弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人事考課の理由を労働者本人に説明しないで降格することは許されるのか?

1.説明のない人事考課

 長期雇用システムの下の労働契約においては、使用者が、労働者を特定の職務やポストのために雇い入れるのではなく、職業上の能力の発展に応じて様々な職務やポストに配置することが予定されているため、労働者を組織の中で位置づけ、役割を定める使用者の人事権は、労働契約上、当然に使用者の権限として予定されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕60頁)。

 こうした人事権の行使として、労働者の職位や資格を引き下げることを降格といいます。多くの場合、権限、責任、要求される技能、そして、これらに応じて定められている基本給や役職手当の低下が伴うため(前掲『労働関係訴訟の実務』59頁参照)、降格人事を受けた方の中には、納得できないという感覚を持つ方も少なくないように思います。

 人事考課の理由を説明することは、法文で義務付けられているわけではないため、個々の従業員に対して一々説明をしないという姿勢をとっている会社も少なくありません。しかし、昇進、昇格の場面であればともかく、降格を受けたときに、自分が、なぜ、悪い人事考課を受けたのかを知りたいと思うのは、人として自然な感情ではないかと思います。こうした労働者の心情に対し「説明義務はないから。」と突っぱねてしまうことは、果たして許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.26労働判例ジャーナル102-52 長大事件です。

2.長大事件

 本件は、労働者の職務等級の引き下げと、それに伴う賃金減額の適否が問題になった事件です。

 本件で被告になったのは、交通インフラ・土木・都市基盤整備等の検閲コンサルタント事業などをしている株式会社です。

 原告になったのは、被告の従業員の方です。営業企画部の部長として働いていたものの、断続的に職務等級・賃金を引き下げられていったことを受け、降格される以前の職能資格等級・賃金の支払を受ける地位を有していることの確認などを求めて、被告を訴えたのが本件です。

 原告は人事考課がフィードバックされる体制になっていないことを捉え、

「被告の人事考課制度においては、部門長の立場にある従業員との関係では上長との面談が予定されておらず、また、人事考課の根拠となる記録を残すことや、人事考課書に具体的かつ十分な指導ポイントを記録することも求められていないのであって、事後的にその当否を検証する術もなく、考課者の恣意的な人事考課を許すものであって、致命的欠陥を抱えた制度になっている。」

と降格の元となった人事考課システムの不備を指摘しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、人事考課システムの欠陥を認め、降格は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「人事考課においては、評価対象者の業績のみならず、業務に対する日常的な取組みの姿勢や業務の遂行手法等の事象を幅広く対象にせざるを得ないものであって、それらの事象は時に必ずしも客観的、明確といい難いことがあるから、被告のような人事・給与制度における降格・降級につき常に合理的な理由を求めるとするならば、妥当かつ円滑な人事考課の実施、運用を図ることはできないとの批判もあり得るところである。」

「もとより、人事考課において、そのような客観的で明確でない事象をも対象とせざるを得ない場合があることを否定すべき理由はないが、そのような事象を降格・降級の主要な理由とするのであれば、少なくとも、評価権者側において評価対象者に人事考課結果のフィードバックを実施し、その理由等について評価対象者に可能な限り認識、了解させて感銘付ける必要があるというべきであり、このような観点に照らすと、そのようなフィードバックすら実施されていないこと自体が、かような合理的理由の不存在を基礎付ける一事情となるというべきである。

(中略)

「被告は、人事考課のための面談実施対象者は役職のない社員に限定されており、原告のような部門長の立場にある者については、そもそも人事考課のための面談が予定されていない旨主張するところ、なるほど、被告の人事考課マニュアルにおいて、部門長は、各社員との人事考課結果のフィードバック面談の実施主体であることが想定されており・・・、同フィードバック面談の対象とされることは予定されていないようにみえないではない。しかしながら、同マニュアル上、部門長を同面談の対象とすることを明確に否定した記述はなく・・・、かえって、前述した同面談の意義、機能に照らすと、部門長であるからといって同面談を実施することが否定されるべき理由はないといえる。また、上記の事情に加えて、前記・・・のとおり、被告の社内においても、部門長に対しても同面談を実施すべきであるとの認識もあったことに照らすと、前記の人事考課マニュアルの記述ぶりを理由に、部門長に人事考課結果に対するフィードバック面談を行うことが否定されるべき理由はないというべきである。」

(中略)

「以上の事情に照らすと、本件降級・減給に関し、合理的理由は認められず、裁量権の濫用に当たるというべきであるから、これらについては、いずれも無効と認めるのが相当である。」

3.主観的な評価項目を立てるのであれば、最低限本人に説明を

 裁判所は、大意、

業務に対する日常的な取組みの姿勢や業務の遂行手法等の主観的・不明確な評価項目を立てるのであれば、評価理由を本人に告げてフィードバックを実施すべきである、

それすらないことは降格に合理性がないことを基礎付ける一事情になる、

これは部門長のような管理職でも変わらない、

と判示しました。

 フィードバックシステムの欠缺だけで原告が勝った事案ではありませんが、それにしても、本人への理由の説明を伴わない人事考課の仕組みに不合理だという判断を明確に示したのは、画期的な判断であるように思われます。個人的に観測する範囲内では、理由のない人事に不満を持っている方は決して少なくありません。理由の説明すらないまま一方的に低い考課を受け不利益を被っている方が、会社と話し合いをするにあたり、本件の裁判例は有力な道具になる可能性を持っているのではないかと思います。