1.ひげを規制する身だしなみ基準
以前、このブログで、
「職場は職員の身だしなみにどこまで介入できるのか?」
という記事を書きました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/22/225651
記事の中で言及してい大阪地判平31.1.16労働判例ジャーナル85-34大阪市(大阪市高速電気軌道)事件では、
「髭は伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」
と書かれた大阪市交通局の身だしなみ基準の適法性が問題になりました。
大阪地裁は、身だしなみ基準自体は違法とはいえないものの、髭を生やしていることを理由とした人事考課上の減点評価は違法だと判示しました。
この事件の控訴審が近時の公刊物に掲載されていました。大阪高判令元.9.6労働判例ジャーナル92-2 大阪市・大阪市高速電気軌道事件です。
2.大阪市・大阪市高速電気軌道事件(控訴審)
高裁も地裁の判断を維持し、身だしなみ基準を定めること自体は違法とはいえないものの、髭を生やしていることを理由とした人事考課上の減点評価は違法だと判示しました。
具体的な文言としては、
「本件身だしなみ基準は、職務上の命令として一切のひげを禁止し、又は、単にひげを生やしていることをもって人事上の不利益処分の対象としているものとまでは認められず、交通局の乗客サービスの理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のものであること、一定の必要性及び合理性があることからすれば、本件身だしなみ基準の制定それ自体が違法であるとまではいえない」
「本件各考課は、被控訴人らがひげを生やしていることを主たる減点評価の事情として考慮したものであること、したがって、上記評価が人事考課における使用者としての裁量権を逸脱・濫用したものであって国賠法上違法であるものと判断する。」
と判示しています。
一審判決が控訴審でも維持されることは、ありふれたことでしかありません。
しかし、判決理由の中の身だしなみ基準の適法性を導き出している部分には、興味を惹かれる判示がありました。興味を持ったのは、インターネットアンケートの調査結果に言及している部分です。
大阪市側は身だしなみ基準の合理性を支える事実として、インターネットアンケートでの髭に対するネガティブな評価を指摘していました。
これに対し、運転手側は、
「インターネット上のアンケートは、代表性(匿名性・母集団の偏り)が短所として指摘されており、その結果を安易に事実認定に用いるべきではない。」
とアンケートを事実認定の資料とすることに疑問を呈していました。
このように両当事者の主張が対立する中、大阪高裁は、
「ひげが社会において広く肯定的に受け容れられているとまではいえない我が国の現状に照らせば、原判決も判示するとおり(同ウ(ア))、『整えられた髭も不可』として、ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることには、一応の必要性・合理性が認められる。」
(中略)
「乙117から121までにつき、インターネット上で実施されたアンケート結果であり、代表性や有効回答数に問題があるとの点も、各回答数(乙117が9万4866名、118が423名、119が900名、120が481名)に照らし、少なくとも、ひげが『広く』肯定的に受け容れられているとはいえないとの根拠にはなり得るというべきである。乙117によれば、ひげに抵抗を『とても』及び『少し』感じる人数が合計4万4685名(47.1%)となっており、『とても』感じる人の人数が『少し』感じる人の人数を約1000名上回っている。この結果も、上記認定を裏付けるものといえる。」
と判示しました。
3.インターネットアンケートの持つ可能性
市側に有利な結論を導くためとはいえ、どちらかと言えば保守的な判断をしがちな高等裁判所が。インターネットアンケート調査の結果を身だしなみ基準の必要性・合理性を判断する根拠に用いたことは注目に値すると思います。
職場の身だしなみ基準の問題は、近時、しばしばメディアで取り上げられるようになってきています。
最近では女性のメガネ着用の禁止に関する報道もなされました。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191112-00030660-forbes-bus_all
上記の記事には、メガネ着用が禁止される理由について、
「一部の企業が女性のメガネ着用を禁止しており、その理由として接客の現場での女性のメガネが『冷たい印象を与える』からだと、複数の日本のメディアが報じた。」
などと書かれています。
使用者側にしても、労働者側にしても、身だしなみ基準の必要性・合理性を支える事実(メガネ着用が、人に冷たい印象を与える/与えないといえる根拠)をどのように立証するのだろうかと疑問に思っていました。
大阪高裁の判示は、インターネットアンケート調査が一つの糸口になることを示唆するものです。アンケートの結果、合理性のない忖度であることが裏付けられれば、基準を設ける必要性・合理性を揺さぶれる可能性があります。
現在存在する身だしなみ基準の中には、気にしていない人が多数派を占めるにもかかわらず、面倒なクレームを怖れて過剰な規制となっているものもあると思います。そうした規制の適法性を争うにあたり、インターネットアンケートは有力な立証方法となってくる可能性を秘めているのではないかと思われます。