弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職種限定合意を覆す正当な理由

1.職種限定合意と配転

 職種限定合意がある場合、使用者は労働者から個別に同意を取り付けない限り、他職種への配転を命じることができません。

 しかし、一定の正当な理由が認められる場合には、職種限定合意がある場合であったとしても、他職種への配転が認められるとする裁判例もあります。

 例えば、東京地判平19.3.26労働判例941-33東京海上日動火災保険(契約係社員)事件は、

「労働契約において職種を限定する合意が認められる場合には、使用者は、原則として、労働者の同意がない限り、他職種への配転を命ずることはできないというべきである。問題は、労働者の個別の同意がない以上、使用者はいかなる場合も、他職種への配転を命ずることができないかという点である。労働者と使用者との間の労働契約関係が継続的に展開される過程をみてみると、社会情勢の変動に伴う経営事情により当該職種を廃止せざるを得なくなるなど、当該職種に就いている労働者をやむなく他職種に配転する必要性が生じるような事態が起こることも否定し難い現実である。このような場合に、労働者の個別の同意がない以上、使用者が他職種への配転を命ずることができないとすることは、あまりにも非現実的であり、労働契約を締結した当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。そのような場合には、職種限定の合意を伴う労働契約関係にある場合でも、採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。

と判示しています。

 ただ、判旨からも分かるとおり、職種限定合意を覆すことができる「正当な理由」はかなり限定的です。そもそも例示されているのは職種が廃止されたという極端な場面ですし、変更後の業務内容の相当性や不利益の程度、代替措置や労働条件の改善の有無などの多岐に渡る事情が正当な理由が認められるかどうかの考慮要素として位置づけられています。

 昨日ご紹介した千葉地判令2.3.25労働判例ジャーナル100-34学校法人日通学園事件は、職種限定合意があっても配転命令が許容される場合があることに言及した裁判例としても、注目されます。

2.学校法人日通学園事件

 本件は、休職していた大学准教授を、事務職員として復職させることを内容とする職種変更命令の適否が争われた事件です。この事件で、裁判所は、

「職種限定契約において、職種の変更につき労働者が同意していない場合であっても、職種を変更する高度の必要性がある等正当性を是認する特段の事情が認められる場合には、使用者は労働者の職種を変更することができる場合もあると考えられるが、後述のとおり、原告の休職事由は本件職種変更命令時点において消滅していたと認められ、他に原告の職種を変更することにつき正当性を是認する特段の事情について被告の主張立証はない。」

と判示しました。

3.正当な理由に関する判断枠組みの弛緩?

 元々、この事件の被告は職種変更命令の正当性を是認すべき特段の事情について主張立証活動を行っていませんでした。その意味において、上記の判示は、そもそも述べる必要がなかったといえます。

 また、上記の判示は「職種を変更する高度の必要性がある」ことを配転命令の有効性が認められる場面として例示しています。これは東京海上日動火災保険(契約係社員)事件で定められた規範(ルール)との比較において、いかにも大雑把な印象を受けます。

 こうした判示が職種限定契約の拘束力を弱めるトレンドを作り出すことを意図していのことであるのかどうかは、引き続き注視して行く必要があると思われます。