弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一度生徒に手を出した教諭は、また手を出す?(性的な不祥事を起こした被用者の労務管理)

1.一度生徒に手を出した教諭は、また手を出す?

 小学校の担任教諭が児童に対して行った強制わいせつ行為について、教育長の過失と市の責任を認めた判決が公刊物に掲載されていました(名古屋地裁岡崎支判平30.6.29判例時報2399-56)。

 過失とは二つの要素で構成されています。

「第1に、加害行為を行った者が、損害発生の危険を予見したこと、ないし予見すべきであったのに(予見義務)予見しなかったこと(予見ないし予見可能性)」

「第2に、損害発生を予見したにもかかわらず、その結果を回避するべき義務(結果回避義務違反)に違反して、結果を回避する適切な措置を講じなかった」こと、

の二つです(我妻榮ほか著『我妻・有泉コンメンタール 民法 総則・物権・債権』〔日本評論社、第2版、平20〕1303頁参照)。

 名古屋地裁岡崎支部の判決は、過失の前提となる予見可能性の認定の仕方に特徴があります。

 具体的には、前任校で女子生徒に対して性的な行為に及んでいた事実を把握していたのだから、今回児童に強制わいせつを行うであろうことも予見できたはずだという判断をしています。

2.名古屋地裁岡崎支部の判断

 名古屋地裁岡崎支部の予見可能性に関する判示事項は次のとおりです。

 アルファベットでEと書かれているのが問題の教諭です。

 また、過失が認められた「教育長」というのは、「教育委員会の会務を総理し、教育委員会を代表する」という職責を負っている人です(地方教育行政の組織及び運営に関する法律13条1項)。一般の方が判決を読むにあたっては「市教委」と同じようなものだと捉えても、それほどの問題はないかと思います。

(予見可能性に関する判示事項)

「本件市教委としては、Eが、(記載省略)という身体的接触を行ったことが事実として認定できる状況であった。このように、男性教諭が女子生徒に対して(記載省略)という行為は、それ自体性的な意味を持つ行為であって、Eが性的な行為に及ぶ危険性を示すものであるといえる。そうすると、前件問題が生じた時点では、Eが女子生徒又は女子児童と二人きりになって性的な行為に及ぶ危険性が具体的にあったといえる。その上、・・・Eは、前件問題について処分を受けておらず、本件市教委は、Eが療養休暇を取得し、休職したことで、事実上前件女子生徒と接触できなくなったこともあり、Eに対し、前件問題について、前件女子生徒の接触を禁止する措置をしたにとどまり、他の女子生徒も含めて接触を禁止するなどの適切な指導監督を継続的に行うことができていないのであるから、前件問題後に、Eの上記危険性が解消されたと認めることもできない。これらのことからすれば、本件市教委としては、Eが本件小学校に赴任する際に、Eが女子生徒又は女子児童と二人きりになって性的な行為に及ぶおそれがあることを具体的に予見することができたといわざるを得ない。

3.危険性な教諭は、何もしなければずっと危険なまま?

 裁判所の論理構成を要約すると、

① Eは前にも女子生徒に性的な意味を持つ行為に及んだ危険な教諭である、

② 処分も指導もされていない以上、Eの危険性は解消されず、そのまま残っている、

③ なら、Eを女子児童と二人きりにすれば性的な行為に及ぶことは分かったはず、

というものです。

 一度性的な不祥事をやらかしたような危険人物は、何もしなければまたやらかすという発想に立っているものだと思います。

 本件は現場レベルでEが性的な行為に及ぶ徴表がなかったことから校長の予見可能性は否定されているので、まさに人的な危険性に着目した判示です。

 この判示に触れた時、随分と踏み込んだ判示をするなと思いました。

 法律家は人的な危険性に着目するだとか、前にもやったから今回もまたやったはずだという発想には慎重になるように訓練を受けています。

 例えば、刑法に保安処分という概念があります。これは

「違法な犯罪行為を行った者に対して、その責任に応じてではなく、危険性を根拠として自由剥奪などの不利益な処分を課す」

ことを言います(浅田和茂ほか編『別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 刑法』〔日本評論社、第1版、平24〕28頁)。

 昭和49年に改正刑法草案というものが出されたことがあります。しかし、これは

「保安処分を導入しようとしたことで、過度の人権侵害のおそれがあるとの批判を呼び」

成立しませんでした(前掲文献同頁)。

 また、刑事訴訟では前科から犯人性を推認することを制約しています。

 「人格評価によって誤った事実認定に至るおそれ」

があることから、

「前科調書を被告人と犯人との同一性の証明に用いる場合は、前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、それが起訴に至る犯罪事実と相当程度類似することから、それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであるとき」

に限定されると理解されています(三井誠ほか編『別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 刑事訴訟法』〔日本評論社、第3版、平30〕508頁参照)。

 刑事と民事とでは全然世界が違うと言ってしまえばそれまでなのですが、前の不祥事や人の持つ危険性にここまで焦点を当てた判示をしたのは印象的でした。

4.性的な不祥事を起こした従業員に対しては危険性を解消する措置が必要?

 この事件では、E教諭を任用していた市に、被害児童に慰謝料として200万円を支払うべき義務があるとされました。

 E教諭が示談金として300万円を支払っていたことから、既に損害の填補が図られているとして、結果として市への請求は棄却されましたが、直接の加害者に資力がなければ、市は高額の賠償金を支払わなければならなかったところです。

 名古屋地裁岡崎支部が行ったような判示が、企業でのセクシュアル・ハラスメント一般に波及するようなことになると、かなりインパクトは大きいのではないかと思います。不祥事が発覚した時点で、適正な処分や指導をしていなければ、危険人物であることを分かっていながら放置したとして、同じような不祥事が起きた時に、容易に予見可能性を肯定され、損害賠償義務を負わされるリスクがあるからです。

 性的な不祥事を起こした方に対して、どのようなことをすれば危険性が解消したと認められるのかは難しい問題ですが、今後、企業や自治体は、リスク管理上、このような課題にも取り組んで行く必要があるのかも知れません。