弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

入団契約を結んだ劇団員の労働者性-稽古・出演の時は労働者でなくても裏方業務をしている時は労働者

1.劇団員の労働者性

 小規模な劇団では、劇団員が、出演者と、装飾・衣装・音響照明・大道具小道具などの裏方作業員とを兼任していることが珍しくありません。

 この場合、出演に関しても上命下達の指揮命令系統がはっきりしていれば話は早いのですが、演じる気のない方に出演を命じても仕方がないことから、出演に関しては諾否の自由が保障されているケースがあります。

 このように、仕事の依頼への諾否の自由のあるフリーランス(自営業者)としての側面と、指揮命令系統に組み込まれた労働者としての側面とが併有されている場合、これをフリーランスと理解するのか、労働者と理解するのかは極めて難しい問題です。

 この問題について、近時の公刊物に珍しい判断をした裁判例が掲載されていました。東京地判令元.9.4労働判例ジャーナル95-48 エアースタジオ事件です。

 何が珍しいのかというと、劇団との入団契約について、稽古・出演の時は労働者ではないものの、裏方業務をしている時は労働者であるといった、複合的な性質を持つものとして理解していることです。

2.エアースタジオ事件

 この事件で原告になったのは、元劇団員の方です。

 被告になったのは、舞台制作、映像制作、芸能プロダクション、スタジオ経営等を目的とする株式会社です。

 原告は公園への出演のほか、小道具などの裏方業務にも従事していました。こうした就労実体に照らせば労働者性が認められるとして、未払賃金や未払残業代などを請求する労働審判を申し立てました。

 これに対し、被告は原告の労働者性を争い、労働者ではないのだから未払賃金や未払残業代の請求は棄却されるべきだと主張しました。

 労働審判がまとまらず、本訴移行した後に言い渡されたのが本件の判決です。

 裁判所は、次のとおり述べて、公演・稽古の部分では労働者ではないものの、裏方業務との関係では労働者であるとして、原告の請求を一部認める判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

「労働基準法上の労働者と認められるか否かは、契約の名称や形式にかかわらず、一方当事者が他方当事者の指揮命令の下に労務を遂行し、労務の提供に対して賃金を支払われる関係にあったか否かにより決せられる。そして、両当事者が労働者と使用者の関係にあったといえるためには、原告が、劇団の業務について諾否の自由を有していたか、業務を行うに際し時間的、場所的な拘束があったか、労務を提供したことに対する対価が支払われていたかなどを検討すべきである。」
「本件劇団は、年末には、翌年の公演の年間スケジュールを組み、2つの劇場を利用して年間90本もの公演を行っていたこと、本件入団契約においては、原告は、本件劇団の会場整理、セットの仕込み・バラシ、衣裳、小道具、ケータリング、イベント等の業務(以下、出演以外の劇団運営に必要な業務を『裏方作業』又は『裏方業務』ともいうことがある。)に積極的に参加することとされ、実際に、本件劇団の劇団員は、各裏方作業について『課』又は『部』なるものに所属して、多数の公演に滞りが生じないよう各担当『課(部)』の業務を行っていたこと、原告を含む男性劇団員は、公演のセット入替えの際、22時頃から翌日15時頃までの間、可能な限りセットの入替えに参加することとされ、各劇団員が参加可能な時間帯をスマートフォンのアプリケーションを利用して共有し、原告も相当な回数のセットの入替えに参加していたこと、音響照明は、劇団において各劇団員が年間4回程度担当するよう割り振りが決定され、割り当てられた劇団員は、割当日に都合がつかない場合には交代できる者を探し、割り当てられた公演の稽古と本番それぞれに音響照明の担当者として参加していたことが認められ、これらの点を考慮すると、原告が、セットの入替えや音響照明の業務について、担当しないことを選択する諾否の自由はなく、業務を行うに際しては、時間的、場所的な拘束があったものと認められる。」
「また、原告は、劇団員のP4とともに小道具課に所属し、同人との間で、年間を通してほぼ毎週行われる公演のうちどの公演の小道具を担当するか割り振りを決め、別の公演への出演等で差支えのない限り、日々各公演の小道具を担当していた事実が認められるところ、公演本数が年間約90回と多数であって、原告が、年間を通じて小道具を全く担当しないとか、一月に一公演のみ担当するというようなことが許される状況にあったとは認められないことからすると、原告が、本件劇団が行う公演の小道具を担当するか否かについて諾否の自由を有していたとはいえない。また、小道具は、公演の稽古や本番の日程に合わせて準備をし、演出担当者の指示に従って小道具を準備、変更することも求められていたことから、原告は、本件劇団の指揮命令に従って小道具の業務を遂行していたものと認められる。」
「そして、原告を含む劇団員は、公演に出演しない月には4日間、劇団の業務を行わない休日を作ることを推奨され、休日希望日を劇団側に伝えることとされていたこと、劇団の業務とアルバイトとの両立が難しい劇団員が多くいたことも理由の一つとなって、月額6万円の支給が始まったこと、本件劇団は、現在では、音響照明やセットの入替えには外部からアルバイトを雇い、給料を支払っていることなどの事実に照らすと、本件劇団は、裏方業務に相当な時間を割くことが予定されている劇団員に対し、裏方業務に対する対価として、月額6万円を支給していたと評価するのが相当である。」
「以上によれば、原告は、本件劇団の指揮命令に従って、時間的、場所的拘束を受けながら労務の提供をし、これに対して被告から一定の賃金の支払いを受けていたものと認められるから、原告は、被告に使用され、賃金を支払われる労働者(労働基準法9条)に該当すると認められる。
他方、公演への出演は任意であり、諾否の自由があったことは原告も認めるとおりであるから、原告は、被告の指揮命令により公演への出演という労務を提供していたとはいえず、チケットバックとして支払われていた金銭は、役者としての集客能力に対する報酬であって、出演という労務の提供に対する対価とはいえない。
(中略)
原告は、本件劇団の裏方業務の遂行については労働基準法上の労働者であったものと認められる。そして、原告は、裏方業務にある程度の時間を割いていたことはうかがわれるものの、実労働時間を算定するための客観証拠がほぼ存在しないことにかんがみ、謙抑的に実労働時間の認定を行うこととする。」
「なお、前判示のとおり、出演を前提とする稽古及び出演については、原告は労働基準法上の労働者とは認められない。

3.フリーランスの保護の在り方に示唆を与える裁判例

 実体としては労働者であるのに、異なる法形式(委任・請負など)に分類することを「誤分類」ということがあります。

 誤分類されたフリーランスの方は、労働者性を争うことにより、労働法の保護を求めることができます。

 他方、誤分類ではない真正のフリーランスの方に、労働法が適用されることはありません。こういった方は、経済法(独占禁止法、下請法など)による保護を受けることになっています。

 しかし、独占禁止法や下請法を民事的に運用することには、かなり難しいのが実情です。公正取引委員会などの行政的なリソースも、残念ながら個々のフリーランスの方を十分に保護できるほど潤沢であるわけではありません。そのため、経済的な従属性が認められるにもかかわらず、契約自由の名の下に弱肉強食の世界に放り出されているフリーランスの方は、決して少なくありません。

 労働者と経済的な従属性が認められるフリーランスの方は、連続的な立場にあるのに、法的な保護の在り方にあまりにも大きな差があります。こうした差を放置することが適切なのかどうかは、現在、各所で議論が進められています。

 本件裁判例は、一つの契約を労働法か経済法かという二社択一的な形で理解するのではなく、労働法の適用がある部分とそうではない部分を切り分け、部分的に労働法による保護を及ぼして行こうとする折衷的なアプローチをとったものだと言えます。

 こうした判断は、他の事案にも応用可能なもので、フリーランスの保護の在り方を考えるにあたり、一定の示唆を与えてくれるものだと思います。