弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

試用期間中の解雇-職務経歴書を盛っていなければ簡単には解雇されない

1.試用期間中の解雇

 試用期間中の解雇は自由に認められるわけではありません。

 試用期間付の労働契約が、解約留保権付労働契約であると理解される場合、留保解約権の行使は、

「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。

と理解されています(最大判昭48.12.12労働判例189-16三菱樹脂本採用拒否上告事件)。

  試用期間付の労働契約が、解約留保権付労働契約と理解されるかに関しては、最高裁が一定の基準を示しています。

 具体的に言うと、最三小判平2.6.5労働判例564-7神戸弘陵学園事件が、

「試用期間付雇用契約の法的性質については、試用期間中の労働者に対する処遇の実情や試用期間満了時の本採用手続の実態等に照らしてこれを判断するほかないところ、試用期間中の労働者が試用期間の付いていない労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、使用者の取扱いにも格段変わったところはなく、また、試用期間満了時に再雇用(すなわち本採用)に関する契約書作成の手続が採られていないような場合には、他に特段の事情が認められない限り、これを解約権留保付雇用契約であると解するのが相当である。

と判示しています。

 解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(解雇権の行使)は、通常の解雇よりは認められやすいにしても、それほど簡単には認められません。特に、職務経歴書に盛ったところがなければ猶更です。

 職務経歴書に盛ったところがなければ、概ねのことは、当初知ることができた事実、もしくは、当初知ることを期待できた事実に該当するため、留保解約権の行使対象から除かれてくると理解されるからです。

 近時公刊された判例集にも、留保解約権の行使の可否が問題になり、これを許されないとした裁判例が掲載されていました。大阪地裁令元.6.18労働判例ジャーナル92-30ナカムラ・マネージメントオフィス事件です。

2.ナカムラ・マネージメントオフィス事件

(1)事案の概要

 本件で被告になったのは、診療報酬請求事務や経理事務の受託等を目的としている株式会社です。原告は被告の経理業務を担当していた従業員です。

 試用期間付きの労働契約を締結したものの、試用期間中に、

コミュニケーション能力の欠如、

業務遂行能力の欠如、

を理由に解雇されました。

 この解雇の可否などが争われたのが本件です。

(2)裁判所の判断

 裁判所は本件の使用期間付き労働契約が解約留保権付労働契約であると認定したうえ、次のとおり本件の労働契約は高い能力や高いコミュニケーションスキルを前提としているものではないと判示し、一般的社員のレベルではあったのだから留保解約権の行使は違法・無効であるとしました。

(判決抜粋)

「〔1〕原告は、平成29年11月4日、被告の事務長室において、オーク会の理事長及びc事務長との間で採用面接を受けた際、原告が、『職務経歴書』を提出したこと、

〔2〕同書面の『経験・分野・スキル』の欄には、『給与計算』『勤怠管理』『年末調整』『就業規則や社内規定といったルールの制定経験』などと記載され、これまで、平成27年3月から平成28年4月の間に勤務した株式会社フューチャーバリュウにおいて、『給与計算、年末調整、勤怠管理』『労務関連規定整備:勤怠や給与規定等労務ルールの整理・明文化』といった労務関係業務、経理業務を担当した、平成28年11月から同年12月の間に勤務した三菱地所コミュニティ株式会社において『年末調整業務を担当』した、平成29年10月ないし同年11月の間に勤務した株式会社ユー・エス・ジェイにて『年末調整業務を担当』した旨が記載されていたこと、

〔3〕同書面の『自己PR』『コミュニケーションスキル』の欄には、『相手の諸事情も考慮し積極的に連絡を取り合い、時には計画を修正し、時にはこちらの依頼を通す説得をし、業務を円滑に行えるよう努めて参りました。結果、顧客や上司/同僚に『処理はお任せしておけば間違いない』といっていただけることが多く、信頼頂ける喜びを経験いたしました。』と記載されていたこと、

以上の事実が認められる。」

「すなわち、『職務経歴書』には、『給与計算』『勤怠管理』『労務関連規定整備:勤怠や給与規定等労務ルールの整理・明文化』といった労務関係業務を経験した年数が1年1か月程度あり、『年末調整』を経験した年数が合計1年5か月程度ある旨記載されているが、これを超えて、原告が、『労務、経理、組織といった多角的な分野の経験及び専門性を有する人事のスペシャリスト』であることをうかがわせる記載はない。『労務関連規定整備:勤怠や給与規定等労務ルールの整理・明文化』についても、これがどのような内容であり、どの程度の『整理』や『明文化』であったのかについての記載も見当たらない。」 
「また、『職務経歴書』に記載のある『コミュニケーションスキル』の記載内容についてみても、通常の事務職員に求められるスキルを超えて高いスキルを有していることをアピールする内容であるとも認め難い。
「そして、平成29年11月4日の採用面接において、被告側から原告に対しこれらの内容について問答を行い、原告が、被告側に対し、『労務、経理、組織といった多角的な分野の経験及び専門性を有する人事のスペシャリスト』としての高い能力や『高いコミュニケーションスキル』を有するとアピールしたことを認めるに足りる的確な証拠も認められない。
以上に鑑みれば、原告が、被告が主張する人事のスペシャリストとしての『即戦力』としての高い能力及び高いコミュニケーションスキルを有しており、原告がこれらの能力及びスキルに基づく労務を提供することが、原告と被告との間の雇用契約の内容になっていたとは認められず、本件雇用契約においては、人事や労務については1年数か月程度経験したことのあるレベルの、コミュニケーション能力については一般的な事務職員レベルの、各能力に基づく労務を提供することがその内容になっていたと認めるのが相当である。

3.盛れば採用はされ易くなるかもしれないが・・・

 採用の場面で自分の能力をどのように説明するのかは難しい問題です。

 盛れば採用される可能性は高まるかも知れませんが、期待していた水準に能力が達していないとしてクビになる可能性も高まります。

 他方、等身大の自分を伝えれば、採用の場面では苦労するかもしれませんが、そう簡単にはクビになったりしません。仮にクビになったとしても、本件のように解雇の効力を争う余地が十分に生じてきます。特に、試用期間満了後であればともかく、試用期間途中の解雇は、より高度な合理性・必要性が求められるため、比較的勝ちやすい紛争類型ではないかと思います。

 多少の誇張は問題ないとは思いますが、安定した雇用を確保するためには、能力の誇張は程々にしておいたほうが良いのだろうと思います。