弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

コロナ解雇等に関する誤解を生じさせかねない記事について

1.コロナ解雇等に関する誤解を生じさせかねない記事

 ネット上に、

「コロナ解雇!? これから迫りくる『雇用危機』の嵐に備えよ」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200404-00062999-otonans-soci&p=1

 記事には、

「企業が業績悪化に陥った場合、非正規社員など基盤が弱い人ほど深刻な状況に陥ります。正社員は、期限の定めがない雇用契約なので簡単に解雇できません。『解雇の4要件』を満たさない限り裁判で負ける可能性が高いからです。

1.人員整理の必要性
2.解雇回避努力義務の履行
3.被解雇者選定の合理性
4.手続の妥当性」

「整理解雇であっても手続きの妥当性が問われます。正当な手続きを踏まない限り、無効とされる可能性が高いのです。そこで、人員整理の対象はまずは非正規社員に向かいます。非正規社員は、契約期間が過ぎてしまえば労働者でなくなるからです。パートも同じで、短期契約期間が満了すれば更新される保証はまったくありません。」

「判例では『非正規は正社員より先行して解雇される』ことが明文化されています。正社員を整理解雇するには、非正規の解雇を先行させなければいけないという判断が示されているのです。地位は正規と非正規で大きな差があります。」

「企業が労働者の整理を行う場合、まずパートタイムを先にして、その後、フルタイムの労働者に及ぼすべきものであり、それを逆にすることは原則、許されないとされています。労働者は業務の内容、採用時のやりとり、契約更新の回数、更新手続きをしっかり確認する必要があります。」

などと書かれています。

 これは整理解雇の有効要件やその理解について誤解を生じさせる可能性の高い記事だと思っています。

2.整理解雇の「4要件」という考え方は今時誰も採用していない

 かなり昔に整理解雇の要件を四要件と呼ぶ考え方が存在したことは否定しませんが、今時、整理解雇の要件を「4要件」として理解している法曹実務家は存在しないと思います。

 このことは、東京地裁労働部の裁判官らによる佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕260頁にも、

「『要件』の内容が流動化したことから、『4要件』ではなく『4要素』として総合判断により解雇権濫用の有無を判断するというのが、現在の多くの裁判例のとる手法である。」

と明記されていることからも分かります。

 非正規労働者の雇止めに関しては、手続の妥当性の部分ではなく、解雇回避努力の内容として位置付けられていますが、

「解雇回避努力については、新規採用の停止、役員報酬のカット、昇給停止、賞与減額・停止、残業規制、人件費以外の経費(広告費、交通費、交際費等)削減、非正規従業員の雇止め、余剰人員の配転・出向・転籍、一時帰休、ワークシェアリング、希望退職者募集等の考えられるすべての解雇回避措置を一律に要求するのではなく、当該企業の規模・業種、人員構成、労使関係の状況に照らして実現可能な措置かどうかを検討したうえで、その実現可能な措置が尽くされているかを検討する傾向にある。企業規模・業種等によっては、これらの措置をすべて行うと企業の存続自体が困難となる場合があるからであろう。

と理解されています(前掲文献260-261頁)。

 整理解雇の人員整理の対象はまずは非正規社員に向かうといった単純なものではありませんし、判例では『非正規は正社員より先行して解雇される』ことが明文化されているというのも、ミスリーディングを誘う表現だと思います。

 確かに、「期間を定めずに雇用される正社員と、一時的に雇用される臨時的社員では、雇用の継続に対する信頼に差があることは明らかであるから、特に臨時的社員を削減することを困難とする事情がない限り、正社員に対する整理解雇は、臨時的社員を削減した上で行われるべきものである。」などと判示した裁判例も存在はしますが(横浜地判平18.9.26労働判例930-68アイレックス事件)、こうした判示は正社員である原告に対する解雇の有効性を議論する脈絡での判断なのであり、非正規は先行して雇止めを受けることを常に甘受しなければならないとする意味合いで用いらているわけではありません。

3.非正規は正社員より先行して解雇される?

 記事が「非正規は正社員より先行して解雇される。」としているのもミスリーディングを誘う表現だと思います。

 先ず、解雇と雇止め(有期雇用の期間満了に伴う更新拒絶)とは概念として明確に区別されなければなりません。

 非正規であっても、有期雇用労働者の場合、無期雇用労働者よりも、解雇の効力は、むしろ否定されやすいです。契約の当事者は、契約の有効期間中はこれに拘束されるのが原則だからです。

 荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕170頁にも、有期労働契約の労働者を解雇するために必要な「やむを得ない理由」(労働契約法17条1項)の解釈について、

「一般的には、期間の定めのない労働契約につき解雇権濫用法理を適用する場合における解雇の合理的理由よりも限定された事由であって、期間満了をまたず直ちに契約を終了させざるをえないような事由を意味することになると思われる。」

と記述されています。

 要するに、契約期間中に限って言えば、有期労働者の方が、期間の定めのない労働者である正社員よりも解雇されにくい傾向にあります。

 確かに、雇止めに関して非正規労働者が正規労働者よりも弱い立場に置かれがちな傾向があることまでは否定しませんが「非正規は正社員より先行して解雇される」というのは誤解を含んだ表現になりますし、非正規だからといって解雇されても仕方がないと直ちに悲観する必要はありません。

4.ノーワーク・ノーペイの原則が働くのはどういう場合?

 所掲の記事には続きがあり、

「労働契約には『ノーワーク・ノーペイの原則』が存在します。労働者による労務提供と、使用者による賃金支払いという双務契約で成立する考え方です。仕事をしていない場合、請求権は生じません。」

「新型コロナウイルスの影響で経営に影響が生じた場合の賃金支払いの有無は、各企業が考えることになります。ノーワーク・ノーペイの原則にのっとれば、賃金支払いの義務はないため、賃金を支払わない企業が続出すると筆者は予想しています。」

と書かれています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200404-00062999-otonans-soci&p=2

 しかし、ノーワーク・ノーペイの原則とは、

労務の給付が労働者の意思によってなされない場合は、反対給付たる賃金も支払われないのが当然の原則となる。これがいわゆるノーワーク・ノーペイの原則」

であると理解されています(菅野和夫『労働法』〔弘文堂、第12版、令元〕990頁参照)。労務提供がなければ賃金支払い義務はないといった単純な原則ではありません。

 そのため、使用者の責めに帰すべき事由によって労務提供ができなかった場合に関してはノーワークでもペイは発生します(民法536条2項)。

 民法上の帰責事由までは認められない場合であったとしても、労働基準法26条は、

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

とノーワークでも平均賃金の60%のペイが発生する場面を規定しています。

 厚生労働省の

新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)

で、

「『帰国者・接触者相談センター』でのご相談の結果を踏まえても、職務の継続が可能である方について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に『使用者の責に帰すべき事由による休業』に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」

「例えば発熱などの症状があることのみをもって一律に労働者に休んでいただく措置をとる場合のように、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、一般的には『使用者の責に帰すべき事由による休業』に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」

「今回の新型コロナウイルス感染症により、事業の休止などを余儀なくされた場合において、労働者を休業させるときには、労使がよく話し合って労働者の不利益を回避するように努力することが大切です。
また、労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。休業手当の支払いについて、不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありません。」

などの解釈が示されているとおり、賃金を払う必要があるかどうか、払うとしてどの程度払わなければならないのかは、法律の規定によるのであって、各企業の考えに委ねられているわけではありません。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-2

 したがって、働いていないからといって必ずしも賃金を請求できないと悲観する必要はありません。新型コロナウイルスに罹患して就業制限によって休業せざるをえなくなった場合はともかく、そうではない場合、仕事がないのだから賃金も請求できないはずだと安易に思い込むのは適切ではありません。本当に賃金を請求できないのか、休業手当を請求できないのかは、法律家に相談して検討すべき問題です。

5.非正規労働者の方へ

 非正規の立場だからといって、あまり悲観したものではありません。

 非正規とはいっても、有期労働契約の労働者の場合、契約期間中の解雇は正社員(期限の定めのない労働者という意味で用いています)よりも認められにくいです。

 契約更新に向けた合理的期待がない場合に期間満了で契約終了となるのは仕方ないにしても、契約更新に合理的期待がある状況下でなされた雇止めには、解雇権濫用法理が類推されます(労働契約法19条)。

 整理解雇的な雇止めの時にも問題になる「4要素」という考え方は、労働契約上の地位を守るための法理であり、非正規を優先的に解雇することを使用者に義務づける法理ではありません。使用者の側から「正規雇用の前に非正規を整理する必要がある。」と言われたところで、他の種々の事情を考慮したうえ、非正規労働者に対する雇止めが否定される可能性は十分にあります。

 ノーワーク・ノーペイの原則にしても、使用者の恣意によって労務の提供の受領を拒絶し、賃金を支払わないことを許容する原則ではありません。

 過去にも何度か言及してきましたが、裁判や法律のことに限っていえば、マスコミにはそれほどの専門性はありませんし、適切な専門家を識別するだけの力があるわけでもないと思っています。

 悩み事があって法律が関係するかもと思った時には、ネットの記事を真に受けるのは程々にしておき、きちんと弁護士のもとに相談に行くことを推奨します。