弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

育児を困難にする配置転換について

1.育児を困難にする配置転換

 ネット上に、

「『育休パタハラ』を生み出すのは日本企業の転勤制度」

との記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190604-00010007-newsweek-int&p=1

 記事は、

「改めて決意 夫日系一部上場企業で育休とったら明けて2日で関西に転勤内示、私の復職まで2週間、2歳と0歳は4月に転園入園できたばかり、新居に引越して10日後のこと。いろいろかけ合い、有給も取らせてもらえず、結局昨日で退職、夫は今日から専業主夫になりました。私産後4か月で家族4人を支えます」

とのツイートを引用し、転勤制度の問題点を論じています。

2.配置転換も何でもありというわけではない(行政解釈)

 職場でのキャリアを維持しながら、2歳と0歳の子どもを一人で育てるというのは、非常に難しいことだと思います。

 転勤の内示を受けたことに対し、この家庭では夫が退職するという形で折り合いをつけざるを得なかったのだと思います。

 配置転換は一般に企業側に広範な裁量が認められています。そのため、配置転換が違法とされる場面は限定的です。

 しかし、配置転換であれば何でもありかといえば、そういうわけでもありません。

 例えば、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「法」といいます)10条は、

「事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」

と規定しています。

 そして、

「子の養育又は家族介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針(平成 21 年厚生労働省告示第 509号)」

は、

「不利益な配置の変更を行うこと」

を法10条の「不利益な取り扱い」として位置付け、

「配置の変更前後の賃金その他の労働条件、通勤事情、当人の将来に及ぼす影響等諸般の事情について総合的に比較考量の上、判断すべきものであるが、例えば、通常の人事異動のルールからは十分に説明できない職務又は就業の場所の変更を行うことにより、当該労働者に相当程度経済的又は精神的な不利益を生じさせることは、・・・『不利益な配置の変更を行うこと』に該当する

との解釈を示しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000130583.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000135071.pdf

 嫌がらせによる配置転換の中には、通常の人事異動のルールから逸脱して行われるものが相当数含まれています。

 育児休業を取得したことと配置転換との因果関係の立証の問題は残りますが、記事の件も、社内の先例との関係で、通常の人事異動のルールから逸脱したものである場合、相当程度の精神的不利益を生じさせることは明らかであることから、賃金減額等の法律関係を変動させるような分かりやすいペナルティがなかったとしても、配置転換の適法性を争える余地が生じてきます。

3.参考裁判例(司法判断)

 記事のような配置転換の有効性を判断するにあたり参考になる判例として、最三小判平12.1.28労働判例774-7ケンウッド事件があります。

 この事件では、従業員数約2000人規模の会社の東京都目黒区所在の技術開発部企画室に勤務する女性従業員(上告人)に対して行われた八王子市所在の事業所への転勤命令の有効性が問題になりました。

 上告人となった女性従業員は、夫と3歳になる長男と3人で品川区で生活していました。企画室までの通勤時間は少なくとも約50分で、港区に職場のある夫と協力して保育園への送迎を行っていました。

 判決文には、

「上告人夫妻は、平日は長男を保育園に預けていたところ、それぞれの出退勤の時刻と保育時間との関係上、長男の保育園までの送迎については、水曜日は上告人が送り、パート勤務の保母に月一万円で迎えと夕食を含む午後八時までの自宅保育を依頼し、その他の曜日は夫が送り、上告人のかつての同僚に月一万円で迎えと午後六時五〇分までの自宅保育を依頼していた。」

と書かれています。

 また、転勤命令に応じて

「八王子事業所に通勤するには、最短経路で、行きが約一時間四三分、帰りが約一時間四五分を要する。そのため、長男の水曜日における保育園への送り及びその他の曜日における午後六時五〇分から午後七時三五分ころまでの保育に支障が生ずる。」

とされています。

 この事案で、裁判所は、

「本件異動命令には業務上の必要性があり、これが不当な動機・目的をもってされたものとはいえない。また、これによって上告人が負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。したがって、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、本件異動命令が権利の濫用に当たるとはいえないと解するのが相当である。」

と判示しました。

 労働者敗訴・配転命令有効という結論ではありますが、注目すべきは、都内という比較的近距離の配置転換においても、労働者が負うことになる不利益について「必ずしも小さくはない」という判示がなされている部分です。

 裁判所は決して配置転換によって受ける育児上の負担を軽視しているわけではありません。

 また、この判決には、元原利文裁判官の補足意見が付されていてます。

 補足意見は、

「本件事実関係の下においては、上告人が転居のみちを選ぶことも客観的状況からみて十分にあり得る選択肢と考えられるところであって、そのみちを選ぶならば、上告人の従前の住居が借家であること、転居先も同じ東京都内であること、夫の通勤時間の延長も比較的短く抑えることが可能であること、転居先で長男の保育先を確保することはさほど困難であるとはいえないことなどを指摘することができる。したがって、上告人ないしその家族の負わされる不利益は、決して小さくないものの、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえないと判断されるのである。」

と述べています。

 この事件で配転命令が有効とされたのは、夫婦双方が仕事を辞めなくても、移動先が都内に留まっていて、転居という方法によって対処可能だったからであるという見方もできます。

 配置転換命令の適法性・効力を争う類型の訴訟は、それほど簡単に勝てるわけではなく見通しについて軽々なことは言えません。記事の事案は幾つかのサイトで取り上げられていましたが、配転命令を違法だとする見解は少数派であるように思われます。

 しかし、私は記事にあるような事件を、最初から白旗を挙げなければならない事件・勝てる見込みがない類の事件だとは考えていません。

 記事に書かれているように、転居ではどうにもならない事案である場合、不利益性の観点から配置転換命令の適法性・効力を争うことは十分に考えられると思います。

4.時代は変わりつつある

 法26条は、

「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」

と規定しています。

 ケンウッド事件の判決が出された当時よりも、育児に対する意識は確実に高まっています。

 企業や社会に一石を投じるため、声を挙げたいという方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。