弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場は職員の身だしなみにどこまで介入できるのか?

1.職場は職員にひげを剃らせることができるか

 ひげを剃って業務に従事しない公務員を、人事考課で不利益に査定することの適否が争われた事件がありました。

 大阪地判平31.1.16労働判例ジャーナル85-34大阪市(大阪市高速電気軌道)事件です。

2.身だしなみ基準

 この事件で原告になったのは、大阪市交通局の職員として、地下鉄運転業務に従事していた方です。

 大阪市交通局では「職員の身だしなみ基準」を定めていました。

 そして、「職員の身だしなみ基準」の中には、

「髭は伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」

という記載がありました。

 これに従わなかったことを理由に人事考課で低い査定をされたことが、人格権としてのひげを生やす自由を侵害するもので違法であると主張し、国家賠償等を請求したのが本件です。

3.基準を設けること自体は適法でも、不利益取扱いは違法

 裁判所は、

「本件身だしなみ基準のように、『整えられた髭も不可』として、ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることそれ自体には一応の必要性ないし合理性があると認められる。」

と、基準を定めること自体は違法であるとまではいえないと判示しました。

 しかし、

「人事上の処分や退職を余儀なくされることまでを示唆して、ひげを剃るよう求めたこと」

や、

「原告らがひげを生やしていることを理由とした」「減点評価」

等は

国家賠償法上違法であると判示し、市に対し、原告らにそれぞれ20万円の慰謝料を支払うよう命じました。

4.職員の個人的自由に対する不必要・過剰な介入はリスクとなる

 判決でも指摘されていますが、地下鉄運転士がひげを生やしていようがいまいが、本来業務である地下鉄の安全かつ的確な運航に直接的な関係はありません。

 職場のルールは何でもかんでも定めておけばよいというものではありません。使用者にとって、職員の個人的な嗜好に立ち入った内容の規則を定めることは、損害賠償請求を受けるリスク要因になり得ます。使用者にとって、大は小を兼ねる、何でもかんでも規定を設けておけば安心だという発想は極めて危険です。職場のルールは過不足なく定めることが重要です。

 この裁判例は公務員に対するものではありますが、その趣旨は一般の私企業にもあてはまります。職員の個人的自由にどこまで立ち入ることができるのかは、かなり専門性の高い判断になります。迷った場合には、法専門家に相談することをお勧めします。