弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授会への出席・参加に権利性が認められた事例

1.大学教員の特殊性

 労働者の中でも、大学教員は、かなり特殊な地位にあります。それは、大学の自治や、学問の自由といった、通常の労働契約にはない価値観を、労働契約の中に読み込んで行く必要があるからです。

 そうした特殊性が発露する一場面が、就労請求権の問題です。一般の労働者にとって、就労はあくまでも義務であり、権利性までは認められないのが原則です。しかし、大学教員の場合、学生に対して講義・指導を行うことなどの就労に権利性が認められた裁判例は少なくありません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕9-10頁参照)。

 このブログを見て法律相談を申し込んでくれる方の中で、大学教員の方は、結構な割合を占めています。そうした関係もあり、大学教員の労働契約上の地位の特殊性について、学術的に興味深い領域の一つとして、関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に目を引く裁判例が掲載されていました。東京地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-56 公立大学法人都留文科大学事件です。何に目を引かれたのかというと、教授会への出席・参加に権利性が認められた点にです。

2.公立大学法人都留文科大学事件

 本件で被告になったのは、大学を設置運営する地方独立行政法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、文学部教授として勤務していた方です。前職の大学で学生に対してハラスメントを行ったことを理由に被告から解雇されたところ、地位確認等を求める訴訟を提起し、復職和解が成立しました。

 しかし、復職後も、被告は、教授会への出席を拒否するなどの対応をとりました。

 具体的には、次のような事実が認定されています。

「c(被告理事、副理事長 括弧内筆者)は、被告大学教授会の案内先のリストに原告を含めず、これにより原告に教授会への出席を許さなかった。なお、平成30年10月24日開催の教授会について、原告に案内が誤送信されたことから、原告が一旦はこれに出席したものの、途中で被告職員から退出するように指示されたことから、退出した。」

 こうした妨害行為の排除を請求の趣旨の一つに掲げ、原告は被告を訴えました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告が大学教授会に出席・参加することに権利性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、前訴和解により、被告が原告に対し、被告大学の教授会に出席させ、審議に参加させる義務を負うと主張する。」

「前記認定事実・・・のとおり、被告大学教授会は、被告大学に関する重要な事項について、学長の決定に際して意見を述べる権限を付与されている機関である。このことからすると、被告においては、教授会が、大学の自治を支えるべき中核的な存在であるというべきであって、教授会の構成員においては、教授会への出席及び審議への参加が、義務にとどまらず、権利でもあるというのが相当である。

原告は、前訴和解の効力により、継続して教授の地位にあることから、前記認定事実・・・のとおり、教授会の構成員に該当するところ、原告について、教授会への出席を許さない正当な理由は認められない。仮に他の教員等に配慮をすべき何らかの事情があったにしても、被告としては、前訴和解の内容に鑑み、速やかに支障となっている事項を解消して、原告を教授会に出席できるようにすべきであったといえ、少なくとも、別訴判決確定後3年以上という長期にわたって、原告の出席を認めない理由はない。」

「また、原告が出席を阻害されていたのが、教授会の決議等によるのではなく、前記認定事実・・・のとおり、cが単独で行ったものであることにも鑑みると、原告には、教授会へ出席し、その審議に参加する権利があると認められる。

「そして、前記認定事実・・・のとおり、原告には教授会の案内が送られておらず、原告が教授会に出席した際には、被告大学の職員から退出するよう指示され、退出を余儀なくされたことがあると認められる。このことからすると、原告の教授会出席及び審議への参加は、現に妨害され、将来にも妨害されるおそれがあるというべきである。」

「以上より、原告の妨害予防請求のうち、教授会への出席等への妨害予防を求める部分は、理由があると認められる。」

3.教授会の決議があれば別かも知れないが・・・

 被告において、大学教授会は、次のように位置づけられていたと認定されています。

「被告大学教授会規程によると、教授会は、学長、副学長、教授、准教授、専任講師及び助教により構成されると定められており、その他出席制限等の定めはない。また、教授会においては、学生の入学、卒業及び修了に関すること、学位の授与に関すること、教育課程の運用及び実施に関すること等、学生の身分や教育研究に関する重要な事項について審議し、学長の決定に際して意見を述べることとされている」 

 規程の上で、出席制限等の定めがなかったこと、教授会に意見を述べる権限が付与されていたことなどの前提事実は抑えておく必要がありますが、裁判所は、原告が大学教授会に出席・参加することに権利性を認めました。

 また、裁判所は、

「 原告が、被告の副理事長であるcにより、教授会の案内先から除外され、被告大学教授として有する教授会への出席及び審議への参加の権利を害されてきたと認められ、当該行為は、原告に対する不法行為に当たる。」

と判示し、教授会への出席妨害が不法行為に該当することも認めました。 

 教授会の議決によって締め出された場合にどうなるかという問題は残るものの、教授会への出席・参加に正面から権利性を認めた裁判例は珍しく、注目に値します。

 また、この裁判例は、教授会から締め出されたという場面だけではなく、非公式の場で意思決定がなされていて実質的な意思決定に参加できないというケースに応用できる可能性がある点においても、画期的な判断だと思われます。