

 それでは、この弁明の機会は、どの段階で付与されることが必要なのでしょうか。懲戒事由の認定の段階と、相当性を判断する段階と、二つの段階のそれぞれにおいて弁明の機会が保障されていなければならないのでしょうか。

 この点が問題になった裁判例に、東京地判令元.11.7 労働判例ジャーナル97-32 辻・本郷税理士法人事件があります。

2.辻・本郷税理士法人事件

 本件はパワハラを理由に訓戒の懲戒処分を受けた労働者(原告)が、懲戒事由に該当する事実遺体が認められないとして、勤務先に対し損害賠償等を請求した事件です。

 裁判所は、原告の請求を棄却するにあたり、弁明の機会付与について、次のとおり判示しています。

(裁判所の判断)

「被告の就業規則においては、『懲戒を行う場合は、事前に本人の釈明、又は弁明の機会を与えるものとする』との規定があるのみであり、釈明の機会を付与する方法については何ら定められていない。そして、本件懲戒処分に先立ち行われた本件調査は、法的判断に関する専門的知見を有し、中立的な立場にある山田弁護士が、被告から依頼を受けて行ったものであるから、釈明の機会の付与の方法として適切な方法がとられたということができ、被告の就業規則において必要とされる手続が履践されたというべきである。したがって、原告の主張は採用することができない。」
「なお、本件調査の対象は懲戒事由であるパワーハラスメントの有無に関するものであり、懲戒処分の相当性についての意見聴取を含むものではないが、本件訴訟において原告は、本件懲戒処分の手続の瑕疵の点を除けば、専ら懲戒事由の存否を争っているのであり、また、訓戒の処分が被告の懲戒処分の中では最も軽いものであることなどからすれば、懲戒処分の相当性についての意見聴取がされていないからといって、被告の就業規則において必要とされる手続が履践されていないということはできない。

3.事実認定で勝負するのか、相当性で勝負するのか

 一定の限定は付していますが、裁判所は懲戒事由に該当する事実の認定の段階で弁明の機会を付与すれば、必ずしも処分量定の局面で、改めて弁明の機会を与える必要はないと判示しています。

 懲戒処分の対象になった労働者が、懲戒事由に該当する事実自体が認められないとして争う場合、懲戒処分の相当性に意見を述べることは普通ありません。「仮に、懲戒事由に該当する事実があるとしても・・・」といった弱気な主張をしてしまうと、「懲戒事由に該当する事実が認定されることを積極的に争うわけではなのだないのだな。」という誤ったメッセージ性を、相手方や裁判所に与えかねないからです。このような意味において、懲戒事由の存否を争うのか、懲戒処分の相当性を争うのかは二者択一的な関係に立ちます。

 二段階で弁明の付与が要求されるわけではないとすると、選択を誤れば折角付与される弁明の機会を無駄にしてしまうことにもなりかねません。

 懲戒処分の効力を争うにあたっては、懲戒事由に該当する事実の存在を争うのか、懲戒会自由に該当する事実の存在自体は前提として事実と処分とのバランスの観点を争うのかを、明確に意識・検討しておく必要があります。