弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賃金の減額幅-1割5分は大きいか?

1.賃金減額の合意と「自由な意思」論

 賃金減額の合意は、錯誤、詐欺、強迫といった事情がなくても、その効果を否定できる場合があります。これは、最高裁の判例により、

「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」

との規範が示されているからです(最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件等参照)。

 そして、賃金の減額幅は「労働者にもたらされる不利益の内容及び程度」として、賃金減額の合意が「自由な意思」に基づいているのかどうかを判断するにあたっての考慮要素になります。

 では、不利益の内容及び程度が「大きい」と評価されるのは、どのラインからなのでしょうか? 減額に至った経緯や元々の賃金額などとの相関で決まるところがあり、一概には言いにくいのですが、この問題を考えるうえでの手掛かりとなる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.1.24労働判例ジャーナル100-44

MASATOMO事件です。

2.MASATOMO事件

 本件は、在職中に無効な賃金額の引き下げを受けたなどと主張して、労働者が原告となって元勤務先を被告とする訴えを提起した事件です。

 本件では、基本給が、38万円→33万円→35万なっています。こうした減額措置が「自由な意思」の理屈によって排斥されるかだ形になっています。

 裁判所は、賃金の減額幅について、次のおとり判示しました。

(裁判所の判断)

「本件賃金引下げは、従前原告が受領していた基本給額を約15パーセントも減らすものであったものであり、その下げ幅は大きく、しかも、その賃金引下げ措置が解かれる具体的な目処ないし期限も設けられておらず、恒久的措置としてとられたものと評価せざるを得ず、その不利益性は強いといわざるを得ないところであって、これらの点も踏まえると、後者の事実があるからといってそのことから直ちに原告が基本給減額(既に発生している賃金の放棄を含む。)に同意し、かつ、その同意が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとも認め難い。」

3.1割5分は大きい

 裁判所は、約15パーセントという数値を、不利益性が大きいことの根拠として指摘したうえ、「自由な意思」を否定しました。

 冒頭にあげたほか、絶対値としての金額など評価には、種々の要素が絡んでいて、ある減額幅が適法あどうかは極めて分かりにくくなっています ただ、そうした問題はあるにしても、約15%の減額を下げ幅を大きいと判示した部分には、なお意味があるように思われます。他の事案において、15パーセント以上賃金が削減されていた場合、この裁判例が、不利益性を「大きい」と主張する上での参考になるからです。