弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁判所は素人による逸脱した行為(弁護士の頭越しに行う直接交渉)に甘すぎではないだろうか

1.代理人の頭越しの交渉

 弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規70号)52条は、

「弁護士は、相手方に法令上の資格を有する代理人が選任されたときは、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで直接相手方と交渉してはならない。」

と規定してます。

 この規定があるため、弁護士は、事件の相手方に代理人弁護士が選任された場合、代理人弁護士の頭越しに、直接相手方本人と交渉をすることができません。

 噛み砕いていうと、プロである代理人弁護士を差し置いて、法的知識や交渉力の弱い素人を丸め込むことが、ルールとして許されていないということです。

 似たようなルールは、弁護士以外の専門職にも存在します。

 例えば、司法書士倫理40条は、

「司法書士は、受任した事件に関し、相手方に代理人がないときは、その無知又は誤解に乗じて不当に不利益に陥れてはならない。」

「 司法書士は、受任した事件に関し、相手方に代理人があるときは、特別の事情がない限り、その代理人の了承を得ないで相手方本人と直接交渉してはならない。」

と規定しています。

 しかし、このようなルールは一定の専門職にしか存在しません。

 そのため、素人である相手方に専門職の代理人が選任されない場合、相手方本人が弁護士の頭越しに依頼者に接触し、不当な働きかけをして、事件そのものを潰してしまうことがあります。

 弁護士は基本的に依頼者の意向を受けて活動します。つまり、依頼そのものがなくなってしまえば、基本的には何もできません。そのため、理屈で負けてしまう側としては、弁護士相手に勝てない交渉や訴訟をやるよりも、弁護士の依頼者に圧力をかけて、弁護士との契約そのものを解除させてしまうことが、合理的かつ魅力的な手段になるのです。

 もちろん、依頼人には相手方本人と交渉しなければならない法的義務があるわけではありません。家に押しかけられても、帰れと言うことができます。帰れと言って帰ってもらえなければ、不退去という罪(刑法130条)に問うことができます。脅されて無理矢理交渉のテーブルにつかされたら、強要という罪(刑法223条)に問うこともできます。そのため、相手方本人から接触があっても、無視するなり、警察に通報するなり、どのような場合にどのように対応するのかを、依頼者との間で予め打ち合わせておけば、相手方本人からの直接交渉による弊害の多くは防ぐことができます。

 しかし、それでも、相手方本人による依頼者への直接交渉と、それに伴う事件潰しは、完全に阻止できるわけではありません。

 この職務倫理の枷のない素人であるがゆえに野放しになっている行為に対しては、常々問題だと思っていました。何度か裁判所で相手方本人が私の頭越しに依頼者に直接不当な働きかけをしてくることを問題提起したことがありますが、結局実害が生じるには至っていないとして、裁判所の反応は芳しくありませんでした。実害(権利行使の断念・依頼の解消)が生じてからでは遅いし、問題提起する根拠がなくなってしまうと主張しても、あまりピンときていないようでした。

 近時公刊された判例集にも、この問題に対する裁判所の甘い姿勢が表れた裁判例が掲載されていました。前橋地太田支判令2.3.27労働判例ジャーナル100-32 学校法人東桜学園事件です。

2.学校法人東桜学園事件

 この事件は、幼稚園教諭として勤務していた原告が、被告学校法人に対し、残業代を請求した事件です。

 特徴的なのは、不法行為に基づく損害賠償請求が併合されているところです。

 その不法行為の内容が、例の相手方本人による弁護士の依頼者に対する直接交渉です。

 原告代理人は残業代請求にあたり、

「今後の連絡については同弁護士に行うよう求めることなどを記載した書面」

を被告に送付しました。

 しかし、被告学校法人のE主任は原告に電話を掛けて直接話をしようとしました。

 原告代理人はこの電話も阻止し、労働紛争に関して原告と直接話をしないことをE主任に約束させました。

 それでも、被告学校法人の園長とE主任は直接交渉を諦めず、幼稚園に出勤した原告を喫茶店に連れて行き、

「原告に対し、原告を高く評価しており、原告が感じている問題は全て解決する旨を伝えるなどして退職等を翻意するよう促すなど」

し、その中でE主任は、

「弁護士の先生にさ、取り下げてくれない?」

と発言しました。

 結局依頼の撤回には至りませんでしたが、こうした園長やE主任の対応が不法行為に該当しないのかが問題になりました(なお、原告側は、園長やE主任が「上司を裏切るのか」などと言って弁護士を立てたことを非難し、弁護士を解任するように迫ったと主張していましたが、裁判所で認定された事実は、上記の限度に留まっています)。

 この論点について、裁判所は次のとおり述べて、不法行為の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「園長及びE主任は、川目弁護士が介入していることを認識し、また、同弁護士との間で原告と直接接触しないことを約束しながら、平成30年1月4日に原告と面会し、原告と被告の労働紛争の内容にわたり、その解決を求めるような発言に及んでいたのであるから、その言動には、弁護士が介入している状況のもとでのものとして、不相当な面があったことは否定できない。もっとも、園長及びE主任は、原告を高く評価する旨を伝えるなどして、慰留も試みていたのであるから、発言の内容自体については、殊更に不合理、不相当なものではなかったといえる。E主任の『弁護士の先生にさ、取り下げてくれない?』という発言についても、前後の話の流れに照らすと、弁護士を解任させることではなく、原告の力になりたいという趣旨を伝えることを主眼としたものであって、同弁護士を排除しようとする意図は強くはなかったと考えられるから、その文言のみを捉えて殊更に非難することは相当でない。園長及びE主任が原告に対して不穏当又は粗暴な言動には及んでいなかったことなどもあわせて考慮すると、同日の面会に関する園長及びE主任による言動が違法なものであったとまでは認められず、原告に対する不法行為が成立することはないというべきである。

3.裁判所の判断は甘すぎではないだろうか

 法専門家の介入しない紛争解決は、往々にして、単に声が大きかったり、社会的な力が強かったりする方が、声が小さかったり、社会的な力が弱かったりする方を抑えつけるだけの形になりがちです。

 それを防ぐために法専門職があるというのに、素人だからといって代理人である法専門職の頭越しに本人と直接交渉を行うことが甘くみられるのは疑問に思います。職務基本規程との兼ね合いから、やる弁護士は皆無に近いと思いますが、もし、弁護士が同じことをやっていれば、先ず懲戒処分は免れませんし、不法行為も成立すると判断されていた可能性が高いのではないかと思います。

 法専門職が代理人に選任された場合の直接交渉の禁止のルールに関しては、裁判所は、もう少し厳格な姿勢で臨んでも良いのではないかと思います。