弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の労災民訴-公益的法人等派遣法が関係している場合の注意点(被告選定を誤らないように注意)

1.労災民訴と公益的法人等派遣法

 労災では損害の一部しかカバーされないため、労災事故の被災者には未填補の損害の賠償を求めて使用者に対して民事訴訟を提起する実益があります。この労災の被災労働者又はその遺族が使用者に対して行う損害賠償を労災民訴といいます。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/07/69.html

 公務員の公務災害に関しては、国家公務員災害補償法・地方公務員災害補償法という法律に基づいて損害の補償がなされます。ただ、補償内容は民間の労働者災害補償保険法と同様で、全ての損害が補償されるわけではありません。そのため、公務員の場合も、未填補の損害の賠償を求めて労災民訴(安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求はいうまでもなく、国家賠償請求の場合も、適用される手続法は民事訴訟法になります。)を提起する実益があります。

 この公務員の労災民訴に関して、珍しい類型の訴訟が判例集に掲載されていました。金沢地判令元.7.12労働判例ジャーナル92-22石川県事件です。何が珍しいのかというと、公益的法人等派遣法が関係しているところです。

2.石川県事件

(1)事案の概要

 公益的法人等派遣法というのは、正式名称を、

「公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律」

といいます。

 この法律は、大雑把に言うと、

「地方公共団体が人的援助を行うことが必要と認められる公益的法人等の業務に専ら従事させるために職員・・・を派遣する制度等を整備すること」

を目的とするものです。

 石川県事件では、公務員が公益的法人等派遣法に基づいて旧石川県道路公社(平成25年3月31日解散、同年9月30日清算結了)に派遣されていた期間に被災したことに特徴があります。

 被災公務員が石川県に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

(2)裁判所の判断

 本件の争点は幾つかに渡りますが、裁判所は原告の請求を棄却しました。

 その中で目を引いたのが、労務管理上の権限がないことを根拠に公社派遣中の長時間労働に対する石川県の責任を否定した部分です。以下、判決文を引用します(なお、本件の労災事故は平成19年4月下旬頃にうつ病・適応障害を発症したことであるとされています)。

地方公共団体が、公益的法人等派遣法に基づき、その職員を公益的法人等に派遣してその業務に従事させている場合には、派遣先の当該公益的法人等との間の取決めで定められた当該地方公共団体の権限、責任、労務提供、当該職員に対する指揮監督関係等の具体的な内容次第では、前記注意義務発生の基礎となる労働時間や従事する作業の管理につき当該地方公共団体が把握し、関与することのできる範囲が限られ、その注意義務が自ずから限定されたものとなる場合があるというべきである。」
「前記1で認定した事実によれば、原告は、能登半島地震が発生した平成19年3月25日から同年4月11日までの18日間に、総労働時間約250時間、146時間の時間外勤務を行い、これらの長時間にわたる時間外勤務は、原告に対し、疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させるようなものであったと認められる。」
「もっとも、被告と道路公社との間の本件取決めによれば、勤務時間その他の勤務条件及び服務については、道路公社が定めるところによることとされており、被告は、派遣中の勤務時間その他の勤務条件及び服務について権限を有していなかったものである。確かに、能登半島地震発生後に被告から課長補佐2名が派遣され(甲B8、乙48)、原告の所属する復旧チームと、調整チームのリーダーとしてそれぞれ具体的業務の指揮に当たっていたものであるが、調整チームのリーダーは直接原告の指揮監督等に関与していない上、時間外勤務等命令整理簿によって原告の時間外勤務を把握し、原告の労務管理を行う権限を付与されていたのは、道路公社の事業部長であり、原告らは、班に分かれて復旧作業に当たっており、現場のリーダーも、時間外勤務も含めた原告の具体的勤務時間を正確に認識することができたと認めるに足りる証拠はない。また、道路公社は、被告の派遣元所属庶務担当者に対し、時間外勤務命令整理簿に基づき原告の勤務時間数を報告していたものの、あくまで給与明細作成等の給与支給事務のために毎月分を翌月に報告するにすぎなかったことがうかがわれ、勤務時間に関する指導監督等を目的としたものではなかったと認められる。加えて、能登半島地震の発生から原告が初めて頭痛を訴えるまでの間が18日間と短期間であり、その後まもなくうつ病を発症したことにも照らせば、被告が、原告がうつ病・適応障害を発症するまでの過程において、原告の業務軽減の要否を判断できる程度に具体的に上記時間外勤務の時間を認識できたと認めるにも疑問がある。」
「また、原告は、平成15年にうつ病にり患したものの、平成17年に寛解したと診断され、以後は投薬・通院治療を要さず、原告自身も心身の不調を感じていなかったもので、地震発生日の平成19年3月25日から同年4月11日までの間においても、原告自身心身の不調を感じていた形跡は見当たらず、原告が被告から派遣されている上司等に対して、体調不良等を訴えることもなかったものである。そして、平成19年4月12日に原告が訴えた症状が頭痛にとどまり、同日に医療機関を受診したものの医師から異常がないと診断され、その後、原告においても医療機関を受診しなかったことに照らせば、被告において、原告が精神疾患を発症し得ることを認識する契機にも乏しかったものといえる。」
「このような状況に加え、労災の業務上外の認定に関し、心理的負荷による精神障害の認定基準について、特別な出来事としての『極度の長時間労働』の例や時間外労働の心理的負荷の強度を『強』と判断すべき例として時間外勤務の時間に関する具体的な数値が掲げられたのは、平成23年12月26日付け基発1226第1号からであり(乙9)、平成19年当時においては、時間外勤務の時間が具体的な数値によっては示されていなかったことも考慮すれば、被告において、原告が道路公社への派遣中に、能登半島地震の被害対応業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ、うつ病・適応障害等の精神疾患を発症することを具体的に認識・予見することができたとまでは認めるに足りない。」
「なお、被告は、道路公社の派遣中の職員に対する勤務時間その他の勤務条件及び服務について権限を有しておらず、直接原告の労務管理を行う者ではなかったことは前記説示のとおりである上、金沢と能登地方をつなぐ重要な能登有料道路を復旧させるという緊急事態に対処するため、すでに職員を13名派遣して原告を含む道路公社の職員を支援する態勢をとっていたものである。そうすると、仮に原告が精神疾患を発症することを具体的に予見することができたとしても、これを回避するために、原告に対し、業務を中止させ、派遣する職員を増員し、又は、能登有料道路の復旧計画を変更するなど、何らかの具体的措置を採ることを期待することができたとも認め難い。」
「以上によれば、被告が、原告の道路公社への派遣中に、能登半島地震の被害対応業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して原告の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に違反したものとはいえず、原告に対する安全配慮義務に違反したものとは認められない。」

3.被告選定を誤らないように注意

 上述のように、石川県事件では、自治体側が「勤務時間その他の勤務条件及び服務」についての権限を有していないことが責任を否定する事情として考慮されています。

 派遣中の職員の勤務条件等は、地方公共団体と公益的法人等との間の取り決めよって決まります(公益的法人等派遣法2条1項、3項、4条1項参照)。この取り決めによって、労務管理上の権限は石川県ではなく道路公社の側にあるとされていました。本件は長時間労働が精神疾患(うつ病・適応障害)の発症の原因とされているため、石川県ではなく道路公社を訴えていれば、結論は変わっていた可能性があります。

 本件では、提訴時、既に石川県道路公社は清算結了により消滅していました。そのため、石川県を訴えたのは、被告選定上の誤りではなく、そうせざるを得なかったのだと思います。

 しかし、派遣先の公益的法人等が存続している場合、労災民訴を提起するにあたっては、労務管理上の権限がどちらにあったのか、地方公共団体と公益的法人等との間での取り決めの内容まできちんと調査しておく必要があります。

4.原告は公務災害ではなく労災?

 なお、最後に判決文で「公務災害」ではなく「労災」という言葉が使われている理由について説明を加えておきます。

 公益的法人等派遣法4条2項は、

「派遣職員は、その職員派遣の期間中、職員派遣された時就いていた職又は職員派遣の期間中に異動した職を保有するが、職務に従事しない。」

と規定しています。

 石川県道路公社は地方道路公社法4条に基づいて設置された法人ですが、公社の役員及び職員は公務員ではありません(地方道路公社法20条の反対解釈。同条は公社の役員及び職員が公務員でないことを前提とた規定です。)。

 公社の業務は「公務」ではないため、派遣期間中の精神疾患(うつ病・適応障害)の発症に関しては地方公務員災害補償法ではなく、労働者災害補償法が適用されたのだと思われます。