弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

78万円の横領は24年8か月の功労(900万円超の退職金)を吹き飛ばす

1.横領は重い

 会社のお金の横領は、懲戒事由の中でも、かなり重い方に位置づけられます。比較的少額でも、普通に懲戒解雇されますし、退職金も不支給とされてしまいます。

 近時も、横領に対する裁判所の厳しい姿勢をうかがえる裁判例が、公刊物に掲載されていました。大阪地判令元.10.29労働判例ジャーナル95-20 日本郵便事件です。

2.日本郵便事件

 本件の被告は、日本郵便株式会社です。

 原告になったのは、昭和63年10月5日に旧郵政省に郵政事務官として採用され、平成25年6月18日まで、主に郵便局内の窓口業務及び総務業務に従事していた方です。平成23年5月中旬から平成24年11月上旬までの間に、当時の就業場所であった郵便局において、10回に渡り、1000円切手780枚を横領しました(本件横領行為)。横領した切手は、金券ショップで換金し、換金後のお金は、遊興費(風俗店、競馬)や借金の返済に使いました。

 原告が他の郵便局に配置転換された後、後任者が切手の在庫枚数が符合しないことに気付き、本件横領行為が発覚しました。

 被告は、平成25年6月18日、本件横領行為を理由に原告を懲戒解雇しました。

 被告の就業規則には退職金不支給条項(懲戒解雇 即時に解雇する。退職手当は支給しない)が存在しており、これに基づいて原告には退職金が支給されませんでした。

 退職金額には争いがあり、原告は自己都合退職をしていれば976万5000円が支給されていたと主張していますが、被告は944万3700円だと主張しています。いずれの金額が正当かは、裁判所では認定されていませんが、いずれにせよ900万円を超える退職金があったことは間違いなさそうです。

 本件は、原告が、

幾ら何でも退職金全額の不支給は酷いのではないか、

300万円程度は受け取れても良いのではないか、

と被告を訴えた事件です。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「被告の退職手当規程において、社員の退職手当の額は、『退職手当の基本額』に『退職手当の調整額』を加えて得た額とするとされるところ(5条)、『退職手当の基本額』は、『退職日基本給の月額』に『退職事由別・勤続期間別支給率』を乗じて算出され(6条)、『退職事由別・勤続期間別支給率』を定めた退職手当規程別表第2によれば、自己都合退職の場合、勤続期間が1年から45年までの間は、勤続期間が長くなればなるほど支給率が上昇する仕組みとなっていることが認められる。」
「そうすると、上記認定のとおり、退職手当の算出の際に、『退職日基本給の月額』が用いられていること及び本件退職手当不支給条項が定められていることからすれば、被告と原告との間の労働契約における退職手当は、功労報償的な性質を有するといえるが、退職手当の算出の際に、勤続期間が長くなればなるほど支給率が上昇する『退職事由別・勤続期間別支給率』が用いられていることからすれば、同退職手当は、賃金の後払い的な性質をも併せ持つというべきである。
「そして、退職手当が賃金の後払い的な性質をも有する場合には、従業員の退職後の生活保障の意味合いも有することとなるところ、このような性質を有するにもかかわらず、本件退職手当不支給条項を適用して退職手当を支給しないこととできるのは、当該従業員に、従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為があった場合に限られると解するのが相当である。

(中略)

「本件横領行為は、正に原告が当時従事していた被告の中心業務の1つの根幹に関わる最もあってはならない不正かつ犯罪行為であり、出来心の範ちゅうを明らかに超えた被告に対する直接かつ強度の背信行為であって、極めて強い非難に値し、被害額も多額に上り、その後の隠ぺいの態様も悪質性が高く、動機に酌むべき点も見当たらない。そうすると・・・、原告と被告との間の労働契約における退職手当は賃金の後払い的な性質をも併せ持つこと、被害については隠ぺい工作の一環によるもの及び金銭の支払によるものにより回復されていること、原告は、旧郵政省時代から通算して約24年8か月余りの間、本件横領行為及び平成22年10月25日の注意処分のほかは大過なく職務を務めており、本件横領行為を行ったc郵便局在勤中お歳暮の販売額に関するランキングで5位以上であったこと、原告が、被告による事情聴取に応じ、最終的には非を認めて始末書や手記を提出し、本件横領行為の態様、隠ぺい工作、動機等についても明らかにしていることを十分に考慮したとしても、原告による本件横領行為は、原告の従前の勤続の功を抹消するほど著しい背信行為といわざるを得ない。
「よって、原告は、退職手当規程の本件退職手当不支給条項の適用を受け、被告に対し、退職手当の支給を求めることができないというべきであり、その余の点を検討するまでもなく、原告の請求は理由がない。」

3.横領ダメ、絶対

 当然といえば当然なのですが、横領行為に対して裁判所の姿勢は極めて厳しいです。

 懲戒解雇の効力を争うことも、退職金の不支給を争うことも、裁判例の傾向を見ると、基本的には難しいと言っても差し支えないだろうと思います。

 本件は、①退職金に賃金の後払い的正確が含まれている点、②一応の被害回復が図られている点、③勤続年数が長かった点(後払い賃金の蓄積がある点)、③発覚後は非を認めて事実調査に協力している点、④退職金額に比して横領金額が少なかった点などから、一部支給くらいはいけるのではないかとの目測のもと、訴えが提起されたのだと思いますが、裁判所は全部ダメだと判断しました。

 具体的な金額として対照すると分かりやすいですが、社会の仕組みは犯罪が割に合わなくなるように作られています。割に合っては、犯罪が抑止できないことを考えると、理解し易いのではないかと思います。

 少額でも救いようのないケースが多いため、横領は決して軽く見てはいけません。