弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「雇用のプロ」を自称できることによる問題

1.「雇用のプロ」を自称できることによる問題

 ネット上に、

「【雇用のプロ 安藤政明の一筆両断】「法」が「道徳」に優先、東須磨小事件への憂い」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191201-00000004-san-l40

 記事の中で、著者は、東須磨小学校の件に触れたうえ、

「誰からも非難されるような刑法犯に対しても、在職中なら有給休暇を与えなければならないのが法律です。法律自体が間違っていると言えるのではないでしょうか。『有給休暇は誰でも取得できる』という前提を疑い、特に大きな問題のある行為があった後は、有給休暇が取得できないよう法改正することが考えられます。少しは道徳に近づくのではないでしょうか。」

「こんなケースも想定できます。社員による100万円の横領が発覚し、怒った事業所の責任者が『今日限りでクビだ!』と言ったとします。」

しかし労働法は、横領された100万円すら回収できていない事業所に対し、賃金約1カ月分の解雇予告手当を、この問題社員に支払うよう義務づけています。泥棒に追銭とは、まさにこのことです。とんでもない状態であり、法改正による適正化が必要です。」

「権利の乱用は許されません。政府・国会には、許されない権利乱用の具体的な基準を検討いただきたいところです。」

などと主張しています。

 しかし、労働法は業務上横領した社員を懲戒解雇するにあたり、解雇予告手当を支払うことを求めていません。

 この著者は「雇用のプロ」を自称していますが、解雇予告手当の除外認定の仕組みに触れずに法改正の議論に踏み込むのは、どうかと思います。

2.解雇予告手当の除外認定

 解雇予告手当の支払いが必要とされる法的な根拠は、労働基準法20条に求められます。

 労働基準法20条1項は、

「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

と規定しています。

 重要なのは但し書きの部分です。

 法律は、

「労働者の責めに帰すべき事由に基づいて解雇する場合には、解雇予告義務それ自体を免除している」

のです(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕286頁参照)。

 そして、

「原則として極めて軽微なものを除き、事業場内における盗取、横領、傷害等刑法犯に該当する行為のあった場合」

「労働者の責めに帰すべき事由」

の典型例とされています(上記文献303頁参照)。

 事実認定を誤らないためにも社員に弁明の機会を与える必要があるため、怒ってその場で『今日限りでクビだ!』と言うことの適否は措くとして、真実社員が100万円ものお金を事業場内で横領したのであれば、会社は解雇予告手当を支払う義務を負いません。

 この場合、

「事前に所轄労働基準監督署長の認定を受ける」

ことにより、解雇予告手当を支払う必要はなくなります(労働基準法20条3項、同法19条2項、上記文献316頁参照)。

 以上のようなルール設定がなされているため、法改正などしなくても、解雇予告手当除外認定さえ受ければ、真実会社のお金を横領した従業員に対しては解雇予告手当を支払う必要はありません。解雇予告手当除外認定の基準も、普通に本に載っています。

3.自称「専門」「プロ」は本当か?

 あまり一般には知られていませんが、日本弁護士連合会には

「業務広告に関する指針」

という理事会議決があります。

https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/rules/society-laws.html

 この理事会議決の「第3.12」には、次のような記述があります。

「専門分野は、弁護士等の情報として国民が強くその情報提供を望んでいる事項である。一般に専門分野といえるためには、特定の分野を中心的に取り扱い、経験が豊富でかつ処理能力が優れていることが必要と解されるが、現状では、何を基準として専門分野と認めるのかその判定は困難である。専門性判断の客観性が何ら担保されないまま、その判断を個々の弁護士等に委ねるとすれば、経験及び能力を有しないまま専門家を自称するというような弊害も生じるおそれがある。客観性が担保されないまま専門家、専門分野等の表示を許すことは、誤導のおそれがあり、国民の利益を害し、ひいては弁護士等に対する国民の信頼を損なうおそれがあるものであり、表示を控えるのが望ましい。専門家であることを意味するスペシャリスト、プロ、エキスパート等といった用語の使用についても、同様とする。

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kaiki/kaiki_no_45.pdf

 弁護士会は、専門だとか、プロだとかいった肩書を自称することを控えることを推奨しています。そのため、本当に優れた知見を持っている弁護士でも、専門・プロといった肩書を自称することには慎重になります。

 しかし、その結果、

肩書を自称することに関するルールの存在しない他士業、

理事会議決を気にしない弁護士、

が好き勝手にプロを自称して、一般消費者が誤認する現象が散見されます。

 もちろん、専門・プロを名乗っている弁護士・法律事務所の中には、本当に卓越した知見を持っている弁護士・法律事務所もあります。しかし、そうでないのに専門・プロを自称する方は決して少なくありません。マスコミによる「専門」「プロ」といった紹介も、それほどあてにならないと思います(個人的な印象ではありますが、マスコミに「専門」「プロ」の真贋の選別が適切にできているかは疑問に思っています。ただ、専門家の評価を非専門家が行うことには元より一定の限界があるので、これは仕方のないことかも知れません。)。

 以上のような事情があるため、一般の方に対しては「専門」「プロ」(個人的には「強い」「詳しい」も似たようなものだと思います)といった広告に関しては、話半分程度に聞いておき、本当に信頼するに足りる専門家かどうかは、実際に足を運び、面談で相談し、自分で判断することをお勧めします。「専門」「プロ」などといった広告による事前のバイアスを取り払ったうえで実際に会って話をし、当該弁護士の話し方が論理的かどうかだけを尺度に判断すれば、一般の方でも判断を大きく誤ることはないだろうと思います。一般の方にとってネット記事の真偽の見極めは難しいと思いますが、足を運んで会えば得られる情報は色々あります。

 所掲の記事に関しては、東須磨小事件への言及の部分についても、刑事手続と行政手続との差、懲戒処分と分限処分の差などが意識されておらず、あまり精緻な議論ではないように感じられます。