弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賃金が上から数えて一桁番台でも、権限がなければ管理監督者にはあたらない

1.管理監督者

 管理監督者には、労働基準法上の労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用がありません(労働基準法41条2号)。そのため、時間外勤務をしても、管理監督者には残業代が支払われることはありません。俗に、管理職には残業代が支払われないと言われる所以です。

 この管理監督者に該当するといえるため、

「裁判例・・・において必要とされてきた要件は、①事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること、②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること、および③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること」

であると理解されています(菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕491頁)。

 それっぽい名称が与えられていたとしても、上記①~③の観点から管理監督者であるとは認められない場合、労働者は残業代を請求することができます。

 上記①~③に考慮要素としての優劣があるのかに関しては、それほど明確には分かっていません。しかし、権限が不十分である場合には、幾ら待遇が良かったとしても、管理監督者性は認められにくい傾向にあるのではないかと思います。

 以前、このブログの

「巨大企業における管理監督者性-労働時間に裁量があり、年収1200万を超えても残業代請求できる場合がある」

という記事で、年収が1200万円を超えていても権限の観点から管理監督者性が否定された裁判例があることを紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/07/22/001754

 これは絶対値としての年収が高かった事案ですが、近時の公刊物に、待遇の相対的な優位性を認めながら、管理監督者性への該当性が否定されるとした裁判例が掲載されていした。東京地判令元.9.27労働判例ジャーナル95-32 エルピオ事件です。

2.エルピオ事件

 本件で被告になったのは、各種燃料の卸売、販売等を目的とする株式会社です。

 資本金は9850万円で、約180名の従業員がいました。

 原告になったのは、被告の総務人事課の課長であった方です。管理監督者ではないのに、管理監督者扱いされて残業代が支払われてこなかったとして、被告に対し、残業代や付加金を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 原告の月給は48万8800円~49万1800円とされていました。

 原告の待遇について、被告は、

「営業支店長、経理課課長に次ぐ3番目、1名いる取締役を含めても4番目に高額」

であると主張していました。

 裁判所の認定としても、

「本件請求期間中の原告の賃金額は、被告の全従業員中、上から数えて一桁番台に位置するものであった」

とされています。

 こうした相対的な高待遇が認められる従業員について、管理監督者性が認められるかどうかが本件の主なテーマです。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告には管理監督者性が認められないと判示し、残業代に関する請求の大部分を認容しました。

(裁判所の判断)

「原告は、総務人事課の課長として、人事関係の業務としては人事労務関係業務を全般的に担当していたほか、就業規則の変更といった社内制度・環境整備業務を担当し、総務関係の業務としては内部文書の作成、施設、備品、文書管理、トラブル対応等の業務に加え、外部業者との契約交渉等の法務関連業務に従事していたものと認められ、このうち、採用面接については、多くの場合に採用が決定されることとなる一時面接までの業務を担当しており、かつ、一次面接に関する原告の意見の8割ないし9割が採用されていたというのであるから、原告は、採用面接に関しては実質的な権限を有していたものといえる。」
「もっとも、従業員の賃金額に関しては、新卒従業員の初任給はあらかじめ金額が設定されており、原告に初任給額の決定権限はなく、また、中途採用者の初任給額や従業員の昇給額については、・・・原告が被告代表者に先例を調査、報告し、被告代表者においてこれらの情報に基づいて金額を指示しているのであるから、この点に関する原告の業務は一般的な人事、総務担当者の業務の範疇を超えるものではなく、原告に実質的な決定権限が存在したとはいえない。また、人事異動についても、・・・原告が被告代表者に対して判断に必要な情報を提供し、被告代表者において内容を決定した上で、それに沿う形での社内文書を準備するよう原告に指示していることから、原告は、人事異動に関して、決定事項を踏まえた諸手続を行っているにすぎず、実質的な決定権限を有しているものとはいえない。さらに、懲戒処分についても、原告が被告代表者に事実関係や専門家と相談した結果等の判断に必要な情報の提供や報告を行い、被告代表者においてこれらの情報等に基づいて具体的な処分内容、量定を指示しているのであるから、この点に関する原告の業務は一般的な人事、総務担当者の業務の範疇を超えるものではなく、原告に実質的な決定権限が存在したとはいえない。これらの点に加え、本件請求期間中に作成された被告の社内決裁書類上、原告の押印のみで決裁が完結する形式となっている文書はなく、押印されている印影についても、被告代表者の入院に伴い被告代表者に代わって原告が被告の社内決裁書類の決裁を行っていた際に使用していた名前印とは異なり日付印となっていることからすると、これらの決裁書類についての実質的な決裁権限が原告に存したかどうか疑わしいと言わざるを得ず、現に決裁書類への原告の押印によって当該決裁にかかる業務が遂行されたことを認めるに足りる客観的な証拠も存しないことからすると、原告が決裁書類に関する実質的な決裁権限を有していたと認めることはできない。」
「被告は、原告が就業規則の改定作業を行っていたこと、タイムカードや時間外労働の申請に対する許可の最終決裁を行っていたこと、営業所の新設について被告代表者と相談の上決定をしていたことを指摘するが、就業規則の改定作業は、一般に人事関係業務の一つと理解されている社内制度・環境整備業務に含まれるものであって、これに関与していたことが、直ちに労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務を担っていたことになるものではなく、改定内容に関して実質的な権限を付与されていたことを認めるに足りる客観的な証拠は存しないから、原告が就業規則の改定作業を行っていたことは、人事総務課の業務を行っていたということ以上の意味を有するものではない。また、原告のタイムカード・・・の確認欄に原告の日付印が押印されていることからすると、原告が総務人事課課長という一事業部門の長として部門に所属する従業員のタイムカードの確認を行っていた事実の存在は推認されるものの、人事総務課課長として、人事関係業務、総務関係業務としてのタイムカードや時間外労働の申請の確認といった事務作業ではなく、人事権の実質的な行使としての被告の従業員のタイムカードの決裁や時間外労働の申請に対する許否の判断を行っていたことを認めるに足りる客観的な証拠はなく、営業所の新設に関する点についても、原告が決定過程に実質的に関与していたことを認めるに足りる客観的な証拠はないから、これらの点は、原告の職務権限や責任を検討する際に考慮することはできない。」
「以上によれば、原告が実質的な決定権限を有していたのは、人事関係業務の一つである採用面接のうち一次面接までで採否を決することができる応募者に関する採否権限という使用者が有する人事権の一部にすぎず、その業務内容に照らしても、労働時間規制の枠を超えた活動を要請されざるを得ない重要な職務や権限を有していたとか、その責任を負っていたとまでは評価できず、また、原告がこのような実質的な決定権限を行使するにあたって労働時間に関する裁量を有していたことを認めるに足りる適切な証拠もない。そうすると、被告における原告の処遇が高水準であると評価できる点を最大限斟酌するとしても、原告が労基法41条2号の管理監督者であったと認めることはできない。

3.賃金面での厚遇は権限が不十分であることを打ち消さない

 年収1200万円を超えて管理監督者性を否定した横浜地判平31.3.26労働判例ジャーナル88-26日産自動車事件にもあてはまりますが、賃金面で厚遇されていることは、経営に参画する権限・労務管理に関する指揮監督権限が不十分であることを打ち消したり補ったりする関係にはないように思われます。

 経営に関する意思決定に参画したり、実質的な指揮監督をしたりする権限がない場合、幾ら賃金面で絶対的・相対的に優遇されていたとしても、管理監督者であることを理由に残業代を支払わないことは難しいのではないかと思います。

 賃金が比較的高額である事案は、時間単価が高いので、多額の残業代の請求に結びつきやすい傾向があります。エルピオ事件でも、管理監督者性が否定された結果、残業代として373万7991円の請求が認容されています。

 管理職扱いされて残業代が支払われないけれども、実質的な権限はないし、おかしいのではないか、そうお感じの方は、残業代請求の可否を、一度、弁護士に相談してみてはどうかと思います。