弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

コロナ禍のもとでの拙速な整理解雇が否定された例

1.新型コロナウイルスの影響下での解雇事件

 訴訟提起等の法的な措置をとってから裁判所の判断が得られるまでには、一定の時間がかかります。裁判所の判断が示されてから、それが公刊物に掲載されるまでの間には、更に時間がかかります。

 新型コロナウイルスの流行で一部産業が深刻なダメージを受ける中、解雇の効力がどのように判断されるのかに関心が集まっていました。流行が始まってから1年以上が経過し、ようやく新型コロナウイルスの影響下での解雇の効力が争われた裁判例が公刊物に掲載されるようになりつつあります。

 近時公刊された公刊物に掲載されていた福岡地判令3.3.9労働判例ジャーナル112-56 森山事件も、コロナ禍のもとでの解雇の効力が争われた事例の一つです。

2.森山事件

 本件は、いわゆる労働仮処分事件です。

 債務者とされたのは、主として貸切観光バス事業と営んでいた会社です。令和2年7月からは、福岡-大阪間の高速バス事業も開始しました。

 債権者になったのは、債務者から無期雇用され、バス運転手として稼働していた方です。

 債務者には、元々、月額2000万円から3500万円の売上がありました。令和2年1月にも2195万円の売上がありましたが、新型コロナウイルスの影響により、債務者の売上は、同年2月には約1291万円に、同年3月は約399万円に、同年4月は約87万円に、同年5月は0円になりました。債務者には従業員の社会保険料だけで月間150万円を超えていたため、同年4月からは、これすら賄えないレベルにまで売上が落ち込んでいたことになります。

 こうした経営環境のもと、本件では、令和2年3月20日に債権者に告知された整理解雇(効力発生日:令和2年3月31日)の効力が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、人員削減の必要性を認めながらも、手続の相当性、人選基準の合理性を否定し、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実及び疎明資料・・・によれば、債務者は、新型コロナウイルス感染拡大によって、令和2年2月中旬以降、貸切バスの運行事業が全くできなくなり、同年3月中旬にはすべての運転手に休業要請を行う事態に陥ったこと、同年3月の売上は約399万円、同年4月の売上は約87万円であったこと、従業員の社会保険料の負担は月額150万円を超えていたこと、令和2年3月当時、雇用調整助成金がいついくら支給されるかも不透明な状況にあったこと等を考慮すると、その後、高速バス事業のために運転手2名を新たに雇用したことを考慮しても、債務者において人員削減の必要性があったことは一応認められる。

「しかしながら、債務者は、令和2年3月17日のミーティングにおいて、人員削減の必要性に言及したものの、人員削減の規模や人選基準等は説明せず、希望退職者を募ることもないまま、翌日の幹部会で解雇対象者の人選を行い、解雇対象者から意見聴取を行うこともなく、直ちに解雇予告をしたことは拙速といわざるを得ず、本件解雇の手続は相当性を欠くというべきである。

「また、債権者が解雇の対象に選ばれたのは、高速バスの運転手として働く意思を表明しなかったことが理由とされているところ、債務者は、上記ミーティングにおいて、高速バス事業を開始することを告知し、運転手らに協力を求めたものの、高速バスによる事業計画を乗務員に示し、乗務の必要性を十分に説明したとは認められないうえ、高速バスを運転するか否かの意向確認は突然であって、観光バスと高速バスとでは運転手の勤務形態が大きく異なり家族の生活にも影響することを考慮すると、当該ミーティングの場で挙手しなかったことをもって直ちに高速バスの運転手として稼働する意思は一切ないものと即断し、解雇の対象とするのは人選の方法として合理的なものとは認め難い。

「そうすると、本件解雇は、客観的な合理性を欠き、社会通念上相当とはいえないから、無効といわざるを得ない。」

3.必要性があっても拙速な整理解雇は認められない

 過去の裁判例では、整理解雇の四要素の一角を占める手続の妥当性に関し、不適切といえるような経過が辿られていても、適切な手続が履践されていた場合との比較において結論が変わりそうにない場合、解雇の効力を維持するものがありました。

 売上の減少が著しいため、基準の定立や手続の妥当性が問題ない形で行われていれば、本件は整理解雇が有効と判断された可能性もあったのではないかと思います。

 しかし、裁判所は、そうした考え方は採用せず、本件で債務者がしたような拙速な解雇について無効だと判示しました。

 新型コロナウイルスの流行は未だ止むことなく、東京近郊では第5波の到来が確認されつつあります。整理解雇の効力をめぐる紛争は、いつ発生してもおかしくありません。必要性の名のもとに基準の合理性や手続の相当性がなし崩しにされなかった裁判例の存在は、労働者側にとって有力な武器になる可能性があります。