弁護士 師子角允彬のブログ

一般の方に向けて、法律や判例に関する情報を提供して行きます。

労災の認定基準の適用・運用-裁判所の運用は行政の運用よりも緩やか?

1.精神障害の労災認定基準

 精神障害の労災認定に関して、行政は、

「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日付け 基発第1226第1号)」

との名前の文書を作成・公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/090316.html

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120118a.pdf

 精神障害の労災認定基準は、業務起因性を判断する基準として、裁判所でも用いられている例が多く見られます。しかし、同じ基準が用いられていても、行政段階で労災認定が認められなかった一方、裁判所では労災認定が認められたという事案が一定数あります。

 この理由は、裁判所の方が、行政よりも実態・実質に踏み込んだ判断をしているからではないかと思います。近時の公刊物に掲載された広島地判令元.5.29労働経済判例速報2390-3 萩労働基準監督署長事件も、このことを裏付ける事案の一つです。

2.広島地判令元.5.29労働経済判例速報2390-3 萩労働基準監督署長事件

(1)事案の概要

 本件は、自殺者(医師)の遺族である女性が、夫が自殺したのは過重な業務に起因して精神障害を発病したからだとして、労災の不支給処分(遺族補償給付等の不支給処分)の取消を求めて出訴した事案です。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、労災の認定基準の位置づけを明確にしたうえ、必ずしも認定基準の文言にこだわらずにハラスメントについて実質的な検討を行い、不支給処分を取り消しました。

(「判決要旨)

-行政が定めた精神障害の労災の認定基準の位置づけ-

「厚生労働省は、精神障害の業務起因性を判断する基準として、認定基準を規定しているところ、認定基準は、行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたものであり、裁判所がこれに拘束されることはないが、認定基準について、精神医学、心理学及び法律学当の専門家により作成された平成23年報告書に基づき、医学基準についてなされたとの経緯や、業務による心理的負荷評価表・・・及び業務以外の心理的負荷評価表・・・に基づいて、具体的な出来事とごとに各々の心理的負荷の強度を評価した上、総合考慮するという内容であって、経験則に基づく業利敵な推認判断としての一面も有すること等を踏まえると、認定基準は、当裁判所の認定判断においても相応の合理性のということができる。」

「したがって、本件においては、認定基準を参考にしつつ、さらに本件事案から看取し得る個別具体的な事情を総合考慮して、被災者の発病した被災者の発病した精神障害が業務に起因するものであるかを判断するのが相当である。

-部下とのトラブル-

 本件では長時間労働、連続勤務ほか種々の心理的負荷が主張されていますが、処分行政庁の運用と裁判所の運用の違いが端的に表れているのは、部下とのトラブルに係る下記の部分です。

「被災者とF医師との間では、常勤医師としての業務遂行に関し、客観的にみて明らかな対立が生じており、その後も根本的な解決に至ることがなかったものと認められる。以上は、別表1(略)の具体体出来事の項目32『部下とのトラブルがあった』との項で心理的負荷の強度が『中』とされる例として挙げられる事由『業務を巡る方針当において、周囲からも客観的に認識されるような対立が部下との間に生じた』に該当するといえ、その心理的負荷の強度は『中』と認める(上記事由は、文言上は、部下との対立が周囲からも客観的に認識されるようなものであることを前提としている。しかしながら、周囲の者が現にそのような対立の存在を認識していたか否かによって、部下との対立で生じた本人の心理的負荷の強度が左右されるものとは思われず、上記事由の『周囲からも客観的に認識されるような対立』とは、要するに、当該対立が客観的にみて人同士の明らかな対立といい得る態様であることを示すものと解される・・・)。

3.同じ判断基準に依拠するとしても、裁判所は事案の個別性に着目した実質的な解釈・運用を行う

 処分行政庁も裁判所も、精神疾患の発症が労災に該当するかに関しては、類似した基準に基づいて判断しています。

 しかし、処分行政庁には認定基準を形式的に解釈する傾向がある反面、裁判所は、個別具体的な事案に応じ、制度の趣旨にまで立ち返って、認定基準をより実質的に解釈・運用する傾向が強いように思われます。認定基準の中に掲げられている具体例として明示されている事実(周囲からも客観的に認識されるような対立であること)について、これを不要だと明確に判示したのも、心理的負荷の内容を実質的なものとして位置づけているからだと理解されます。

 労災の不支給処分に関しては、不服の申立により結論が変わる例を、それなりに目にします。形式的な取扱いのもとで不支給処分にされたが、どうしても納得できない、そうお考えの方は、弁護士に対して不服申立を依頼することも検討してみて良いのではないかと思います。