弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法に支払われた退職手当の返還を求める自治体の権利の消滅時効の起算点

1.代表者等が不法行為に加担している場合

 民法724条は、

「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」

不法行為による損害賠償の請求権が、時効によって消滅すると規定しています。

 法人を被害者とする不法行為に関しては、基本的には法人の代表者等が「損害及び加害者」を知った時から消滅時効期間が起算されます。

 しかし、法人の代表者等が不法行為に加担している場合、「損害及び加害者」を知ったとしても、損害賠償請求権が行使されることは期待できません。このような場合であっても、消滅時効期間は法人の代表者等の認識を基準に起算されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。神戸地判令3.11.26労働判例ジャーナル121-34 神戸市事件です。

2.神戸市事件

 本件は神戸市が原告となって提起した損害賠償請求事件です。

 地方公務員法上、職員団体に在籍専従した期間は、退職手当の算定の基礎となる勤続期間には参入されないと規定されています(地方公務員法55条の2第5項参照)。

 しかし、神戸市では在籍専従期間として除算できる期間に上限を設ける取決めをしていました(本件取決め)。結果、法で除算すべきとされている期間よりも短い期間しか勤続期間から除算されない職員が複数発生することになりました。これに対し、神戸市が、退職手当を受給した職員やその相続人に対し、

除算期間が短くされたことにより、本来支払われるべき金額よりも、高い金額を退職手当として支払うことになった、

除算期間の誤りを正すことなく退職手当を受領したことは、不法行為に該当する、

などと主張し、払い過ぎた額に相当する損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。

 しかし、本件では退職手当が支給されたのが随分昔であり、かつ、歴代の給与課長が(地方公務員法に反する)本件取決めを認識したうえで退職手当の支出がなされていたという特徴がありました。

 こうした事実関係のもと、本件では、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点がどこにあるのかが争点になりました。

 この論点について、裁判所は次のとおり判示し、消滅時効期間が経過しているとして、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害及び加害者を知った時から起算されるが、『損害及び加害者を知った』とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知ったことを意味し(最高裁昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照)、被害者が法人である場合には、通常、法人の代表者又は不法行為に関係する事柄について代表者から委任を受けるなど、特定の事項につき法人を代表する権限を有する者(以下、これらの者を『代表者等』という。)が『損害及び加害者』を知れば足りると解される。」

「もっとも、代表者等も他の加害者とともに当該不法行為に加担するなどし、代表者等と他の加害者との共同不法行為が成立するような場合(以下、不法行為に加担した代表者等『加害代表者等』という。)には、加害代表者等が損害賠償請求権を行使することを現実的に期待することは困難であるから、このような場合には単に加害代表者等が損害及び加害者を知るのみでは消滅時効は起算されず、法人の利益を正当に保全する権限のある加害代表者等以外の代表者等において、損害賠償請求権を行使することが可能な程度に『損害及び加害者』を知ったときから、消滅時効が起算されると解すべきである。

「本件についてみると、本件退職手当の受給が違法であるかについて当事者間に争いがあるものの、仮に本件退職手当の支給が給与条例主義の趣旨に反するものであり違法であるとして、その受給行為が不法行為に該当する場合には、給与条例主義に反する本件取決めに基づき、違法な退職手当支給決裁を行う給与課長の行為も、原告に対する背信行為であるといわざるを得ず、給与課長による支給決裁と本件退職手当受給者らによる受給行為は、原告に対する共同不法行為に当たるというべきである。そうすると、違法な退職手当支給決裁を行った給与課長自身には、自らが加担した共同不法行為に関し、自らこれを是正し、又は原告代表者を通じて原告が損害賠償請求権を行使するための役割を果たすことは期待できないのであって、当該給与課長自身の認識のみを基準に、消滅時効が起算されるということはできない。」

「もっとも、本件退職手当受給者らに対する退職手当支給決裁を行った給与課長が異動し、その後任として、本件退職手当受給者らに対する退職手当支給決裁を行っていない者が給与課長に着任したときには、当該後任の給与課長自身は、自らは原告に対する関係で共同不法行為者には当たらないのであるから、その職責上、違法な退職手当の支給について是正し、又は原告代表者を通じて、原告が損害賠償請求権を行使するための役割を果たすことは可能であって、原告の利益を正当に保全する権限を有するものと評価すべきである。そして、法令による除算期間の定めに反する内容の本件取決めは給与課に引き継がれており・・・、歴代の給与課長は本件取決めの存在と、本件取決めに基づく退職手当の支給の存在について認識していると認められるから、自ら本件退職手当受給者らに対する退職手当支給決裁を行っていない後任の給与課長は、上記引継ぎを通じて、前任の給与課長らによる共同不法行為を認識し、原告に対する共同不法行為について、その損害及び加害者を知ったものというべきである。

したがって、本件退職手当受給者らのうち、最終の本件退職手当を受給した被告cの退職手当支給決裁を行った給与課長の後任者の着任をもって、原告が『損害及び加害者』を知ったものというべきであり、消滅時効はその時点から起算されると解すべきところ、・・・、被告cの退職手当支給決裁を行った給与課長の後任者は平成20年4月1日に着任しており、その着任の日から3年後である平成23年4月1日の経過により、消滅時効が完成したものというべきである。」

「原告は、給与課長自身が違法な取決めに基づいて退職手当を支給したものであるから、給与課長自身が原告の利益を保全するために行動を起こし、損害賠償請求をすることはあり得ないから、給与課長の認識を基準として消滅時効が起算されることはないと主張する。しかし、消滅時効の起算について基準となる、法人の利益を正当に保全する権限の有無は、代表者等の地位にある個人が加害代表者等に該当するか否かという属人的な判断に基づきされるべきであって、抽象的な『給与課長』という職ないし地位それ自体について上記権限の有無を論ずることは相当ではなく、原告の主張は採用できない。」

3.給与課長の後任者の着任が基準となった

 上述のとおり、裁判所は、給与課長の後任者の着任を基準として、消滅時効が起算されると判示しました。公務員の場合、首長の交代によって組織内部での事務取扱が大きく変わり、それと同時に、かなり昔の不適切行為まで蒸し返して問題にされることがあります。本裁判例は、代表者等が加害行為に加担してる場合の損害賠償責任という珍しいテーマを扱った裁判例として、実務上参考になります。