弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の変更-従業員代表を不信任投票方式で選任することは許されるのか?

1.就業規則の変更の手続的要件-従業員代表からの意見聴取

 労働基準法90条1項は、

「使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。

と規定しています。

 過半数で組織された労働組合どころか、労働組合自体が存在しない会社も珍しくなくなっている昨今、就業規則の変更における労働者代表(従業員代表)からの意見聴取の重要性が増しています。

 この従業員代表の選任について、労働基準法施行規則6条の2第1項2号は、

法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと。」

との要件を掲げています。

 この従業員代表について、特定の者を候補者に立てたうえ異議のある方は申し出ろという形式で選出することは許されるのでしょうか? 

 法律(規則)の文言では、投票、挙手など積極的な支持が表明されることが必要であるように読めますが、信任しない者は投票するようにとの方式で、従業員代表を選出しても問題ないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.27労働判例ジャーナル102-46 野村不動産アーバンネット事件です。

2.野村不動産アーバンネット事件

 本件は営業成績給を廃止する就業規則・給与規程の変更の効力が争われた事案です。

 被告になったのは、不動産の売買や仲介等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の営業社員(流通営業職)として働いていた方です。営業成績給を廃止する就業規則・給与規程の廃止が無効であるとして、従前の給与体系に従った営業成績給相当額の支払を求め、被告を訴えたのが本件です。

 就業規則変更の効力は、多角的な観点から争われましたが、その中の一つとして、従業員代表の選出手続の適否が問題になりました。

 原告は、本件の従業員代表が、特定の者について信任しない者は投票するようにとの方式で行われたことを捉え、

「本件就業規則の変更におけるもっとも重要な変更点は営業成績給の廃止であるところ、d氏は、営業成績給の廃止の対象となる者ではないから、従業員の過半数代表者としては不適格である。」

「また、その選任手続も、信任しない場合には人事部に投票用紙を提出するというものであり、信任の意思がない場合であっても、あえて不信任の手続をとらなかった従業員が多数いることは想像に難くない。上記選任手続は、労働基準法施行規則第6条の2第1項2号に反するものである。しかも、不信任投票の期限から意見表明まで中2日しかなく、意見集約を含む意見の検討に十分な時間が確保されていたとはいえず、労働基準法90条1項の趣旨に反する。」

「したがって、本件就業規則の変更について、従業員の過半数代表者の意見聴取手続が的確に行われたとはいえない。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、従業員代表からの意見聴取手続には問題がないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、従業員に対し、複数回にわたり説明会を開催して本件就業規則の変更の内容を説明し、変更後の就業規則及び諸規程を新旧対照表を付した上で閲覧できる状態にするなどして、本件就業規則の変更の内容を周知するとともに、従業員代表の候補者であるd氏を信任しない場合には所定の投票用紙を人事部に提出するように通知したが、原告以外にd氏を信任しない旨の投票をした従業員がいたとも認められないのであるから、その選任方法について不適切な点があったということはできず、d氏は、被告の過半数従業員職場代表として、本件就業規則の変更に異議がない旨の意見を述べたことが認められる。

したがって、本件就業規則の変更に係る従業員の過半数代表者からの意見聴取手続が、労働基準法90条1項、労働基準法施行規則第6条の2第1項2号に違反するとは認められない。

3.不信任投票方式-そんなに簡単に許していいのだろうか?

 上述のとおり、裁判所は、比較的あっさりと、従業員代表を不信任投票の方式で選出することを認めました。

 しかし、不信任投票の方式では、無関心票が信任票と同様に理解されることになるため、積極的な支持者が少数に留まる場合でも当選することが有り得ることになります。

 冒頭で述べたとおり、労働組合がない会社も珍しくない中、従業員代表による意見聴取手続は、恣意的な労働条件の変更を控制するうえで重要な意味を持っています。こうした実情を踏まえると、積極的な支持を取り付けなくてもすむ方式による従業員代表の選出を有効とした裁判所の判断には、少なからぬ疑問を覚えます。