弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラの立証-一部でも決定的な録音があれば、録音のない部分も立証できる可能性がある

1.セクシュアルハラスメントを立証するための録音の重要性

 業務上の指導との境界線が曖昧なパワーハラスメント(パワハラ)とは異なり、セクシュアルハラスメント(セクハラ)が業務上必要であることは殆ど考えられません。セクハラをする側も、悪いことをしているという自覚があるからか、衆人環視の中で行われることは決して多くありません。そのため、セクハラを立証するにあたっては、録音等の客観的な証拠を確保することが極めて重要な意味を持ちます。

 この録音は極めて強力な証拠です。録音があれば、言った/言わない の争いは一瞬で解決します。

 また、録音の効果は、録音された音声の存否に限られません。上手く録音ができず、供述が鋭く対立している部分においてセクハラを認定するための証拠になることもあります。セクハラを記録した音声データの存在は、それ以外の場面でもセクハラがあったことと整合的に理解されるからです。昨日ご紹介した、さいたま地判令4.1.13労働判例ジャーナル122-24 損害賠償請求事件は、そうした録音の威力が発揮された事案でもあるように思われます。

2.損害賠償請求事件

 本件は本訴事件と反訴事件とが併合審理されている事件です。

 原告になったのは元市議会議員の方です。

 被告になったのは市職員の方です。被告が二回にわたる記者会見で原告からセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受けた事実を公表したことが名誉毀損にあたるとして、損害賠償を請求したのが本訴事件です。

 これに対し、被告が、セクハラを受けたこと等を理由に原告に損害賠償を求める訴えを提起し返したのが反訴事件です。

 被告は複数の場面におけるセクハラを主張しました。そのうち一部には録音がありましたが、録音などの客観的証拠がないものもありました。

 こうした証拠関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、概ね被告の主張に添う事実を認定しました。

(裁判所の判断)

「(1)本件二次会及び本件原告宅飲み会での原告の言動

 前記認定事実のうち、本件二次会及び本件原告宅飲み会における発言内容について当事者間に争いがあるものの、本件二次会及び本件原告宅飲み会の会話を録音した音声(乙2、3)に照らせば、前記認定事実記載の各事実が認められることは明らかである。

(2)本件懇親会での原告の言動

ア 被告は、原告が、本件懇親会において、被告が飲酒を控えている旨述べていたにもかかわらず、グラス一杯に酒をついだ上、『人についでもらうときは半分空けなさい。』などと述べた旨、被告の太ももを数秒間触った旨、被告を含む女性職員に対して、自らの股間を叩きながら『俺のここは使い物にならないけどな。』と2回述べた旨主張し、これと同旨の供述をする。

イ そこで検討するに、被告の前記供述は、被告が本件懇親会の約1か月後である平成30年5月21日に、同僚の川越市職員に対して、本件懇親会で飲酒を強要され、太ももを触られた旨申告した事実(乙10-6)と整合する上、本件懇親会直後の被告とBとのメッセージの内容(前記認定事実(1)エ)や、被告が原告との酒席での会話を録音するようになったこと(前記認定事実(1)オ)とも矛盾しない。

 これらの事情に照らせば、本件懇親会に係る被告の前記アの供述は十分に信用できる。

(3)本件行政視察からの帰りの新幹線車内での原告の言動

ア 被告は、原告が、平成30年5月11日、本件行政視察からの帰りの新幹線から降りる際、レタスしゃぶしゃぶを調べておくよう言いながら、被告の手を触った旨主張し、これと同旨の供述をする。

イ 被告の前記供述を明確に裏付ける客観的証拠は見当たらないものの、被告は、原告から手を触れられた際の自らの体勢や原告の行為態様について具体的に供述している上、原告が、本件懇親会において、初対面の被告の太ももを触るなどしていたこと(前記認定事実(1)ウ)からすれば、原告が唐突に被告の手を触ったという被告の供述内容は不自然ではない。また、被告は、原告に対して、自らの認識するハラスメント行為の内容等を回答した同年6月25日頃から、一貫して前記アの被害を訴えている(前記認定事実(9)イ)。

 これらの事情に照らせば、被告の前記アの供述は十分に信用できるというべきである。

(4)そのほかの言動

ア 被告は、《1》原告が、平成30年6月27日に、『次回の行政視察の帰りに都内に飲みに行こう。』、その場にいた男性職員は要らないなどと述べ、同月28日には、被告と打合せを行っていた産業建設常任委員会の正副委員長に対し、被告が『行政視察に来ないんだって。話聞いといて。』などと述べた旨、《2》同年8月22日、被告が結婚することを聞いて、『やっぱり男がいいか。』などと述べ、同月31日、『やっぱり男っていい。男に抱かれるっていいだろ。』などと述べた旨主張し、これと同旨の供述をする。

イ そこで検討するに、被告の前記ア《2》の供述については、被告が、同日に、Bに対して、『また「やっぱり男に抱かれるのっていい?」と言われたわ... 決意が固まった』というメッセージを送信した事実(前記認定事実(5))とよく整合しており、その供述内容に不自然な点も見当たらない。
 前記ア《1》の供述については、これを明確に裏付ける客観的証拠は見当たらないものの、被告は、原告に対して、自らの認識するハラスメント行為の内容等を回答した同年6月25日頃から、一貫して同事実を訴えているし(前記認定事実(9)イ)、原告の言動に関するそのほかの被告の供述が信用できることは前記(2)及び(3)のとおりであって、被告が前記ア《1》の事実についてのみ虚偽を述べたとも考え難い。

 これらの事情に照らせば、被告の前記アの供述はいずれも信用できるというべきである。」

3.録音だけが決め手になっているわけではないが・・・

 本件の事実認定の構造は、大雑把に言うと、

本件二次会・本件宅飲み会のセクハラに関しては録音がある、

本件懇親会でセクハラが行われたことは、録音が行われるようになった経緯として整合する、

本件懇親会でセクハラが行われたことは、本件行政視察の帰りの新幹線の中でセクハラが行われたことと整合する、

被告のセクハラに関する供述は信用できる以上、「そのほかの言動」に係る被告の供述内容も基本的には信用できる、

というものです。資料になっているのは録音だけではありませんが、本件二次会・本件宅飲み会の録音⇒本件懇親会でのセクハラ⇒本件行政視察の帰りの新幹線の中でのセクハラ⇒その他諸々のセクハラ と、ドミノ倒しのように立証が繋がって行っているように見受けられます。

 ここで大本になっている本件二次会・本件宅飲み会では、次のような言動があったと認定されています。

(本件二次会-裁判所の認定)

「(ア)本件行政視察中の同月10日、広島県尾道市内のスナックで本件二次会が開催された。
 原告は、本件二次会において、被告に対して、『おまえさ、いい女だなあ。』、『彼氏いるって言ってたけど、そんなにいい男なの。』と述べ、『いい男です。あはは。』と答えた被告に対して、『もう一回言ってみな。』、『俺の方がいいで。』、『おまえの彼氏のことは、こっち置いて。』などと述べた(乙2・16頁)。
(イ)また、原告は、被告等に対し、他の川越市議会議員らと原告宅で飲み会を開催したことがあること、その際にレタスしゃぶしゃぶを食べたこと、原告の妻が不在であったために自らが料理を作ったことなどを話した上で、被告に対して『来る?』などと述べて、被告を原告宅での飲み会に誘った。
 これに対し、被告は『それは、もう、もうちょっと、もうちょっと親密度を深めてからやったほうがもうちょっと。』と述べて、原告宅での飲み会への参加に消極的な態度を示した。(甲2・17ないし20頁)
(ウ)その後、原告は、原告宅での飲み会の話題に関連して、被告に対して『作る?一緒に。』などと述べて、再度、原告宅での飲み会に誘った。これに対し、被告は『え。全然。そういう会があれば、ぜひ。はい。』と述べた。
 原告は、それに続いて、他の川越市議会議員等に対して、『俺んちへ来て、食事したでしょって。』、『私の女房がいないとき。』、『じゃあ今度は、今度は一緒に来ないかって言ったわけ。』、『それでさあ、俺んち、うち、女房いないんだもん。』などと述べた。(乙2・22頁)
ウ 原告は、同月11日、本件行政視察からの帰りの新幹線から降りる際、同新幹線車内において、忘れ物の有無等をチェックしていた被告に対し、レタスしゃぶしゃぶを調べておくよう言いながら、その手を触った(被告本人)。」

(本件宅飲み会-裁判所の認定)

「ア 被告は、平成30年5月14日、本件原告宅飲み会に参加した。同飲み会には、原告及び被告のほかに川越市議会議員3名が参加していた。
イ(ア)被告は、原告から飲酒を勧められた際、『いえ、ちょっと。胃の調子が、あまりよくなくて。』、『ちょっと、ほどほどでご勘弁いただいて。』などと述べて飲酒を拒んだものの、原告は、『いや、違うんだ。飲めば治るんだ。』、『飲めば治る、飲まないからだめなんだよ。』などと述べ、更に『すいません、ちょっと消化器がもともとあまり強くないもんですから。』と述べる被告に対して、『関係ないよ。』と述べた。(乙3の1の1・6頁、7頁)。
(イ)その後、原告は日本酒をコップ一杯についだ上、『空けなくちゃ次、飲めんぞ。』、『胃が痛いなんて、そんなこと考えるから胃が痛いんだよ。』、『胃が痛いっていうのは精神的なことなんだよ。』などと述べた(乙3の1の1・36頁ないし49頁)。
(ウ)さらに、原告は、被告が自らの勧めたワインを少量しか飲まなかったのを見て、『バカ言うじゃねえんだよ。ここに来てね、胃が痛いとかあれが痛いとか言うんじゃないの。』、『だったらなあ。』、『初めから来ないの。』、『来てねえ、あっちが痛いとかこっちが痛いとか。』、『よく言っとくから。委員会の書記は、A′さんはいらないからな。』(A′については、別紙呼称一覧表のとおりであり、被告の旧姓である。以下同じ。)、『そんなねえ、飲んでる最中から、あっちが痛い、こっちが痛い、とか言ってさ。』などと述べた(乙3の1の1・50、51頁)。
ウ(ア)原告は、テレビで補正下着のコマーシャルが流れ、画面に女性の姿が映った際、『ねえねえ、ああいう体?』、『ひでーよね、これ。』などと述べ、続けて、自らが高校生時代に交際していた女性について、胸が大きいと思っていたが、実際には小さかったという話をした(乙3の1の1・23ないし25頁)。
(イ)その後、原告は、他の川越市議会議員の肩が被告の胸付近に触れたのを見て、『おっぱい大きかった?』と発言した(乙3の1の1・60頁)。 
(ウ)また、原告は、沖縄への広報誌編集委員会の行政視察の話題に関連して、被告に対して沖縄に来るよう誘った上で、所轄が異なるため同行は無理である旨述べる被告に対して、『それも、ね、委員長の力だもんな。この人を連れていきたいっていうのはさあ。』などと述べた。
 そして、原告は、前記視察に被告が同行することを前提に、『P2と、誰かさんはさあ、部屋は一つでいいんだよ。』などと、本件原告宅飲み会に参加していた川越市議会議員の一人であるP2議員(以下『P2議員』という。)と被告が同じ部屋に泊まればいい旨述べた。これに対して、被告及びP2議員が『いやいや。』などと述べたところ、原告は『やるときは手を貸すよ。』と述べた上、他の川越市議会議員が『絶対手を出さないって一筆出してもらえばいいんでしょう?』と述べたのに続けて、『でも、手は出さなくても足は出すからね。』、『下半身。たくさん出るからねえ、下半身は。』などと述べた。」

 酷いセクハラを記録した音声データは、録音のない場面でのセクハラの立証に波及することがあります。そのため、セクハラの加害者に責任を問うにあたっては、とにかく一部でも録音をとることが極めて重要な意味を持ちます。

 

 

ハラスメント(セクハラ)に関する第三者委員会の調査報告書の信用性が否定された例

1.使用者側が委託した「第三者」による調査報告書

 ハラスメントを受けた労働者が被害を申告した場合、使用者は事実関係を迅速かつ正確に確認し、適正な対処を行う必要があります(令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」等参照)。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント

 この事実関係の迅速かつ正確な確認をするにあたっては、第三者委員会など、経営者の意向をから独立した第三者的な機関が活用されることがあります。

 しかし、この第三者機関というのが曲者で、労働者側からみると「第三者」的な体を装っていても、結局、任命権者である経営者の意向を忖度し、特定の方向性を持って調査をしているのではないのかが疑われるケースが多々認められます。偏向しているとまではいえなくても、使用者にとって不都合なハラスメントの事実を認定することに対し過度に抑制的になっているケースもあります。

 実際の「第三者」性は疑わしいにも関わらず、形のうえでは「第三者」が作成したことになっているため、第三者委員会の調査報告書は事実認定を誤らせる類型的可能性の高い証拠といえます。しかし、このような危険性が裁判実務において十分に認識されているのかは疑わしく、労働者側が裁判所でハラスメントの存在を立証するにあたっては、ハラスメントの存在を否定する第三者委員会の調査報告書の信用性をどのように否定するのかを考えなければならないことが少なくありません。

 このような問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、ハラスメントの存否に係る第三者委員会の調査報告書の信用性を否定した裁判例が掲載されていました。さいたま地判令4.1.13労働判例ジャーナル122-24 損害賠償請求事件です。

2.損害賠償請求事件

 本件は本訴事件と反訴事件とが併合審理されている事件です。

 原告になったのは元市議会議員の方です。

 被告になったのは市職員の方です。被告が二回にわたる記者会見で原告からセクシュアルハラスメント(セクハラ)を受けた事実を公表したことが名誉毀損にあたるとして、損害賠償を請求したのが本訴事件です。

 これに対し、被告が、セクハラを受けたこと等を理由に原告に損害賠償を求める訴えを提起し返したのが反訴事件です。

 本件の原告は、市議会委員による第三者委員会が作成した調査報告書(本件調査報告書)においてセクハラ等の事実の多くが認められていなかったことを根拠に名誉毀損の成立を立証しようとしました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、第三者委員会の調査結果報告書の信用性を否定しました。結論としても、セクハラの事実を認め、本訴請求を棄却する一方、反訴請求を一部認容しています。

(裁判所の判断)

「原告は、前記・・・認定の事実(セクハラを構成する事実 括弧内筆者)を否認し、本件調査結果報告書において、被告の主張するセクハラ等の事実がほとんど認められていないことはその証左であると主張する。」

「しかしながら、本件第三者委員会が本件調査結果報告書を作成した時点では、被告とBのメッセージの内容・・・といった被告の供述の信用性を左右する証拠が提出されていなかったと認められるから・・・、本件第三者委員会の事実認定の結果から、直ちに被告の供述の信用性が否定されるものではない。
 この点について、本件調査結果報告書・・・によれば、本件第三者委員会による聞き取り調査の結果、原告が本件懇親会において被告主張の性的言動に及んだことを記憶している者はいなかったとされているものの、本件第三者委員会による聞き取り調査は、いずれも原告が川越市議会議員を辞職して間もない時期(平成30年10月18日から同年11月8日まで)に行われたものであって、本件調査結果報告書が指摘するように、川越市職員にとって、川越市議会議員が実質的な上司に当たり、川越市職員が川越市議会議員に意見を述べることが相当困難な状況であったことや、川越市議会議員間でも、当選回数による上下関係が存在すること・・・等を踏まえると、本件第三者委員会の聞き取り調査の際に、原告によるセクハラ等の事実を明らかにするのをためらった者がいたとしても不自然とはいえないから、この点も前記判断を左右するものではない。」

3.関係性から調査結果報告書の信用性への疑義が呈されている

 本件は、

本件は元市議会議員(原告)と市役所職員との関係、

調査委員会内部での上下関係

などの作成にあたった人の人間関係に注目すれば、原告によるセクハラ等の事実を第三者委員会に申告することを躊躇った者がいてもおかしくないなどと判示し、調査結果報告書の信用性を否定しました。

 裁判所が用いた論理は、民間事業者において、

退職した幹部社員のハラスメントの存否を現職社員から聴取した結果がまとめられている調査報告書の信用性が問題になる場面、

上司社員のハラスメントの存否を部下社員から聴取した結果がまとめられている調査報告書の信用性が問題になる場面

など、類似した場面で広く応用できる可能性を持っており、今後の実務での活用が期待されます。

 

無期転換ルールの例外 大学教職員に対する説明の欠如をどう考えるか?

1.無期転換ルールの例外(大学教職員)

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 このルールには特例があり、大学の教職員の方に関しては、無期転換権を行使するまでに必要な通算期間が10年とされていることがあります(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律15条の2、大学の教員等の任期に関する法律7条1項、5条1項、4条参照)。

 しかし、無期転換ルールの特例の存在は、それほど一般に知られているわけではありません。科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律、大学の教員等の任期に関する法律と言われても、そのような名前の法律の存在自体、始めて聞いたという方も少なくないのではないかと思います。そのため、有期労働契約を締結している当の大学教職員の方でさえ、自分の無期転換権の発生に必要な通算期間を5年だと誤解しているケースもあります。

 もちろん、法はこのような事態を好ましいと思っているわけではありません。大学教職員の方が自分の無期転換権の発生に必要な通算期間を10年だと認識できるよう、一定の手当をしています。例えば、

「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律の公布について(平成25年12月13日 25文科科第399号 平成31年3月29日一部改正)」

は、留意事項として、

「労働契約法の特例の対象者と有期労働契約を締結する場合には、相手方が同条に基づく特例の対象者となる旨等を書面により明示し、その内容を説明すること等により、相手方がその旨を予め適切に了知できるようにするなど、適切に運用する必要があること」

に言及しています。

 それでは、こうした行政通達の趣旨に反し、労働契約の開始にあたり特例の対象になることについての説明が行われていなかったことは、法律上、どのように評価されるのでしょうか?

 昨日ご紹介した、大阪地判令4.1.31労働経済判例速報2476-3 学校法人乙事件は、この問題を考えるにあたっても参考になる判断を示しています。

2.学校法人乙事件

 本件で被告になったのは、私立学校法に基づいて設立されたA大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、被告大学で専任教員を務めていた方です。期間3年の有期労働契約を締結し、1回の更新(更新期間3年)の後、契約期間満了による雇止めを受けました。これに対し、大学の教員等の任期に関する法律(大学教員任期法)の適用を争い、無期転換権を行使したことなどを理由に、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 特例の説明の欠如との関係において、本件の原告は、

大学教員任期法ないし10年特例が適用されるためには、10年特例の適用に関する書面を交付した上で説明することが必要になる、

説明がなかったことにより、労働契約の締結時に大学教員任期法の存在を認識しておらず、本件労働契約は恣意的ないし濫用的な運用がされている、

といった主張を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても原告の請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

-書面交付との関係について-

「原告は、改正公布通知等を指摘するなどして、大学教員の労働契約に大学教員任期法ないし10年特例が適用されるためには、労働契約の締結時ないし更新時、大学側から当該労働契約が大学教員任期法4条1項各号に該当することなど大学教員任期法の適用に関して十分に説明し、その上で労働者の同意を得ること、10年特例の適用に関する書面を交付した上で説明することや労働者の了知が必要となる旨主張する・・・。」

「しかし、大学教員任期法は、『大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ、任期を定めることができる場合その他教員等の任期について必要な事項を定めることにより、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与することを目的とする。』(大学教員任期法1条)と規定しており、同法所定の要件を充足した場合に大学の教員に関する雇用の流動性を予定していると解される。」

「しかるところ、同法は、一定の場合にあらかじめ教員の任期に関する規則を定めることにより教員の任期を定めることができること(大学教員任期法4条、5条)や同法5条1項の規定による任期の定めのある労働契約を締結した教員に10年特例の適用がある旨定めている(大学教員任期法7条)ものの、労働契約の締結時ないし更新時、原告主張に係る特別な説明や同意等が大学教員任期法ないし10年特例を適用するための要件となる旨の規定を置いていない。

原告指摘に係る行政庁が発出した改正公布通知等・・・は、制度の円滑な運用の実施及び恣意的な運用の防止の観点から望ましい事項や留意事項を例示的に掲げたものと理解されるものの、法規範ではなく、これらの通知があることによって同通知に記載された事項そのものが直ちに大学教員任期法ないし10年特例の適用要件になるものと解することはできない。大学教員任期法や10年特例に関する立法経緯(附帯決議のあること等)は、上記認定判断を左右するものではない。原告の主張は独自の見解であり、採用の限りでない。

-大学教員任期法の存在の認識について-

「原告は、本件労働契約につき、被告から大学教員任期法が適用されるとの説明がなかったなどと主張し、自身が大学教員任期法の存在を知ったのは、本件労働組合の執行委員に就任した頃(平成26年5月ないし6月ころ)であったなどと供述する。」

「前記・・・認定のとおり、本件労働契約の締結に際し、C事務局長は、任期は3年であり、契約書の内容として再任はないものとする旨、再任がされる場合であってもそれは1回限りである旨の説明をするなどしたものの、大学教員任期法の名称を使用することはなく、大学教員任期法4条1項各号に関する説明等は含まれていなかった。」

「しかし、そもそも原告主張に係る『説明』等のあることが大学教員任期法適用のための要件とはいえないことは既に説示したとおりである。

また、原告が、仮に大学教員任期法の存在等を十分認識していなかったとしても、大学教員任期法にいう『任期』の定義に合致する事実を認識した上で、本件労働契約を締結したものであることは上述のとおりであり、原告に対して就業規則の配付等がされていたこと・・・等、本件に表れた前記認定の事実関係に照らすと大学教員任期法の趣旨を没却するような事情があるとはいえない。

「よって、原告の上記主張は採用の限りでない。」

3.説明の欠如にそれほどの意味付けがなされなかった

 上述のとおり、裁判所は書面による説明を10年特例の適用要件とは位置付けませんでした。また、労働契約の締結時に大学教員任期法の存在を十分に認識していなかったとしても、それだけでは法の趣旨を没却するとはいえないと判示しました。

 文言解釈という観点から原告の主張に難しい面があったことは否定できませんが、大学教職員の方の身分の安定が図られなかったことは大変残念に思われます。

 

無期転換ルール 大学講師の立場をどうみるか?

1.無期転換ルールの例外(大学教職員)

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 これは、簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になった場合、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるというルールです(無期転換ルール)。

 しかし、大学の教職員の方は通算期間が5年を超えても無期転換権が発生しないものとして扱われていることが少なくありません。

 これには二つの法律が関係しています。

 一つは「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」です。

 科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律15条の2は、

「研究者等であって研究開発法人又は大学等を設置する者との間で期間の定めのある労働契約・・・を締結したもの」

である場合、

「労働契約法・・・第十八条第一項の規定の適用については、同項中『五年』とあるのは、『十年』とする」

と規定しています。

 もう一つは、「大学の教員等の任期に関する法律」です。条文構造として少し複雑ですが、大学の教員等の任期に関する法律7条1項は、

「第五条第一項・・・の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法・・・第十八条第一項の規定の適用については、同項中『五年』とあるのは、『十年』とする。」

と規定しています。

 この条文が引用する大学の教員等の任期に関する法律5条1項は、

「国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、前条第一項各号のいずれかに該当するときは、労働契約において任期を定めることができる。」

と規定しています。

 この条文が引用する前条(4条)1項各号には、

「一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。」
「二 助教の職に就けるとき。」
「三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。」

が規定されています。

 科学技術・イノベーションの創出の活性化に関する法律と大学の教員等の任期に関する法律、この二つの法律があるため、有期労働契約を締結している教職員の方が無期転換権を行使できるようになるためには、5年ではなく10年以上の勤務を要することが多くなっています。

2.科学技術・イノベーションの創出の活性化に関する法律に空けられた風穴

 こうした法律の規定を前提として、以前、大学の非常勤講師の「研究者等」(科学技術・イノベーションの創出の活性化に関する法律15条の2)への該当性が争われた裁判例を紹介させて頂きました(東京地判令3.12.16労働判例1259-41 学校法人専修大学(無期転換)事件)

無期転換ルール 授業要員としての非常勤講師は「研究者」か? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 学校法人専修大学(無期転換)事件は、大学の非常勤講師の「研究者等」への該当性を否定し、原則通り5年間の無期転換ルールを適用したことで注目を浴びました。

 こうした裁判例の出現から大学教職員の方への無期転換ルールの適用の在り方に注目していたところ、近時公刊された判例集に大学講師への無期転換ルールの適否が問題になった裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.1.31労働経済判例速報2476-3 学校法人乙事件です。

3.学校法人乙事件-大学の教員等の任期に関する法律との関係が問題になった事件

 本件で被告になったのは、私立学校法に基づいて設立されたA大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、被告大学で専任教員を務めていた方です。期間3年の有期労働契約を締結し、1回の更新(更新期間3年)の後、契約期間満了による雇止めを受けました。これに対し、大学の教員等の任期に関する法律(大学教員任期法)の適用を争い、無期転換権を行使したことなどを理由に、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では無期転換権の発生の有無をめぐり、大学講師の大学教員任期法4条1号

「先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。」

への該当性が争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、1号該当性を肯定しました。結論としても、原告の地位確認請求を棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、本件労働契約に基づき、被告大学において専任教員と称される『講師』の地位にあったところ・・・、『講師』は、学校教育法・・・上、専攻分野について学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事するものとされる『教授』又は『准教授』に準ずる職務に従事する職である旨位置付けられており(学校教育法92条参照)、多様な人材の確保が特に求められるべき教育研究組織の職たり得るものである。」

「また、原告は、介護福祉士養成関係を中心とした分野の講座を担当するなどしていたものであるところ・・・、その分野自体、一定の専門性があるものと認められるほか、原告の担当科目数は、1セメスターあたり週6~7授業科目数(コマ)、年間12~14授業科目数(コマ)であり、所属学部のカリキュラムの学年進行、当該年度の教育方針等の理由により、これを下回る場合には、他の教育研究、学内行政業務で補うことも予定されているものであり・・・、原告の専攻ないし担当分野について一定の広がりがあるものということもできる。」

「以上によれば、本件労働契約に基づく原告の地位は、大学教員任期法4条1項1号のうち『その他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職』に該当すると認められる。」

「これに対し、原告は、自ら担当していた分野ないし講座について『先端的』、『学際的』及び『総合的な教育研究』でもなく、上記に認定した『その他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職』にも該当しない旨主張する。」

「しかし、本件証拠・・・によれば、『研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律案』を審議する第185回参議院文教科学委員会(平成25年12月5日)において、同委員会の委員がした、例えば、大学で専らフランス語、中国語等の語学のみを教授し、大学との労働契約に基づき、学生の教育、試験及び評価という業務を行う非常勤講師が、10年特例の適用対象である『研究者』に該当するか否かといった判断はいかに行われるのかとの趣旨の質問に対し、同法案の提案者は、最終的には個別の判断となるが、講師は、学校教育法上、常勤、非常勤を問わず、教育研究を行う教授又は准教授に準ずる職務に従事する職である旨位置付けられていることを踏まえると、基本的に『研究者』に該当する旨の答弁をしていることが認められる。」

「また、最高学府とされる大学における教員であって、教授又は准教授に準ずる職務に従事する職にあるだけでなく、原告の担当する分野の専門性や担当する授業の内容・量、他の教育研究、学内行政業務が予定されていることを踏まえると、大学教員任期法4条1項1号に該当すると解されることは前記・・・のとおりである。」

「原告は、『先端的』、『学際的』及び『総合的な教育研究』でもなければ『その他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職』にも該当しないと主張するが、被告大学が最高学府としての大学としての実質を有しない、あるいは原告がその専門分野や担当する授業ないし業務からみて、大学教員任期法4条1項にいう大学講師としての実質を有しないことを認めるに足る証拠はなく、原告の主張は採用できない。」

「以上によれば、本件労働契約は、大学教員任期法4条1項1号に該当すると解される。」

4.講師は大学教員任期法に阻まれた

 非常勤講師に5年ルールが適応されたことから期待を持って注視していたのですが、講師に関しては10年ルールが適用されると判示されました。

 もちろん大学内での位置付け次第であり、講師という名称から演繹的に結論が決まるわけではないにせよ、今回、否定例が現れたことには留意しておく必要があります。

 

公務員-手続上の違法(理由付記の不備等)だけで懲戒処分の取消請求が認められた例

1.手続上の違法の位置づけ

 公務員の懲戒処分の効力を争う場合、手続違反を主張するだけで勝訴することは容易ではありません。敗訴判決を受けても、行政側としては正当な手続をやり直して同じ処分を行えば良いだけであるため、懲戒処分の瑕疵が手続違背に留まってる場合、敢えてこれを取消しても仕方がないという考え方が根強く存在しているからです。そのため、手続上の違法だけで懲戒処分の効力を否定した裁判例は、あまり多くありません。

 このような裁判例の傾向がある中、近時公刊された判例集に、手続上の違法があることだけで懲戒処分の効力を否定した裁判例が掲載されていました。大津地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-56 甲良町事件です。

2.甲良町事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である甲良町です。

 原告になったのは、甲良町職員の方です。不適切な事務遂行があったとして停職3か月の懲戒処分を受けました(本件懲戒処分)。これに対し、理由付記及び弁明の機会が付与されていない手続上の違法があるなどと主張して、本件懲戒処分の取消を求めて被告を提訴したのが本件です。

 原告から問題にされた本件懲戒処分の処分理由説明書の記載は次のとおりでした。

(処分理由説明書に記載された処分理由)

「処分対象者の行為は、職員として遵守すべき甲良町行政事務処理マニュアルに違反するものであり、地方公務員法第32条(法令等および上司の職務上の命令に従う義務)に違反する行為である。それと同時に多数の外部の委託業者の委託業務終了後すみやかに委託費の支払を受ける利益を害し、行政事務に対する不信感を抱かせたことは、地方公務員法第33条(信用失墜行為)に違反する行為である。」

「したがって、処分対象者の行為は地方公務員法第29条第1項第1号(地方公務員法違反)、同項第2号(職務上の義務違反・職務怠慢)に該当するものである。」

「処分対象者の行為が、行政事務処理手続の中でもごく基本的事項に関するものであり、かつ、反復継続してなされていることからすれば、その落ち度は重大である。」

「また、外部への委託業務が、町と委託業者の相互の信頼関係のうえの成り立っていることからすれば、本件各事案により、外部委託業者に町行政に対する不信感を抱かせたことは、町の今後の委託事業の遂行の阻害要因ともなりかねず、さらに町民の町行政に対する不信感をもまねきかねない、という点でもその問題性は大きい。」

「さらに、前述のとおり、処分対象者は多数の本件各事案と同種事案により、過去において複数回にわたり毎年のように懲戒処分(減給・停職)、分限処分(降任)、口頭注意を受けているにもかかわらず再び本件各事案に及んだ点、その成績不良の程度は深刻であり、その責任は重大である。」

「よって、処分対象者に対する処分として停職3箇月(地方公務員法第29条第1項第1号および同項第2号)の懲戒処分に処する。」

 原告の訴えに対し、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分の取消を命じました。

(裁判所の判断)

「地方公務員法49条1項は、職員に対して、懲戒等の不利益処分を行う場合において、その職員に対し、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないと定めているところ、その趣旨は、職員に義務を課したり、その権利を制限したりするという不利益処分の性質に鑑み、任命権者の判断が客観的にみて合理的なものであることを担保してその恣意的な判断を抑制するとともに、処分の事由を当該職員に速やかに伝えて、不服申立ての便宜を与えようとするものであると解される。このような趣旨からすれば、処分の事由を記載した説明書には、当該不利益処分の対象とされた事実が何であるかが、少なくとも他の事実と区別することができる程度に特定して記載され、その事実にどのような法規を適用して当該不利益処分がされたのかが合理的に理解できる記載がされていなければならないと解される。」

「本件において、甲良町長が、本件懲戒処分に際して原告に交付した処分説明書に記載した処分の理由は、前提事実・・・のとおり、別紙の記載を内容とするものであって、本件懲戒処分が対象とする非違行為について具体的な事実の記載がされていないものである。その結果、別紙の記載だけを一読しても、本件懲戒処分が理由とする原告の非違行為が、非違行為アないしウのいずれかを指しているのか、その全てを指しているのか、あるいは本件非違行為に加えて、本件非違行為と前後する時期に行われた前提事実・・・の行為やその他の行為が含まれているのか不明な説明となっている。」

「ところで、上記・・・のように解される地方公務員法49条1項の趣旨からすれば、処分説明書の記載に抽象的な点があり、形式的にみて当該不利益処分の対象とされた事実の特定に疑義を挟む余地があるような場合であっても、処分説明書の当該記載や、当該不利益処分の手続において実質的に当該職員に処分の事由が伝えられていて、当該職員においてこれを理解していたような場合であれば、同項に反する違法が、当該不利益処分に与える瑕疵の程度が大きいとまで言えないと解する余地はある。しかしながら、本件においては、上記アのとおり、処分説明書上、本件懲戒処分が対象とする非違行為についての具体的な事実の記載自体がされていない。また、本件においては、当時、問題とされていた非違行為が複数存在していること、前提事実・・・のとおり、本件非違行為について、原告はその事実関係や非違の程度について争う趣旨の主張をしている上、現に、本件懲戒処分に先立って原告が作成していた顛末書・・・においても、原告は、本件非違行為について、原告1人だけの責任で当該問題が生じたとの自認はしておらず、今後の対応については、課内職員(非違行為ア)、関係課(同イ)、課内(同ウ)と共同して再発防止に努めるとする趣旨の記載をしていたこと、原告に対して、甲良町職員分限懲戒審査委員会は原告の陳述を聴取する機会を設けず、同委員会の答申を受けた甲良町長も原告に弁明の機会を与えなかった結果(弁論の全趣旨)、原告に対して、処分説明書に代わる告知聴聞の機会が与えられていないことといった事情がある。これらの事情からすれば、本件懲戒処分に際して、原告が、処分説明書の当該記載や、当該不利益処分の手続において実質的に処分の事由を認識できていたとまでは認められない。そして、他に、原告がこれを認識していたと認めるに足りる証拠はない。

「そうすると、本件懲戒処分においては、地方公務員法49条1項に反した違法があったと認められるところ、その違法は、上記ア及びイで認定説示したとおり、本件懲戒処分に先立ち、甲良町職員分限懲戒審査委員会における審査の機会も通じて告知聴聞の機会がなかったことも合わせ考慮すると、被処分者である原告に処分の対象となる非違行為を特定可能な程度に伝えていないという点において、重大な瑕疵であったといわざるを得ない。」

「これに対し、被告は、そもそも事後的な処分理由の追加が許容されることや、処分説明書の交付が懲戒処分の効力発生要件ではないことからすれば、処分説明書における処分理由の特定に瑕疵があったとしても、本件懲戒処分の効力に影響はないと解するべきである旨の主張もする。しかしながら、被処分者である職員に対し、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないと定めた地方公務員法の趣旨からすれば、懲戒処分の手続を通じて、対象とされた非違行為の特定がされず、被処分者においてこれを明確に認識することができない手続を同法が許容しているとは解されないから、被告の上記主張は、採用することができない。」

「以上によれば、本件懲戒処分は、地方自治法49条1項に定めるように処分の事由が説明されないまま行われたものにして、実質的にみても、原告において、特定された処分の事由を認識し得ないままにされたものといえるから、適正な手続に反した違法なものとして取り消されるべきである。

「したがって、争点(2)(本件懲戒処分に実体的違法があるか)について認定判断するまでもなく、本件懲戒処分の取消しを求める原告の請求は理由がある。

3.手続上の違法だけで取り消されている

 上述のとおり、裁判所は手続的な違法を理由に懲戒処分を取消しました。裁判所は実体的違法について「認定判断するまでもなく」と判示しています。つまり、手続上の違法が結論を導く上での本質的要素を構成しています。

 本件ほどはっきりと手続的違法だけで懲戒処分の効力を取消した裁判例は類例に乏しいのではないかと思います。

 理由付記の違法など手続的な観点から懲戒処分の効力を検討するにあたり、本裁判例は大いに参考になるように思われます。

 

労災における労働時間の意味-質的過重性

1.労災における労働時間

 労働者災害補償保険法に規定されている保険給付を受けるにあたり、労働時間は重要な意味を持っています。

 例えば、精神障害との関係でいうと、

「発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった」

場合、強い心理的負荷が発生するとされています(平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について 最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号」参照)。

 また、脳・心臓疾患との関係でいうと、

「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる」

と理解されています(令和3年9月14日 基発0914第1号「血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」参照)。

 この「労働時間」の意義に関しては、行政解釈上、

「労働基準法第 32条で定める労働時間と同義であること」

とされています(令和3年3月30日 基補発 0330 第1号 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について参照)。

 しかし、実際に労災認定に関する裁判例を分析していると、

労災法上の労働時間=労基法上の労働時間

という定式は、多分にフィクションを含んでいることが分かります。

 労基法上の労働時間に該当しても、労働強度の観点から労働時間としてカウントしなかったり、労働時間としてカウントしても質的な過重性が認められないとして業務起因性を否定したりする裁判例が少なくありません。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、福岡地判令3.12.7労働判例ジャーナル121-56 福岡東労基署長事件も、そうした裁判例の一つです。

2.福岡東労基署長事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、亡Dの配偶者です。亡Dは、生前、農業協同組合の職員として道の駅に併設されたパン工房の店長として稼働していました。この方が蜘蛛膜下出血(本件疾病)を発症して死亡したことから、原告は遺族補償年金と葬祭料の支給を請求しました。これに対し、福岡東労働基準監督署長が不支給処分を行ったことから、審査請求、再審査請求を経て、取消訴訟が提起されました。

 本件では本件疾病発症と長時間労働に起因しているのではないかのが問題になりました。この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、本件疾病の業務起因性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成28年10月8日から同年11月6日までの30日間(以下『本件期間』という。)における亡Dの時間外労働時間数が93時間34分に達していること・・・を指摘し、労働時間という観点から亡Dの業務が過重であったことを主張する。」

「この点、確かに、同期間における亡Dの時間外労働時間数は多いことに加え、亡Dが、10月28日から11月6日まで、9日間連続で勤務しており、この期間だけでも45時間を超える時間外労働を行っていることからすると、10月28日から11月6日までの9日間を含む本件期間の業務は、一定程度の負荷を有する業務であったといえる。」

「もっとも、11月7日及び同月8日は休日であり、同月9日及び10日には午前10時頃には終業して同月11日が再び休日となっていること、その後の連続勤務日数は3日を超えず、定期的に休日を取得していること、11月7日以降の1か月当たりの時間外労働時間数は概ね45時間を超えないこと・・・を併せて考えると、亡Dには、本件期間における疲労を回復する機会も与えられていたといえる。」

「また、原告は、亡Dが、帰宅後も本件店舗の従業員などからの電話への対応を行っていた旨主張するところ、その頻度は1週間に1、2回程度にとどまるから・・・、亡Dの休息を妨げるような事情であるとは評価できない。」

「したがって、本件期間における時間外労働時間の長さ等を考慮しても、労働時間という観点のみから、本件店舗における業務が亡Dにとって著しい疲労をもたらすものであったと認めることはできない。」

(中略)

「亡Dの連続勤務の日数は2日又は3日にとどまることが多かったことや、勤務日は事前にシフトにより定められていたこと・・・、勤務の時間帯については亡D自身の判断で決定しており・・・、日常的に所定の終業時刻よりも早く仕事を切り上げ、かなり早く帰宅することもままあったこと、勤務日や勤務時間帯が予定外に変更されることは多くなかったこと、深夜時間帯の労働が長年の亡Dの生活リズムに組み込まれていたことがうかがえること等を総合すると、勤務時間帯が深夜に及んでいたことによる負荷が、疲労の蓄積という観点から、さほど大きなものであったとまでは認め難い。」

(中略)

「亡Dの労働密度は高かったといえるものの、亡Dは業務に習熟していた上、自身で決定した作業量に応じて作業を行っていたものであるから、亡Dが対応可能な範囲内で業務を行っていたというべきであり、その負荷が過重なものであったとはいえない。」

(中略)

「売上目標が達成できなかったことについては特にペナルティは設けられておらず・・・、本件店舗の売上げが賞与に直結していたわけでもないことからすると・・・、売上目標達成の有無が亡Dに与える直接的な影響は少なかったといえる。」

「したがって、売上目標が設定されていたことをもって、強度のストレスを与えるような重いノルマが課せられていたと評価することはできない。」

(中略)

「作業場には空調設備が設置されており、オーブンによる熱気も拡散しないよう機器が設置されていたと認められ、著しい高温環境下にあったとは認められず、亡Dが温度変化の激しい環境で業務を行っていたとも認められない・・・。また、本件店舗は構造上結露が多く生じていたと認められるものの・・・、かかる事情が亡Dの身体的負荷になっていたとは認められない。したがって、業務上の負荷を加重する要因として作業環境を考慮することはできない。」

(中略)

「以上を総合すると、亡Dの業務は、労働時間からみた量的過重性の面において、一定程度の負荷があったと認められるものの、休息の機会は与えられていたと評価でき、業務内容等の質的過重性という面において強度の負荷があったとは評価し難く、一般的・客観的にみて、くも膜下出血を引き起こすような危険性を内在した過重な業務であったとは認められない。

(中略)

「以上によれば、処分行政庁による本件各処分は適法であり、原告の本件請求は理由がない」

3.質的検討が必要

 疾病の業務起因性が問題になる場面では、単純な労働時間の長短だけが問題になるわけではありません。事件の見通しを正確に立てるにあたっては、質的な観点からの過重性にも留意する必要があります。

 

 

ノルマが達成できなかったことによる心理的負荷の判断方法

1.精神障害の労災認定

 精神障害の労災認定について、厚生労働省は、

平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号)

という基準を設けています。

精神障害の労災補償について|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 この認定基準は、

対象疾病を発病していること、

対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、

の三つの要件が満たされる場合、対象疾病を業務上の疾病として取り扱うとしています。

 実務上、認定基準に沿って業務起因性を検討することは、行政に留まらず、裁判所の判断基準としても定着してきた感があります。

2.具体的な出来事-ノルマが達成できなかった

 「業務による強い心理的負荷」が認められるのかどうかを判断するため、認定基準は「業務による心理的負荷表」(別表1)という一覧表を設け、「具体的出来事」毎に、労働者に与える心理的負荷の強弱の目安を定めています。

 そして、具体的な出来事の中には、

「ノルマが達成できなかった 」

という項目が設けられています。

 ここでは、心理的負荷が「強」になる場合の具体例として、

「経営に影響するようなノルマ(達成できなかったことにより倒産を招きかねないもの、大幅な業績悪化につながるもの、会社の信用を著しく傷つけるもの等)が達成できず、そのため、事後対応に多大な労力を費した(懲戒処分、降格、左遷、賠償責任の追及等重いペナルティを課された等を含む) 」

場合が掲げられています。

 それでは、このノルマが達成できなかったことによる心理的負荷は、裁判上、どのように判断されているのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高松高判令3.12.8労働判例ジャーナル121-56 高松労基署長事件です

2.高松労基署長事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告・控訴人になったのは、介護老人保健施設において看護師長として勤務していた方です。在職中に発症した適応障害が業務に起因するものであると主張して労働者災害補償保険法(労災保険法)の休業補償給付を請求したところ、高松労働基準監督署長から不支給処分を受けました。

 これに対し、原告が、不支給処分の取消を求めて提訴したのが本件です。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴しました。

 原告は幾つかの心理的負荷要因を主張しましたが、その中の一つに、ノルマ(入所者数95人の確保)が達成できなかったことがありました。

 この点について、原告・控訴人は、

「控訴人が、入所者数95人を確保するというノルマを課せられていたことは原判決が認定するとおりである。心理的負荷の強度を検討するに当たっては、当該労働者が当該出来事をどのように受け止めていたか、また、その受け止め方が同種立場の平均的労働者との比較においてもやむを得ないものといえるかを基準とすべきであるから、『ノルマが達成できなかった』(出来事項目9)ことによる心理的負荷の強さは、控訴人が同ノルマをどのように認識していたかを基準として検討する必要がある。」

「控訴人は、採用前のEとの面接時に、入所者数95人を下回らないように説明を受けたことなどにより、上記ノルマが、職員の賞与に影響するなど本件法人の業績に大きな影響を与えるものと認識させられていた。」

「また、控訴人は、平成24年12月17日に開催されたベソル会で、入所者数が増えないことについて、控訴人の部下を含む10名以上の出席者の面前で、一人立たされ、Eから指をさされながら大声かつ威嚇的な言葉遣いで少なくとも30分以上にわたって叱責を受けたことや、平成25年3月7日に本件通告を受け、ベッドコントロール業務から外されたことなどにより、Eから看護師長失格の評価をされ、退職を求められていると認識した(実際に、Eは控訴人に退職勧奨する意思をもって、控訴人をベッドコントロール業務から外す旨の本件通告を行った。)。さらに、同月11日には、Fから、職員らの多くが控訴人の仕事ぶりに不満を持っていることなどを仄めかされたことにより、Eからの上記評価は、他の職員らからの評価でもあると認識し、大きな衝撃を受けた。」

「これらの控訴人の受け止め方は、同種立場の平均的労働者との比較においても何ら不合理ではない。」

「以上によれば、ノルマ不達成による心理的負荷に加え、当該出来事後の状況による心理的負荷も強いものであったといえるから、ノルマ不達成による心的負荷の強度は『強』である。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり判示して原告・控訴人の主張を排斥しました。結論としても、原告が提起した控訴は棄却されています。

(裁判所の判断)

「控訴人は、

〔1〕入所者数95人を下回らないというノルマは、本件法人の業績に大きな影響を与えると認識していたこと、

〔2〕平成24年12月17日に開催されたベソル会でEから威嚇的かつ長時間にわたる叱責を受けたこと、

〔3〕平成25年3月7日に本件通告を受けたこと、

〔4〕同月11日にFから他の職員らが控訴人の仕事ぶりに不満を有していると仄めかされたことにより、大きな衝撃を受けたものであり、このことは同種立場の平均的労働者との比較においても不合理でないから、ノルマ不達成による心理的負荷の強度は『強』であった旨主張するので、以下、検討する。」

「上記〔1〕につき、補正の上で引用する原判決が認定説示するとおり、本件法人は複数部門の収支に基づく経営がされていることや、平成24年2月以降、本件施設の入所者数が95人を下回っていたが、平成24年度中も職員らの賞与が支給されたことなどからすれば、入所者数95人を確保するというノルマが、これを達成できないことにより倒産や大きな業績悪化を招くようなノルマであったとも、控訴人がそのようなノルマであると認識していたとも認められない。

「上記〔2〕につき、Jは、平成24年12月17日に開催されたベソル会において、Eが一方的に威圧的な態度で入所者数の減少について控訴人を30分以上叱責したとして、控訴人主張に沿う証言(当審)をする。」

「一方で、Jは、平成26年6月16日に高松労働基準監督署によりなされた事情聴取の際には、平成24年12月17日のベソル会につき、Eと控訴人が入所者数の減少について何度かやり取りを行った後、控訴人が突然『入所者数を上げろと言われても、看護師が不足している。慣れていない看護師ばかりでは無理である。』と大声で怒鳴り、Eもヒートアップした様子であった旨や、Eの言葉はよく覚えていないが、控訴人個人に対する非難や叱責というよりは、幹部全体に問題意識を持たせるような話であった旨を供述しており・・・、上記証言と異なる内容となっている。」

「供述内容が異なる理由につき、Jは、事情聴取前に職員が集められ、Fから時間外労働やパワハラはしていない旨口頭で確認を受けたことや、事情聴取時には保身のために真実を述べられなかったことを挙げるところ・・・、確かに、Jは、事情聴取時には本件施設の看護師長代理であったのに対し、当審における証言時には既に離職して本件法人と無関係な職場で勤務しており、置かれている立場が異なっていると認められる。しかしながら、Jの当審における証言によっても、平成24年12月17日のベソル会での出来事については本件法人側から特段の指示・確認はなく、その他の確認についても具体的なものではなかったし、細かいことは覚えていないと述べるにとどまっているところ、事情聴取時にJが供述した同日のベソル会での状況は上記のとおり具体的である上、同会に出席していたE、H及びKの証言に基づく原判決の認定と概ね一致するものとなっている。また、Jのみならず、D・・・やH・・・も、事情聴取の際、Fの口調が厳しいこと、控訴人からE又はFから冷たい態度をとられた旨の話を聞いたこと、控訴人が残業していることなどについて具体的なエピソードを交えつつ供述しており(ただし、Hは、残業については知らない旨を供述している。)、必ずしも本件法人に有利な供述のみをしているわけではないことからすれば、事情聴取前に職員が集められてFからの指示・確認を受けたとは認められないし、Jが事情聴取時に保身のために殊更に虚偽の供述をしたとも認められない。」

「したがって、Jの上記証言は採用できず、平成24年12月17日に開催されたベソル会での状況については、補正の上で引用する原判決が認定説示するとおりであるといえる。」 

「上記〔3〕につき、補正の上で引用する原判決が認定説示するとおり、本件通告は退職勧奨であると認められず、Eが本件通告につき解雇であることを否定し、本件通告の後も控訴人がベッドコントロール業務の担当を外れる以外に業務内容及び待遇の変更はなかったと認められることからすれば、退職勧奨を受けたと認識することがやむを得ない状況であったとはいえない。」

「上記〔4〕につき、補正の上で引用する原判決の認定事実によれば、本件疾病の発症時期は、平成25年3月7日頃であり、図子メンタルクリニックが、控訴人において同日の本件通告を受けた後に諸症状が発現したことから、同日を発症時期であると診断していることからすれば、控訴人の主張する同月11日の出来事は、本件疾病発症後のことであるといえ、心理的負荷の評価対象とすることは相当でない。」

「よって、控訴人の上記主張はいずれも採用できない。」

3.複数部門収支・賞与支給、それだけで否定してよいのか?

 裁判所は、

本件法人が複数部門の収支に基づく経営がされていたこと、

職員らに賞与が支給されていること、

を根拠に、倒産や大きな業績悪化を招くようなノルマであったとも、控訴人がそのようなノルマであると認識していたとも認められないと判示しました。

 しかし、赤字部門は閉鎖されておかしくありませんし、部門閉鎖のプレッシャーが企業倒産の場合よりも軽いといえるのかはやや疑問です。

 また、賞与が支給されている限り、倒産を招きかねないというプレッシャーは感じようがないというのも議論として乱暴であるように思われます。

 労災の認定基準は厳格すぎるのではないかと思われることが少なくありませんが、本件も「ノルマが達成できなかったこと」類型の認定の厳しさを知るための事例の一つとして留意しておく必要があります。