弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

地位確認を求めなかった事実は、慰謝料請求の中でどのように考慮されるのか?

1.違法解雇と慰謝料

 違法な解雇を裁判所で争う時、労働者側が、

① 地位確認

② 解雇時に遡っての賃金請求

に加え、

③ 精神的苦痛を被ったことによる慰謝料請求

をすることがあります。

 しかし、解雇権の行使に違法性があると判断される場合でも、損害賠償請求まで認められるケースは、顕著な違法性がある場合に限られます。通常の場合、地位確認と解雇時に遡っての賃金請求が認められることによって精神的な苦痛は慰謝されると理解されているからです。

 それでは、違法な解雇が行われたことに対し、敢えて地位確認を求めなかった場合にはどうなるのでしょうか。

 当然のことながら、地位確認を求めなければ、地位が回復されることや解雇時に遡っての賃金請求が認められることによって精神的苦痛が慰謝されることはありません。

 そうだとすると、地位確認を求めなかったことは、慰謝料の増額要素になるのでしょうか。

2.中村工業事件

 この問題を考えるにあたってのヒントとなる裁判例が、近時の公刊物に掲載されています。大阪地判令2.1.16労働判例97-20 中村工業事件です。

 本件は解雇時に解雇予告手当の支払いを受けられなかった労働者が、勤務先会社に対し、解雇予告手当の支払いと、解雇によって生じた精神的苦痛の慰謝を求める損害賠償の支払いを求めた事件です。

 被告会社が解雇予告手当を支払わなかったのは、日々雇用だという点にあります。

 労働基準法21条1号は、

「日日雇い入れられる者」

には解雇予告を支払う必要はないと規定しています。

 日々雇用される者であったとしても、1か月を超えて引き続き使用されている者に対しては解雇予告手当の支払いを免れることはできません(労働基準法21条柱書)。

 本件で原告が被告に雇われたのは平成29年4月で、原告が被告から解雇の意思表示を告げられたのは平成31年3月30日なので、日々雇用であったのか否かは結論に本質的な影響を与えることではありませんが、裁判所は、次のとおり述べて、原告・被告間の契約は日々雇用ではないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告の賃金が毎月末日締め翌月6日払いであったこと・・・に加え、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成29年4月以降平成31年3月まで毎月20日前後勤務していたこと、被告がその間の原告の労働時間・出勤状況等をタイムカードや出勤簿兼賃金計算簿によって管理していたことが認められ、これらの事実からすれば、原告と被告との間の労働契約は、日雇ではなく、継続的なものであったものと認められる。」

 このように述べて、裁判所は、原告による解雇予告手当の請求は認めました。

 しかし、損害賠償請求の可否については、次のとおり述べて、原告・労働者側の慰謝料請求を認めませんでした。

(裁判所の判断)
「原告が被告に対し、解雇から間もない令和元年5月29日に解雇を理由とする損害賠償請求を求める労働審判手続申立てを行っている(労働契約上の権利を有する地位の確認は求めていない)ところ、原告と被告との間の労働契約が継続したのが締結から約2年間にとどまること、原告が解雇直後の平成31年4月以降、被告以外の設備会社や友人のところで働いている旨認めていることも考慮すると、被告による解雇により、損害賠償請求を認めるほどの原告の何らかの権利又は法律上保護に値する利益侵害があったとまでは認められず、また、被告に故意又は過失があったとも認められない。

3.解雇に実体的な違法性が認定された事案ではないが・・・

 裁判所は、地位確認が求められていないことを、他社就労の事実を併せ、利益侵害(損害)を弱める要素として位置付けています。地位の回復に重点が置かれていないのだから、地位が奪われたことによる精神的苦痛も大したことはないといったようにです。

 地位確認が求められなかったため、裁判所が認定した本件解雇の違法性は、解雇予告手当を支払わなかったことに尽きています。この点において、本件の判旨は実体的な解雇の違法性を理由に損害賠償が請求されている事案にまで直ちに当てはまるものではないと思います。しかし、本件に見られる判示内容を考えると、敢えて地位確認を求めなかったところで、それが慰謝料の増額要素として考慮されると考えるのは、少し楽観的であるように思われます。

4.無理な解雇が横行している

 新型コロナウイルスの影響で経営が苦しくなった会社が、強引な解雇に踏み切る例を見聞きすることが増えています。こうした事案では、労働者の側も勤務先にある程度見切りをつけていて、違法な解雇をされたことには納得できなくても、積極的に復職を考えているわけではないことがあります。

 そうしたケースでは、違法解雇を、地位確認+賃金請求ではなく、損害賠償の問題として争って行くことも考えられます。

 違法解雇で損害賠償のみを請求する場合の主張立証のポイントは、時勢のこともあり、今後とも注視して行く必要のある問題だと思います。