弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

劇団員の労働者性が一歩前進した事例-稽古・出演の時も労働者

1.劇団員の労働者性

 昨年の2月、入団契約を結んだ劇団員の労働者性について判示した裁判例を紹介しました(東京地判令元.9.4労働判例ジャーナル95-48 エアースタジオ事件)。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/20/010316

 エアースタジオ事件の裁判所は、会場整理、セットの仕込み・バラシ、衣裳、小道具、ケータリング、イベントなど裏方業務の遂行との関係では労働者性を認めながらも、稽古や出演については労働者性を否定するという独特の判示をしました。

 この判決は控訴されており、東京高裁がどのような判断をするのかが気になっていました。近時公刊された判例集に、控訴審判決(東京高判令2.9.3労働判例ジャーナル106-38 エアースタジオ事件)が掲載されていたので、ご紹介させて頂きます。

2.エアースタジオ事件(控訴審)

 本件は未払賃金請求・残業代請求の可否等に関連して、劇団員の労働者性が争点となった事件です。出演・稽古との関係で労働者性を否定するなどした原審の判断に対し、これを不服とした原告劇団員が控訴したのが本件です。

 原告・控訴人劇団員は、次のような主張をして、出演・稽古との関係でも労働者性が認められるべきだとの議論を展開しました。

(原告・控訴人劇団員の主張)

「公演への出演及びその前提となる稽古も、被控訴人の指定する劇場及び稽古場で実施されていたのであって場所的拘束があったし、公演日程については被控訴人において年間スケジュールが組まれており、稽古日程については被控訴人の従業員であるプロデューサーの業務マニュアル・・・において『(プロデューサーが)演出と相談して稽古日程を決める』等の記載があり、被控訴人において決定している。このように、出演及び稽古についても、被控訴人において決定し、各出演者に対してプロデューサー等を通じて指示が出ていたのであるから、労務提供の時間及び場所について指揮命令があったといえる。」

 こうした原告の主張を受け、裁判所は、次のとおり述べて、稽古・出演との関係でも原告は労働者に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「被控訴人は、本件カフェにおける業務を除き、本件劇団における業務について、控訴人が労働基準法上の労働者であることを争っているところ、同法の労働者と認められるか否かは,契約の名称や形式にかかわらず、一方当事者が他方当事者の指揮命令の下に労務を遂行し、労務の提供に対して賃金を支払われる関係にあったか否かにより判断するのが相当と解される。」

「そして、本件劇団において控訴人が従事した業務は多様なものであるところ、控訴人と被控訴人が労働者と使用者の関係にあったか否かは,上記観点を踏まえ、控訴人が、劇団における各業務について、諾否の自由を有していたか、その業務を行うに際し時間的、場所的な拘束があったか、労務を提供したことに対する対価が支払われていたかなどの諸点から個別具体的に検討すべきである。

(中略)

「確かに、控訴人は、本件劇団の公演への出演を断ることはできるし、断ったことによる不利益が生じるといった事情は窺われない・・・。」

「しかしながら、劇団員は事前に出演希望を提出することができるものの、まず出演者は外部の役者から決まっていき、残った配役について出演を検討することになり(原審におけるP6及びP5の証言によると1公演当たりの出演者数20から30人に対して劇団員の出演者数4人程度)、かつ劇団員らは公演への出演を希望して劇団員となっているのであり、これを断ることは通常考え難く、仮に断ることがあったとしても、それは被控訴人の他の業務へ従事するためであって、前記のとおり、劇団員らは、本件劇団及び被控訴人から受けた仕事は最優先で遂行することとされ、被控訴人の指示には事実上従わざるを得なかったのであるから、諾否の自由があったとはいえない。また、劇団員らは、劇団以外の他の劇団の公演に出演することなども可能とはされていたものの、少なくとも控訴人については、裏方業務に追われ(小道具のほか、大道具、衣装、制作等のうち何らかの課に所属することとされていた。)他の劇団の公演に出演することはもちろん、入団当初を除きアルバイトすらできない状況にあり、しかも外部の仕事を受ける場合は必ず副座長に相談することとされていたものである。その上、勤務時間及び場所や公演についてはすべて被控訴人が決定しており、被控訴人の指示にしたがって業務に従事することとされていたことなどの事情も踏まえると、公演への出演、演出及び稽古についても、被控訴人の指揮命令に服する業務であったものと認めるのが相当である(控訴人が本件劇団を退団した後に制定された被控訴人の就業規則によれば、出演者が出演を取りやめる場合は代役を確保することが求められており、控訴人が本件劇団在籍中も同様であったものと窺われる。)。」

「これに対し、被控訴人は、〔1〕公演への出演に当たっての稽古には場所的拘束は存在しない、〔2〕本件劇団の劇団員は、作成された年間スケジュールの中から自らが参加したい演目に自由に参加希望を出すことができ、公演への出演は任意であった、〔3〕本件劇団の劇団員は、業務マニュアルに拘束されるものでなければ、同マニュアル通りに活動しているか否かを管理されるものでもないから、時間的拘束も存在しない旨主張する。」

「しかしながら、仮に稽古の場所が本件各劇場以外の場合もあったとしても、稽古自体は当然本件劇団の指示に従って行うものであるし、公演の演目に出演すること自体が任意であったとしても、出演して演技を行うに当たって本件劇団の指揮命令が及ぶことは前記説示のとおりである。被控訴人の上記主張は採用できない。」

3.業務との関係で労働者性を判断する枠組みは堅持

 稽古・出演との関係での労働者性について、結論が真逆になったこともさることながら、より目を引くのが、高裁も原告・控訴人の労働者性について、

「劇団における各業務について・・・個別具体的に検討すべき」

と判示した点です。具体的な業務との関係で、一つの契約(入団契約)が労働契約と理解されたり、されなかったりするという地裁独特の判断は、高裁でも受け入れられているように見えます。

 以前にも述べましたが、これはフリーランスの保護等を考えるにあたり、非常に画期的なことです。この判決は、芸能人・俳優といった職業の方の法的保護を考えるにあたり、労働法を活用する可能性を示唆するものです。

 業務毎の労働者性の認定が、労働時間の認定とどのように違うのかといった今後解明されなければならない問題はありますが、保守的な東京高裁が劇団員の方の保護に踏み込んだ判断を示したのは画期的なことです。

 (時として最低賃金以下の水準にもなる)低賃金・低報酬で過酷な働き方をしている劇団員、芸能人の方は、決して少なくないと思います。労働者性が認められれば、最低賃金との差額を請求したり、残業代を請求したりする余地が出てきます。今回ご紹介したような裁判例もあるので、お困りの方は、ぜひ、お気軽にご相談頂ければと思います。