弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

外部に露見して問題化しない限り、違法性のない不適切異性交際では懲戒できない?

1.警察職員に対する懲戒処分の指針

 警察庁は警察職員に対する「懲戒処分の指針」を作成・公表しています。

https://www.npa.go.jp/laws/notification/kanbou.html#jinji

http://www.npa.go.jp/laws/notification/kanbou/jinji/jinjikansatsu.shishin20190329.pdf

 警察職員に対する懲戒処分は、この指針に基づいて運用されています。

 指針では私生活上の行為も懲戒処分の対象になることが定められています。

 懲戒処分の対象となる私生活上の行為の中には、

「公務の信用を失墜するような不相応な借財、不適切な異性交際等の不健全な生活態
度をとること」

という類型があります。

 この類型に該当する場合、基本となる懲戒処分は戒告と定められています。

 近時公刊された判例集に、この類型への該当性の判断にあたり、興味深い判断がなされている裁判例がありました。長崎地判令元.6.11労働判例ジャーナル92-34長崎県・長崎県警察本部長事件です。

 私が目を引かれたのは、外部に露見して問題化しない限り、不適切異性交際での懲戒は不可だと判示しているように読める部分です。

2.長崎県・長崎県警察本部長事件

(1)事案の概要

 本件は、

「長崎県警察の警察官であった原告が、初対面の知人女性に対して暴行及び脅迫の上、姦淫を含むわいせつな行為をしたなどとして、長崎県警察本部長・・・から平成27年8月7日付けで懲戒免職処分・・・を受けたところ、前記女性との性交は合意の下で行われたものであり、本件免職処分には事実誤認があり違法であるなどと主張し、被告に対し、本件免職処分の取消しを求め」

た事案です。

 本件で長崎県警察本部長が行った懲戒免職処分の処分理由は二つあります。

 具体的には、

「〔1〕原告が、知人を通じて知合い、初対面であった本件女性を姦淫しようと企て、平成27年5月16日午前2時10分頃、当時居住していた官舎に誘い込み、寝室において、両手で本件女性の頭部を掴み、その顔面を自己の陰部に押さえつけ、さらに本件女性に覆い被さり、両手で本件女性の首を絞めつけるなどの暴行及び布団に付着した血痕を示すなどの脅迫の上、抵抗及び拒否する本件女性に対し、姦淫を含むわいせつな行為を行ったこと(以下「非違行為1」という。)

及び

〔2〕原告が、複数の一般女性に対して、自己が警察官であることを明らかにして信用させた上、頻繁に性交目的の接触を繰り返し、その過程で非違行為1に至り、警察官の信用を大きく失墜させたこと(以下「非違行為2」という。)

の二つです。

(2)裁判所等の判断

 判決は非違行為1を事実として認め、懲戒免職処分は有効であり、原告の請求を棄却しました。

 強姦を犯した警察職員が懲戒免職されること自体は普通のことなのですが、本件では非違行為2に関して特徴的な判示がなされています。

 具体的には、長崎県人事委員会による審査請求でも裁判所の判断でも、非違行為2の方は、社会問題化したり外部に露見して問題化したりしていない限り、信用の失墜がないから懲戒処分を与えるに足りる事実には該当しないと判示した部分が特徴的です。

 該当部分の判決文は次のとおりです。

(前提事実より抜粋)

「原告は、平成27年8月11日、被告人事委員会に対し、本件免職処分は違法であり取り消されるべきであるとして審査請求をした。同委員会は、平成30年3月28日、非違行為1について、重大な事実誤認があったとは認められず、警察官として重大な信用失墜行為に該当するものであり、処分行政庁が本件免職処分を選択したことに裁量権の逸脱・濫用があるとは認められないとして、同審査請求を棄却する旨の裁決をした。なお、同裁決では、非違行為2について、原告が多数の女性と同時進行で連絡を取り合い、官舎において本件女性以外の女性とも性行為を行っていることが認められるが、18歳未満の女性との交友など法令に違反していると思われる行為は認められず、警察官としての倫理観が欠如していることや女性に対する人権感覚が希薄ではないかと感じられるものの、非違行為2が懲戒処分を与えるに足りる事実というためには、当該行為が一定程度社会問題化することによって、警察官に対する信用が失われ、又は警察官として不名誉なことであるとの非難が加えられるというような事実又は状況が必要であるところ、このような事実又は状況は認められないとして、信用失墜行為には該当しないとされた。

(争点に対する判断より抜粋)

「本件非違行為により、本件女性の性的自由が大きく侵害され、本件女性は多大な精神的苦痛を被ったといえ、本件非違行為の結果は重大であり、また、本件非違行為の動機は自己の性的欲求を満たすという身勝手なものであるから、本件非違行為の態様は悪質なものであると言わざるを得ない。また、原告は、後記4のとおり、本件被疑事件の捜査段階の当初は本件非違行為を行ったことを認めていたものの、その後、供述内容を変遷させて本件免職処分時には本件非違行為を行ったことを否認しており、原告が本件非違行為を行った事実と真摯に向き合う態度は見受けられない。そして、原告は、法益保護と犯罪の予防等を使命とする警察官であるにもかかわらず、強制性交という重大な非違行為に及んだものであるから、本件非違行為によって、国民の警察組織全体に対する信頼が大きく損なわれたといえる。以上に加え、警察庁懲戒処分指針及び県警懲戒処分指針において、強姦を犯した場合に基本となる懲戒処分が免職と定められていることにも照らすと、本件免職処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず、懲戒権者の裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法であるとはいえない。」
「なお、処分行政庁は、非違行為2を本件免職処分の懲戒事由として掲げているが、独身者である原告が、勤務時間外に、複数の女性と連絡を取り、性交を行っていたという事実は、これが外部に露見して問題化しない段階においては、警察職員の職の信用を傷付けたとはいえないから、前記1(3)の事実が信用失墜行為に該当するということはできない。もっとも、上記のとおり、本件非違行為のみを根拠として本件免職処分を行ったとしても違法とはいえないから、前記1(3)の事実が懲戒事由とはならないことは、上記判断を左右しない。」
「以上によれば、本件免職処分の取消しを求める請求は、理由がない。」

※ 前記1(3)の事実

「原告は、平成25年10月に警察学校に入校して以降、平成27年5月に至るまで、多数の女性に対し、市街地や飲食店において声をかけるいわゆるナンパ行為を行って性交に至るということを繰り返していた」

3.違法性のない私生活上の行為で公務員を懲戒するためには、社会問題化・外部への露見が必要

 「全体の奉仕者」(憲法15条2項)として範を正す必要があることから、公務員の場合、私生活上の行為であっても普通に懲戒処分の対象になります。

 私生活上の行為に違法性がある場合、懲戒処分の対象になることにさほどの違和感はありません。しかし、それ自体違法とはいえない私生活上の行為を懲戒処分の対象とすることができるかには、議論の生まれる余地があります。

 また、これを認めるとしても、濫用的な懲戒処分を防ぐため、何等かの歯止めが必要になってくるのではないかと思われます。その歯止めを、長崎県人事委員会・長崎地裁は、社会問題化・外部に露見して問題化することに求めました。

 違法性があるとまでは認められない私生活上の行為を懲戒処分の対象とする上で、その外縁を画するものとして、今後、この裁判例は先例としての意味を持ってくるのではないかと思われます。