弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無期転換就業規則(労働契約法20条裁判)

1.有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件格差

 労働契約法20条は、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

と規定しています。

 要するに、有期契約労働者と無期契約労働者との間での労働条件の相違は、不合理なものであってはならないということです。

 この規定をめぐっては裁判例の集積が進んでいますが、その中で「無期転換就業規則」なるものの効力が議論された事案が判例集に掲載されていました。

 高松高判令元.7.8労働判例1208-25井関松山製造所事件です。

2.井関松山製造所事件(控訴審)

 有期労働契約を更新して通算契約期間が5年を超えた場合、有期契約労働者は無期契約への転換を求める権利を取得します(労働契約法18条1項)。

 「無期転換就業規則」なるものは、この労働契約法18条1項所定の無期転換権を行使した元有期契約労働者に適用される就業規則です。

 井関松山製造所事件の一審判決は、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違について、無期契約労働者に支給している家族手当、住宅手当、精勤手当を有期契約労働者に支給しないことは違法だと判示しました。

 この一審判決が出たのが平成30年4月24日です。

 一審敗訴判決を察知したためか、被告は、平成30年3月1日に「無期転換社員し就業規則(無期転換就業規則)なるものを制定し、同日から実施しました。

 この無期転換就業規則には、家族手当、住宅手当、精勤手当を支給する旨の定めはありませんでした。

 一審判決後、原告は無期転換権を行使し、平成30年9月1日付けで被告との間で無期労働契約を成立させました。

 このような事実経過のもと、被告は、大意、

① 無期転換権を行使した原告には、無期転換就業規則が適用される、

② 無期転換権を行使した元有期契約労働者と、一審で元々の比較対象とされていた無期契約労働者との間では、労働条件格差が生じていたとしても違法ではない、

③ なぜならば、両者はいずれも無期契約労働者であり、期間の定めがあることに起因する有期契約労働者と無期契約労働者との間での労働条件の相違とは理解されないからである、

④ よって、無期転換権が行使された月以降は、各手当に相当する額の損害賠償義務を負うことはなくなる、

との主張を展開しました(上記の整理は私の意訳です)。

 井関松山製造所事件の控訴審では、このような主張が通用するかどうかが争点の一つとなりました。

 高松高裁は、次のように述べて、一審原告らに対する元々の無期契約労働者の労働条件を定めた就業規則等の適用は否定したものの、無期転換権の行使以降(平成30年9月以降)の各手当に相当する損害賠償金の支払義務を免れることはできないと判示しました。

「一審原告らは、平成30年9月から無期転換権しているものの、このように無期転換した労働者に対しては、その効力の当否はおくとして、本件手当等の不支給を定めた本件無期転換就業規則が適用されることとされていることからすると、上記説示と同様に、無期契約労働者の労働条件を定めた就業規則等が適用されると解することは困難である。」

「一審被告は、一審原告らが前記補充主張のとおり主張し、平成30年9月以降につき、本件手当等に相当する損害金の支払義務を負わない旨主張する。」

「そこで検討するに、本件手当等の不支給を定めた本件無期転換就業規則は、一審原告らが無期転換する前に定められていることを考慮しても、当該定めについて合理的なものであることを要するところ(労働契約法7条参照)、

① 同規則は、前記説示のとおり、本件手当等の支給に関する限り、同規則制定前の有期契約労働者の労働条件と同一であること、

また、

② 一審被告が同規則の制定に当たって本件動労組合と交渉したことを認めるに足りる適切な証拠はなく、一審原告らが同規則に定める労働条件を受け入れたことを認めるに足りる証拠もないこと、

そして、

③ 一審被告は、これらの事情にもかかわらず、上記不支給を定めた同規則の合理性について特段の立証をしないことからすると、

同規則の制定のみをもって、一審被告が上記支払い義務を負わないと解するべき根拠は認めがたい。」

「よって、一審被告の前記補充主張は、採用することができない。」

3.格差を維持する方向での努力は法の潜脱と捉えられるのではないか

 不合理な労働条件格差は埋めて行こうというのが法の趣旨です。

 わざわざ無期転換就業規則なるものを設け、同じく無期労働者間での労働条件格差にすぎないのだから差があっても問題ないだろうと開き直るような態度をとることは、法の趣旨の潜脱と評価されても仕方ないのではないかと思います。高松高裁が上記のような判断をしたのも、被告側の対応が、いかにも脱法的であるように映ったことが影響しているのではないかと思われます。

 この無期転換就業規則なるものの作成にも一定のコストが発生しているのではないかと推測されますが、努力の方向性を誤ると支出額を拡大させることになるため、敗訴後の対応には注意が必要です。