弁護士 師子角允彬のブログ

一般の方に向けて、法律や判例に関する情報を提供して行きます。

新人がパワハラ上司と二人きりはきつい-協力者が確保できたことで、適応障害の発症が上司からのパワハラによる労災と認められた例

1.精神障害の労災認定

 精神障害が労災になるというと、長時間労働で欝病になったような場面を想定される方が多いのではないかと思います。しかし、精神疾患で労災が認められるパターンは長時間労働の場面に限られるわけではありません。いじめや嫌がらせによって精神疾患を発症するパターンも、労災はカバーしています。

 むしろ、精神障害の労災認定に関していうと、統計的な数値としては、いじめや嫌がらせを原因とする労災認定の方が、長時間労働を原因とする労災認定よりも多いくらいです。

 厚生労働省は、平成30年度の精神障害に関する事案の労災補償状況を公表しています。これによると、

「(ひどい)嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」

での労災の支給決定件数が69件であるのに対し、

「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」

での労災の支給決定件数は45件に留まっています。

 出来事別支給決定件数で言うと、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」は「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」と同数で、1位となっています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05400.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/000521999.pdf

 パワハラなどの嫌がらせ・いじめによる労災認定は、これまでも、今後も、重要な意味合いを持ち続けて行くのだと思います。

 ただ、パワハラによる精神疾患の発症を労災として認定してもらうためのハードルは、かなり高いというのが一般的な実務家の感覚ではないかと思います。それは精神疾患の発症の原因となるほどの強度をもった嫌がらせ・いじめの事実を立証することが大変だからです。嫌がらせ・いじめで精神疾患を発症した認めてもらうためには、相応の質量を兼ね備えた嫌がらせ・いじめの事実を立証する必要があります。しかし、嫌がらせやいじめは、周囲に誰も助けてくれる人がいないから辛いのであって、労災認定のために協力してくれといっても、協力者を確保することは簡単ではありません。結果、加害者が嫌がらせ・いじめを否認すれば、水掛け論になってしまい、嫌がらせ・いじめ行為を十分に立証できない→労災とは認められない、といった経過が辿られることになります。

 平成30年に都道府県労働局に寄せられたパワハラでの相談件数は8万2000件を超えています。

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

 もちろん、パワハラで相談する人みんなが精神疾患を発症しているわけではありませんが、労災の認定件数が69件でしかないことと対比すると、精神疾患の発症がパワハラに起因する労災だと認定してもらうことが、どれだけ大変なことなのかは理解できるのではないかと思います。

 そうした状況の中、精神疾患の発症がパワハラに起因する労災だと認定された裁判例が公刊物に掲載されていました。大阪地判平30.10.24労働判例1207-73国・伊賀労基署長(東罐ロジテック)事件です。

2.国・伊賀労基署長(東罐ロジテック)事件

(1)事案の概要

 本件で原告となった方は、東罐ロジテック株式会社の大阪営業所三重出張所で勤務していた方です。東罐ロジテックは、貨物自動車運送業や倉庫業等を目的とする株式会社です。原告が家出張所で勤務していた当時、三重出張所の人員は原告と、その上司であるDだけでした。

 適応障害を発症した原告が、精神疾患の発症の原因はDのパワハラにあるとして労災認定を申請したのに対し、処分行政庁(伊賀労働基準監督署長)は業務上の事由によるものであるとは認められないとして不支給処分をしました。

 これに対し、原告が不支給処分の取消を求めて出訴したのが本件です。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のように述べて、精神疾患の発症の業務起因性を認め、不支給処分を取り消しました。

Dは、原告に対し、業務上の指導をほとんどしないまま、また、Dの部下として勤務した経験があるEから見て、原告の仕事ぶりには大きな問題はなかったにもかかわらず、ほぼ毎日のように、原告に対し、『こんなこともできないのか。』、『やる気がないなら帰れ。』などと怒鳴っていたことが認められ、かかる事実は、原告の発病(平成23年6月頃)前おおむね6か月の間の出来事であるといえる。」
「そして、Dの上記言動の内容及び同言動がほぼ毎日行われていたことに鑑みると、同言動は、業務指導の範囲を逸脱し、執拗に行われたものであると認められ、心理的負荷評価表によれば、『29 (ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた』に該当すると認められる。そして、当時、原告が本件会社に入社して1年が経過しておらず、原告は本件会社前に短期間別会社に勤務した以外社会人経験を有していなかったこと・・・、原告は当時二十四、五歳、Dは当時45歳前後で約20歳の年齢差があったこと・・・、三重出張所の人員は原告とDのみであったこと・・・、原告とDの体格差(・・・Dは、身長が原告より20cm以上高く、体重は原告の約2倍である。)、これらの点を総合的に勘案すると、Dの言動による心理的負荷は、客観的にみて、精神障害を発病させるおそれのある程度に強度であったと認めるのが相当である。

3.協力者がいればパワハラの立証は何とかなる可能性がある

 裁判所の認定からは、新人がパワハラ上司の二名体制の出張所に押し込められ、特段の問題もないのに毎日のように怒鳴られていたことが窺われます。こういう状態は新人でなくても辛くて、精神的に病んでしまうというのも察するに難くありません。

 ポイントになるのは、原告がどうやって、そのような事実を立証したのかです。

 この点に関しては、Eという協力者の存在が大きかったのではないかと思います。

 裁判所はDのパワハラ行為について次のような事実認定をしています。

「Dは、原告に対し、業務上の指導をほとんどしなかった。三重出張所においてDの部下として勤務した経験があるEから見て、原告の仕事ぶりに大きな問題はなかったが、Dは、ほぼ毎日のように、原告に対し、『こんなこともできないのか。』、『やる気がないなら帰れ。』などと怒鳴っていた。Dは、原告に対し、安全靴で原告が痛がるほど蹴ったり、30cmないし50cmの定規で音が出るほど机を叩いたり、叱責した際に大分まで行くよう命じたりしたことがあり、Dが、原告の胸倉を掴んだため、EがDを制止したことが2回あった。(甲21の⑪の①、証人E・24ないし26、28ないし30頁)」
「なお、Dは、本件会社に対し、原告に対しては何度も根気強く同じことを注意していたが、原告は生返事を繰り返したり、反抗的な態度等で業務に従事していたので、指導・教育が行き過ぎた旨報告し(甲47の④)、伊賀労働基準監督署における聴取において、原告が業務上のミスをした際に叱責をしたことはあるが、原告を蹴ったり、定規で机を叩いたり、胸倉を掴んだりしたことはない旨供述する(甲13)。」
「しかしながら、Eは、証人尋問において、①Dは、原告に対し、業務上の指導をほとんどせず、Eが教えるなどした、②原告がほぼ毎日ミスを行っていた印象はなく、勤務態度に問題はなかった、③原告は、Dから、ほぼ毎日怒鳴られているようなイメージで、『こんなこともできないのか。』、『やる気がないなら帰れ。』などと怒鳴られていたと記憶している、④Dは、原告に対し、安全靴で蹴ったことがあり、原告は痛がっていた、⑤Dは、原告を叱責する際、30cmないし50cmの定規で音が出るほど机を叩いたことがあった、⑥Dが原告の胸倉を掴んだのを止めたことは2回ある旨証言しているところ(証人E・24ないし26、28ないし30頁)。Eの個別具体的な証言内容は、それ自体十分信用に値するものであると認められる。そして、Dの上記報告等については反対尋問の機会を経ていないことをも併せ鑑みると、Dの上記報告・供述は採用できない。」

 EというのはDの元部下で、次のような立ち位置にいた人物とされています。

「E(以下『E』という。)は、平成15年6月頃、本件会社に入社して三重出張所で勤務し、平成21年3月1日、Cに転籍して、本件事務所で勤務していた。Eは、Dが本件会社に入社してからEがCに転籍するまでの間、Dの部下として勤務していた。」

 「本件事務所」とあるのは、三重出張所が設置されていたグループ会社の三重工場の物流事務所のことです。この物流事務所に勤務していが元部下が原告のためにパワハラの様子を証言したのが本件では効いたのだと思われます。

 パワハラの立証のため、会社の人が証言までしてくれるのは、比較的珍しいケースではないかと思います。しかし、こうした協力者が得られるケースでは、水掛け論にならず、きちんとパワハラを認定してもらえる可能性があります。強度のパワハラを認定してもらうことは、精神疾患の発症を労災として認定してもらうことに繋がります。

 労災認定が可能かどうかは別として、法律相談をしていると、パワハラでメンタルを病んだという方は、割とたくさん目にします。確保が難しいことは否定できませんが、協力者まで確保したうえで弁護士のもとに相談に行くと、損害賠償請求をするにしても、労災認定を求めるにしても、弁護士から肯定的な回答が得られる可能性は、大分高まるのではないかと思います。