弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

定年後再雇用-定年退職時の60%を下回る基本給を設定することが労契法旧20条違反とされた例

1.定年後再雇用-同じ仕事をさせながら賃金を下げることが許されるか?

 定年後再雇用された方の賃金水準は、多くの場合、定年前よりも低くなります。より軽易なものへと業務内容が変わっているのであれば、このような取扱いも、理解できなくはありません。しかし、定年前と全く同じ仕事をさせながら、定年後再雇用された方の賃金水準を低く抑えている企業も散見されます。

 それでは、定年後再雇用であることから、従前と同じ仕事をさせながら賃金を減少させることは、法的に許容されるのでしょうか?

 この点が問題になった過去の最高裁判例に、最二小判平30.6.1労働判例1179-34 長澤運輸事件があります。長澤運輸事件では、定年前に支給していた能率給・職務給を、定年後再雇用者に支給しないことが、労働契約法旧20条で禁止されていた不合理な労働条件の相違といえないのかが問題になりました。

 この事案の最大の特徴は、定年後再雇用の前後で、従業員の職務内容等に変更がなかったことでした。

 最高裁は、定年後再雇用であることが不合理性を判断するにあたっての考慮要素になることを認めたうえ、再雇用後の基本賃金及び歩合給の減少幅が、再雇用前の基本給、能率給及び職務給を合計した金額の2~12%に留まっていることなどを指摘し、

「嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。」

と判示しました。

 長澤運輸事件では、賞与を含めても、定年後再雇用者の年収が定年前の79%程度となるように設定されていました。こうしたことも不合理性の判断に影響を与えていることから、実務家の中には、2割程度の減少幅であれば、裁判所でもそれほど問題視されないのではないかという感覚を持つ人もいます。

 しかし、2割程度の減少幅があまり問題にされなかったということは、3割減・4割減でも問題にされないことまで意味するわけではありません。

 それでは、職務内容等が変わらない場合、定年後再雇用者の賃金をカットすることの限界は、どのあたりに求められるのでしょうか?

 この論点を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。名古屋地判令2.10.28労働判例ジャーナル106-1 名古屋自動車学校事件です。

2.名古屋自動車学校事件

 本件は、定年後再雇用された人の基本給を、定年退職時の45~48.8%以下にすること(役付手当、賞与、嘱託職員一時金を除く総支給額でみて賃金を定年退職時の56.1%~63.2%にすること)の不合理性が問題になった事案です。長澤運輸事件と同じく、定年後再雇用の前後で職務の内容等が同一であることから、こうした差異を設けることが許容されるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、60%を割り込む水準の基本給を定めることは違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかったにもかかわらず、原告らの嘱託職員としての基本給は、正職員定年退職時と比較して、50%以下に減額されており、その結果、原告らに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回っている。また、そもそも、原告らの正職員定年退職時の賃金は、同年代の賃金センサスを下回るものであったところ、原告らの嘱託職員として勤務した期間の賃金額は、上記のような基本給の減額を大きな要因として、正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまることとなっている。」

「そして、このことは、原告らが嘱託職員となる前後を通じて、被告とその従業員との間で、嘱託職員の賃金に係る労働条件一般について合意がされたとか、その交渉結果が制度に反映されたという事情も見受けられないから、労使自治が反映された結果であるともいえない。」

「以上に加えて、基本給は、一般に労働契約に基づく労働の対償の中核であるとされているところ、現に、原告らの正職員定年退職時の毎月の賃金に基本給が占める割合は相応に大きく、これが賞与額にも大きく影響していたことからすれば、被告においても、基本給をそのように位置付けているものと認められる。被告における基本給のこのような位置付けを踏まえると、上記の事実は、原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たることを基礎付ける事実であるといえる。」

(中略)

「以上のとおり、原告らは、被告を正職員として定年退職した後に嘱託職員として有期労働契約により再雇用された者であるが、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなく、原告らの正職員定年退職時の賃金は、賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であった中で、原告らの嘱託職員時の基本給は、それが労働契約に基づく労働の対償の中核であるにもかかわらず、正職員定年退職時の基本給を大きく下回るものとされており、そのため、原告らに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回るばかりか、賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって、このような帰結は、労使自治が反映された結果でもない以上、嘱託職員の基本給が年功的性格を含まないこと、原告らが退職金を受給しており、要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても、労働者の生活保障の観点からも看過し難い水準に達しているというべきである。

そうすると、原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

3.元々賃金が低かったことは影響しているであろうが・・・

 裁判所は、原告らの定年退職時の賃金が、賃金センサス上の平均賃金を下回る水準であったことを指摘しています。本件は、元々低かった賃金を、定年退職後、更に大幅にカットした事案であり、一般化できるわけではないのだろうと思います。

 それでも、定年退職時の60%という形で、基本給の切り下げが許容される限度を具体的に設定したことは、大きな意義があるように思われます。

 定年後再雇用の労働条件の切り下げに係る問題は、今後、高齢化が更に進むとともに、更に顕在化して行くことが想定されます。労働契約法旧20条にしても、その後継となる短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条、9条にしても、決して扱いの簡単な条文ではありません。労働条件の切り下げに疑問を持った場合には、その適否を弁護士に相談してみることをお勧めします。