1.労働時間の立証
労働事件では、労働時間の立証が必要になるケースが少なくありません。
典型的には残業代を請求する場合ですが、それ以外にも、長時間労働により疾病に罹患したとして労災を申請したり労災民訴を提起したりする場合にも、労働時間の立証が必要になります。
昨日お話したとおり、会社には労働者の労働時間を管理する義務があります。
始業時間、終業時間が一律「9:00~18:00」と記載された勤務表を漫然と受け取り続けていた使用者に安全配慮義務違反が認められた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
この義務が適切に履行されているケースでは、労働時間の立証にそれほど苦労することはありません。
しかし、労働時間を管理する義務が懈怠されている例は、決して少なくありません。
こうした場合には、どのように労働時間を立証するのかが重要な課題になります。労働時間の立証については、厳密な立証が求められることが少なくないからです。
近時公刊された判例集に、労働時間の立証との関係で、パソコンのログオフ記録をもとに一定の推計が許容された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、宮崎地裁令6.5.15労働判例ジャーナル148-6 宮交ショップアンドレストラン承継人宮崎交通事件です。
2.宮交ショップアンドレストラン承継人宮崎交通事件
本件は、いわゆる労災民訴の事案です。
被告になったのは、自動車運送事業等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、P4(昭和50年生)の遺族(妻子)です。
P4は平成9年4月に被告に雇用され、平成15年以降は宮交ショップアンドレストラン株式会社に出向するなどして働いていましたが、平成24年5月26日、心停止を発症して自宅で倒れているところを発見され、そのまま死亡しました。これを受けて、労災補償給付で賄われなかった損害の賠償を求める訴えを提起しました。
原告は心停止の発症の一因として長時間労働を主張しました。
しかし、被告がP4に作成・提出させていた勤務表は、始業時間が午前9時、終業時間が午後6時と一律に記載されているもので、P4の労働時間の実態を反映したものではありませんでした。
そこで、本件では、P4の労働時間(始業時刻・終業時刻)をどのように認定するのかが問題になりました。
この論点について、裁判所は、次の取り述べて、終業時刻の推計を認めました。
(裁判所の判断)
「P4の時間外労働時間の算定方法につき、当事者間に争いのある、終業時刻、休憩時間、持ち帰り残業時間、出張時の移動時間について順に検討する。」
「終業時刻については、P4が使用していたパソコンのログオフ記録が存在する期間(3月5日~5月7日。ただし、3月13日を除く。)はログオフ時刻とし・・・、ログオフ記録が存在しない期間については、ログオフ記録が存在する期間の終業時刻の平均である午後6時52分をもって終業時刻と推定するのが相当である。」
「原告らは、ログオフ記録、警備記録及び携帯電話の通話記録のいずれか遅い時間を終業時刻とすべきであると主張するが、警備記録・・・は、営業部が共有する警備カードに基づいた入退出記録であり・・・、当該記録が必ずしもP4の退勤時刻を示すものとは認められないから、これに基づいて終業時刻を認定することはできない。また、携帯電話の通話記録・・・については、どのような趣旨の通話であったか明らかでなく、終業時刻の認定の基礎とすることはできない。P4は専属のパソコンを使用して業務を行っていたこと、P4のパソコンを他の従業員が使用してログオフ操作をすることは考え難いこと・・・なども踏まえれば、そのログオフ記録がP4の終業時刻を示すものと考えるのが合理的である。そして、ログオフ記録が存在しない日については、存在する期間の終業時刻の平均をもって算出するのが相当である。」
「なお、休日である3月18日については、ログ記録は存在しないが、P4が出勤して伝票を作成した事実が認められること(甲A乙5、35、77の2)に照らし、同日の警備記録の時間に基づいて労働時間を認定するのが相当である。」
3.推計が認められた
確かに、推計が認められた裁判例もそれなりにはあるのですが、私自身の実務経験に照らすと、裁判所は、それほど簡単に推計を認めてはくれません。資料がない日の労働時間については、割とドライに「立証がない」ということで切り捨てられることが少なくありません。
そうした中、裁判所は、ログオフ記録が存在しない日の労働時間について、ログオフ記録が存在する期間の平均値であると認定しました。これは、推計を認めた一例として意義のある判断だと思います。
労災における「労働時間」の意義に関しては、行政解釈上、
「労働基準法第 32条で定める労働時間と同義であること」
とされています(令和3年3月30日 基補発 0330 第1号 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について参照)。
推計が認められた例は、労災の場面でも残業代請求の場面でも等しく活用することができ、実務上参考になります。