弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身だしなみ基準-基準を定めること自体の可否と、それに準拠して不利に取り扱ってよいかは別問題

1.身だしなみ基準

 ネット上に、

「従わないと最悪の場合解雇!? 『女性のノーメイク禁止』など服装や身だしなみのルールがある企業が57.1%」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191121-00010017-abema-soci

 記事には、

「先日、海外メディアでも報道されたが、女性従業員に対し業務中のメガネ着用を認めていない国内企業が存在しているという(※)。それを裏付けるように、同調査の『服装や身だしなみについての決まりがあるか』の質問には57.1%が『ある』と答えていた。」

「また『(服装や身だしなみについての)社内ルールに従わない場合どのような扱いを受けるのか』という質問には、『始末書提出』(9.8%)、『降格、減給』(5.6%)などのほか、『解雇、契約打ち切り』(5.4%)、『出勤停止』(4.7%)などの重い処罰を科す企業があることも明らかとなった。」

などと書かれています。

 身だしなみ基準への違反と、降格・減給、解雇・契約打ち切り、出勤停止といった制裁とを結びつけている企業が一定数あるようです。

 しかし、身だしなみ基準への違反を理由に懲戒処分を下すことは、基準を遵守させることに、それなりの合理性が認められない限り、認められない可能性が高いのではないかと思います。

 特に、メガネを着用していたとの理由で、人事考課上不利益な取扱いをしたり、懲戒処分をしたりすることには適法性に疑義のある場合が多いのではないかと思います。

 身だしなみ基準を設けることの可否、設けた基準に基づいて何等かの不利益を課することの可否を検討するにあたっては、次の裁判例が参考になります。

2.大阪市交通局事件

 髭を伸ばさず綺麗に剃ること(整えられた髭も不可)、という身だしなみ基準に違反して髭を生やしていた大阪市交通局の公務員が、これに従わなかったことを理由に、人事考課で低評価を受けた事案があります。

 以前、このブログで紹介した大阪地判平31.1.16労働判例経済速報2372、労働判例ジャーナル85-34大阪市交通局事件です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/22/225651

 この事件の控訴審判決が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪高判令元.9.16労働経済判例速報2393-13です。

 一審では基準を定めること自体は適法ではあるものの、髭を生やしていたことを理由とした人事考課上の不利益な取扱いは違法だと判示しました。

 これに対して大阪市側が控訴したのが本件です。

 裁判所は次のとおり判示し、一審の判断を是認して大阪市の控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

「ひげを生やすか否か、ひげを生やすとしてどのような形状のものとするかは、原判決も判示するとおり・・・、個人が自己の外観をいかに表現するかという個人的自由に属する事柄である。」
「しかし、少なくとも現時点において、ひげを生やす自由が、個人の人格的生存に不可欠なものとして、憲法上の権利として保障されていると認めるに足りる事情は見当たらない。そうであるからといって、労働者のひげに関してどのような服務中の規律も設けることができるわけではない。また、仮に、ひげを生やす自由が、憲法13条に基づく自己決定権の一部として保障されているとみ得るとしても、労働の場においては、そのような自由がいかなる場合にも完全に認められるというわけでもない。」
ひげを生やす自由が個人的自由に属する事柄であることを前提として、原判決の判示するとおり、労働者のひげに関する服務規律は、事業遂行上の必要性が認められ、かつ、その具体的な制限の内容が、労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力を認めるべきものである。

「被控訴人らは、当時、地方公務員の地位にあり、職務を行うに当たっては、公務に対する市民の信頼を損なわないように遂行することが要請される立場にあった(同ア)。また、交通局の営む地下鉄事業は、市民等が代金を支払って地下鉄を利用するものであり、同業他社との間で顧客獲得の競争も存在した。これらのことに照らせば、交通局が乗客サービスを理念とし、その一環として、ひげを含めた身だしなみを整えることを内容とする服務規定を設けることには、一定の必要性・合理性が認められるというべきである。
したがって、ひげに関し制約の必要性は認められないということはできない。
「そして、ひげが社会において広く肯定的に受け容れられているとまではいえない我が国の現状に照らせば、原判決も判示するとおり・・・、『整えられた髭も不可』として、ひげが剃られた状態を理想的な身だしなみとする服務上の基準を設けることには、一応の必要性・合理性が認められる。ひげに対する許容度は、交通局の事業遂行上の必要性とは無関係ではなく、一方、本件身だしなみ基準は、ひげを一律全面的に禁止するものと解することはできない。

本件身だしなみ基準を、職員の任意による協力以上の拘束力を持ち、人事考課において考慮事情とし得ると解するとすれば、それを合理的な制限であると認めることはできない。

3.二つの審査(基準を定めること自体の可否、不利益に取り扱うことの可否)

 上記の裁判例に照らすと、身だしなみに関しては、基準を定めること自体の可否と、不利益に取り扱うことの可否と、二つの観点からの司法審査がなされることになります。

 メガネの着用を禁止する必要性・合理性がある場合として考えられやすいのは、せいぜい事故でメガネが割れたときに健康上の被害が生じかねないときくらいで、一般社員にメガネの着用を一律に禁止するのは難しそうに思えます。

 まして、たかだかメガネを着用してないからといって、人事上の不利益を与えるのは行き過ぎではないかと思われます。

 さほど奇抜なことをしたわけでもないのに、身だしなみ基準への違反を理由に不利益を課された、そうしたことでお悩みの方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってもよいだろうと思います。

 冒頭に掲げたとおり、基準を定めること自体の可否と、それに基づいて不利益に取り扱ってもよいかは別の問題なので、仮に基準を定めること自体に一定の合理性があるとしても、そのことから直ちに不利益な取り扱いを甘受しなければならないわけではありません。