弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

定年後再雇用-打診された業務内容を受け入れないリスク

1.定年後再雇用

 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項は、

 定年・・・の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。
一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度・・・の導入
三 当該定年の定めの廃止

と定めています。

 このうち最も多く採用されている高年齢者雇用確保措置は、2号の継続雇用制度(定年後再雇用制度)です。

 厚生労働省が発表した「令和元年『高年齢者の雇用状況』集計結果」によると、雇用確保措置の実施済企業のうち77.9%が継続雇用制度の導入を挙げています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000182200_00003.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/000569181.pdf 

 ただ、定年後再雇用の仕組みを採用している企業の多くは、定年後再雇用の賃金を引き下げています。

 平成27年7月31日公表と少し古い資料ではありますが、独立行政法人労働政策研究・研修機構の60代の雇用・生活調査によると、

「定年前と同じ企業に継続雇用されている人については 80.3%と大多数が賃金の減少を経験している。」
「賃金額の減少率については、「41~50%」19.1%、「21~30%」17.9%、「31~40%」12.1%、「16~20%」10.0%、「51~60%」9.9%と続いている。」

とのことです。

https://www.jil.go.jp/institute/research/2015/135.html

https://www.jil.go.jp/institute/research/2015/documents/0135_01.pdf

 賃金が下がることに納得ができないということで紛争になる例は、それなりに見られるところですが、給料が下がること自体は問題ないけれども、仕事の内容を定年前のものと同じにして欲しいとの要望を譲らなかった場合、定年後再雇用契約の取扱いはどうなるのでしょうか。

 賃金等について折り合っている以上、定年後再雇用契約は結ばれた扱いになるのでしょうか。それとも、職務内容いついての合意が認められない以上、定年後再雇用契約はなかったことになるのでしょうか。

 この点が問題となった近時の裁判例に、東京地裁令元.5.21労働判例ジャーナル92-50アルパイン事件があります。

2.アルパイン事件

 この事件は、音響機械器具の製造販売等を目的とする株式会社(被告)の従業員として稼働していた原告が、被告に対し、定年前と同じ職務を担当させるように求めた事案です。

 原告は賃金等、職務内容以外の労働条件(契約期間年間総労働日数、始終業時間等)には同意することを伝えたものの、職務の内容について合意できず、定年を迎えてしまったという事案です。

 この場合でも、裁判所は定年後再雇用契約の締結の効力の発生を認めず、定年後再再雇用契約が結ばれたと主張する原告の請求を排斥しました。

 裁判所の判決は概ね次のとおりです。

(裁判所の判決の概要は次のとおりです。)

「原告は、被告が原告に対して提示した・・・労働条件のうち、契約期間、年間総労働日数、始終業時間、給与については同意したものであるところ、その余の条件である契約会社、勤務部署、職務内容が客観的に見て誰にとっても到底受入れられないような不合理なものであったと認めるに足りる的確な証拠はない。原告の本人尋問における供述中には、上記職務内容は誰にでもできる単純作業であるから受け入れられないとの供述部分があるが、上記職務内容がそのようなものであったと認めるに足りる客観的な証拠はない。原告の陳述書・・・及び本人尋問における供述によれば、要するに、原告は、サウンド設計部における業務を行いたく思っており、上記職務内容に係る業務が受け入れたくない、やりたくない仕事であったことから、サウンド設計部における業務ではなく上記職務内容に係る業務を担当させられることは自尊心を著しく傷つけられ屈辱感を覚えることを理由として被告からの申込みを拒んだというのであり、その理由は主観的なものにとどまる。

「以上の次第で、原告と被告との間に、平成29年9月16日以降雇用契約関係が存在するものとは認められない」

定年後再雇用の労働条件を争うのはリスクが高い

 定年後再雇用の労働条件に納得できないことを理由に、労働条件を争うのは、労働側にとってはリスクの高い判断であるように思われます。

 賃金のような主要な労働条件である程度折り合えたとしても、職務内容に合意できずに定年が来てしまえば、定年後の再雇用が発行する可能性が低いからです。この場合、定年後再雇用契約が結ばれていたとは認められず、失職してしまいます。

 そのため、インパクトが多少弱まりはしますが、定年後に失職してしまうよりはましだということであれば、異議を留保したまま一旦労働契約を結び、然る後に争うといった方法で労働条件の変化を問題にして行くことも、検討に値するのではないかと思います。