弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職種限定合意が認められやすい職業類型-大学准教授

1.職種限定の合意

 使用者による配転命令の効力を、配転命令権の濫用という観点から争うことは、決して容易ではありません(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)。

 しかし、配転命令権の効力の争い方は、濫用を主張することだけではありません。職種限定の合意がある場合も、配転命令に従う必要はなくなります。

 職種限定の合意が認められるのは、明示的に合意が交わされている場面に限られるわけではありません。業務遂行に特殊技能を要する場合にも、職種限定の合意が認められる場合があり、「一般的には、医師、看護師、自動車運転手など特殊の技術、技能、資格が必要な職種の場合、使用者と労働者との間に明示又は黙示の職種限定の合意が成立し得る」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕203-204頁参照)。

 これまでの裁判実務では、上述のとおり、「医師、看護師、自動車運転手など」が職種限定の認められる特殊技能者と理解されてきましたが、近時公刊された判例集に、大学准教授に職種限定の合意を認めた裁判例が掲載されていました。千葉地判令2.3.25労働判例ジャーナル100-34 学校法人日通学園事件です。

2.学校法人日通学園事件

 本件は大学准教授に対する職種変更命令の効力が争われた事件です。

 原告になったのは大学准教授の方で、被告になったのは大学を運営している学校法人です。

 病気休職した大学准教授の復職を認めるにあたり、被告学校法人は教育職員から事務職員への任用替えを命じる辞令を発令しました(本件職種変更命令)。本件の争点の一つになったのが、この「本件職種変更命令」の効力です。

 本件職種変更命令の効力を争うにあたり、原告となった大学准教授の方は、職種限定の合意を主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示して、職種限定の合意を認め、本件職種変更命令は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「雇用契約において職種が限定されているか否かは、採用時に求められた資格や業績等の条件の有無及び内容、採用手続の相違、業務内容の専門性や特殊性、労働条件の相違、当該職種における過去の職種の変更の実績等を総合的に考慮して判断すべきである。」
「・・・被告は大学の教育職員の採用については、教員資格審査基準及びその内規を定め、高度かつ専門的な経歴及び知識並びに教育能力を持った人物に限定していること、大学の教育職員は面接等によって採用が決定される事務職員等の枠とは別に公募で募集し、採否について教授会で審議し、その意見を受けて正式に採否が決まり、事務職員等とは採用の条件も手続も異なること、大学の教育職員は、教育・研究以外の大学の周辺事務を扱う事務職員等と異なり、学生を教授し、その研究を指導し、または研究に従事するという高度教育機関の根幹部分の業務を担うことが求められるほか、助手を除き教授会の構成員となり、各学部の教育に関する重要事項の決定に参画するとされていること、大学の教育職員の勤務時間は学長が割り振りを定めるとされ、時間の拘束は限定的で、大学の教育職員の給与表は事務職員等とは異なり高水準に定められていること、被告において過去に大学の教育職員から事務職員等へ職種変更した実績は本人の同意を得て行った1件のみであることが認められる。」

「以上の認定のとおり、被告において大学の教育職員として採用時に求められる経歴や業績、事務職員等との採用手続の相違、大学の教育職員の業務内容の専門性、特殊性、事務職員等との労働条件の相違、被告における大学の教育職員から事務職員への職種の変更の実績等を総合すれば、原告を被告の大学の教育職員として雇用する旨の雇用契約は、職種を教育職員に限定して締結されているものと認めるのが相当である。

3.判旨は概ねの大学にあてはまるのではないだろうか

 大学教員と事務職員とで必要とされる経歴や業績、採用手続は異なるのが普通だと思います。また、大学教員の業務は大抵が専門性・特殊性の強いものです。労働条件も事務職員とは同じではありません。大学で教育職員が事務職員に職種変更することが一般化しているという話も聞いたことがありません。

 本件の裁判所の判示は、多くの「大学-(准)教授」の関係に当てはまるものだと思います。このような意味において、大学(准)教授は、医師・看護師・自動車運転手などとともに、職種限定合意が認められやすい職業類型であると考えて良いのではないかと思います。