弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

債務不履行に基づいて損害賠償を請求する場合でも弁護士費用を請求できる事件類型

1.弁護士費用の損害賠償請求

 損害賠償を求める法的根拠は、大きく言って二つあります。不法行為に基づく場合と、債務不履行に基づく場合です。

 不法行為に基づいて損害賠償を請求する場合、弁護士費用の一部を損害として相手方に負担させることができます。

 そのことは最一小判昭44.2.27最高裁判所民事判例集23-2-441において明らかにされています。

 具体的には、

「わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。従つて、相手方の故意又は過失によつて自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

と判示されています。

 こうした判例を受け、交通事故事案などで不法行為を根拠として損害賠償を請求する場合、弁護士費用以外の損害額の10%程度の金額が、実際の弁護士費用のうち不法行為と相当因果関係のある部分として認められる裁判実務が定着しています。

 事件規模にもよりますが、実際の弁護士費用の全額を賄えるほどの弁護士費用が損害として認定される例は、それほど多くはないだろうと思います。それでも、弁護士費用の一部が損害として認定されることは、被害者が訴訟提起することのハードルを低くする効果があります。

 他方、債務不履行に基づいて損害賠償を請求する場合には、弁護士費用の損害賠償までは認められないのが通例です。

 具体的には、最一小判昭48.10.11最高裁判所裁判集民事110-231が、手形金等請求事件において、

「金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の額は、法律に別段の定めがある場合を除き、約定または法定の利率により、債務者はその損害の証明をする必要がないとされているが、その反面として、たとえそれ以上の損害が生じたことを立証しても、その賠償を請求することはできないものというべく、したがって、債権者は、金銭債務の不履行による損害賠償として、債務者に対し弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないと解するのが相当である。」

と判示しています。

 しかし、手形金を請求するような簡易な事件であればともかく、債務不履行責任を追及する訴訟の中にも難易度の高いものがあります。労災事故において安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求する場合が典型です。このような場合には、判例も一定の弁護士費用を損害として請求することを認めています。

 具体的には、最二小判平24.2.24最高裁判所裁判集民事240-111が、

「労働者が、就労中の事故等につき、使用者に対し、その安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合と同様、その労働者において、具体的事案に応じ、損害の発生及びその額のみならず、使用者の安全配慮義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うのであって(最高裁昭和54年(オ)第903号同56年2月16日第二小法廷判決・民集35巻1号56頁参照)、労働者が主張立証すべき事実は、不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は、労働者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。」
「したがって、労働者が、使用者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償を請求するため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである

と判示しています。

2.弁護士費用を損害に計上できる事件類型の拡大

 以上のような沿革のもと、弁護士費用を加害者に対して請求できるかに関しては、これを拡大する方向での裁判例が出されるようになってきています。

 例えば、大阪地判平29.8.30判例タイムズ1445-202は、インターネット上の名誉毀損が関係する不法行為事案において、

「インターネット上の掲示板での匿名の書き込みについてその発信者を特定するためには、プロバイダ責任制限法の解釈等を踏まえて、通信事業者に対し、通信記録が消去されるまでの短期間のうちに必要な保全処分を行い、発信者情報開示請求訴訟を提起することが必要となるから、被害者自身で手続を行うことは通常困難である。したがって、発信者情報開示請求の代理についての弁護士費用は、社会通念上相当な範囲で、名誉毀損と因果関係のある損害と認めるのが相当である。」
「証拠・・・によれば、原告は、被告を特定するために、発信者情報開示請求を代理人弁護士に依頼し、A株式会社を債務者とする発信者情報開示等仮処分の弁護士費用として27万円、株式会社Gを被告とする発信者情報開示訴訟の弁護士費用として31万6000円を支払ったことが認められ,その合計である58万6000円については名誉棄損と因果関係のある損害と認められる。

と発信者の特定のために要した弁護士費用実額の損害賠償請求を認めました。

 不法行為においては、実際の弁護士費用の方が高かったとしても、損害額の10%程度でしか弁護士費用の賠償は認められないのが通例です。そのため、弁護士費用実額の損害賠償請求を認めた上記裁判例は、法曹実務家の間でかなり注目されたのではないかと思います。名誉毀損に基づく損害賠償は慰謝料がそれほど伸びにくいため、弁護士に依頼すると法的措置をとっても赤字になってしまうことがありましたが、この裁判例は、地裁レベルではあるものの、そうした状態を打開する可能性を持つものとして位置付けられます。

 また、近時公刊された判例集に、債務不履行の構成で損害賠償を請求した事案において、弁護士費用の賠償請求が認められた事案が掲載されていました。大阪地判平31.3.26判例タイムズ1465-211です。

3.大阪地判平31.3.26判例タイムズ1465-211

 本件は、原告が(旅行者)が、被告(旅行会社)に対し、企画旅行契約に関して、出発予定前に旅行先で大地震が発生したことについて十分な情報提供を行わなかったとして、債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案です。

 原告は、旅行代金、慰謝料のほか、弁護士費用まで損害として計上しました。

 裁判所は次のように述べて、3万円の限度で弁護士費用の請求を認めました。

「義務違反に基づく損害賠償請求権は、準委任契約でもある旅行契約に付随する義務違反を根拠とするものであるから、債務不履行に基づく損害賠償請求権の性質を有するものといえる。債務不履行に基づく損害賠償においては、弁護士費用は原則として損害に含まれないと解されるが(大審院対象4年5月19日判決・民録21輯725頁、最高裁昭和48年10月11日第一小法廷判決・裁判集民事110号231頁参照)、原告が主張立証すべき事実が不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わらない場合など、訴訟上その権利行使をするには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権については、例外として相当と認められる範囲の弁護士費用は、当該債務不履行と相当因果関係に立つ損害に含まれると解するのが相当である(安全配慮義務に関するものであるが、最高裁平成24年2月24日第二小法廷判決・裁判集民事240号111頁の考え方が参考になる。」

「これを本件についてみると、争点2で認めた情報収集・提供義務違反に基づく損害賠償請求権は、上記のとおり債務不履行に基づく損害賠償請求権の性質を有するが、その根拠は信義則(民法1条2項)に由来するものであって、自己決定権侵害を理由とすれば、不法行為に基づく損害賠償請求権としても、構成できるものであること、また、情報収集・提供義務というだけでは抽象的であるため、同義務違反に基づく損害賠償を請求するためいは、原告らがその具体的な義務内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張立証し、かつ、義務違反に該当する事実を主張立証する責任を負うことになるから、同請求権は、それを立証上行使するには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をするのが困難な類型に属する請求権といえる。したがって、情報収集・提供義務違反に基づく損害賠償を請求するために弁護士に委任した場合には、相当な範囲の弁護士費用は、損害に含まれると解するのが相当である。

「そして、本件訴訟の経過、認定した損害額その他の事情を斟酌すると本件における弁護士費用としての損害額は、原告らにつき各3万円と認めるのが相当である。」

4.弁護士費用を相手方に転嫁できる額・範囲は広がりつつある

 以上のとおり、従来不法行為の場面で認められていただけであった弁護士費用の賠償請求は、労災民訴の債務不履行の場合、発信者情報の開示の場合、情報収集・提供義務違反の場合などに質量とも拡大されてきた傾向にあります。

 こうした判例・裁判例の潮流は、不法行為や債務不履行によって損害を受けた方に方が損害賠償することについて、経済的負担の観点から法的手続に二の足を踏まないようにしていきたいという裁判所の意向が滲んでいるように思われます。

 私の感覚では、弁護士に依頼しなくても十分な訴訟活動をすることが困難ではないと言える事案は極めて少ないのではないかと思います。

 このように、一定の限度で弁護士費用を相手方に転嫁できる仕組みもありますので、訴訟をするにあたり経済的な問題を抱えている場合であったとしても、お悩みの方は、取り敢えず、弁護士に対応を相談してみると良いのではないかと思います。