1.自殺をめぐる損害賠償請求事件
業務に伴うする心理的負荷が原因となって自殺に至る場合、業務と死亡結果との間に相当因果関係があるといえるためには、精神障害を発症していることが必要になります。
なぜなら、伝統的に自殺は故意行為に該当すると理解されてきたからです。
労働者災害補償保険法12条の2の2第1項は、
「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となつた事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」
と規定しています。自殺は、故意に死亡事故を生じさせることに他ならないため、法文を形式的に解釈すれば、保険給付の対象とならない(業務起因性があるとは認められない)ことになります。
業務起因性とは相当因果関係と(ほぼ)同義だと理解されている関係で、こうしたルールは労災民訴(労災事故を原因とする損害賠償請求事件)における相当因果関係の考え方にも影響を与えていました。
しかし、平成11年9月14日 基発第545号「精神障害による自殺の取扱いについて」が、
「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」
との解釈を示したことにより、現在では、
業務上の負荷⇒精神障害の発症⇒自殺
というルートが辿られている場合には、業務と自殺結果との間に相当因果関係が認められると理解されています。裁判例の中には、自殺者に精神疾患の既往歴のない場合であっても、エピソードを集め、鬱病などの精神疾患に罹患していたことを推認し、これを媒介として自殺との相当因果関係を認めているものもありますが、これは上述のような行政解釈を踏まえてのことです。
この「精神障害の発症」との関係で、近時公刊された判例集に、病名を特定しないまま相当因果関係を認めた裁判例が掲載されていました。甲府地判令6.10.22労働判例ジャーナル156-18 甲府市事件です。
2.甲府市事件
本件は、いわゆる労災民訴の事案です。
甲府市職員として勤務していたP4が市役所庁舎から投身自殺したことを受け、その相続人であるP1、P2が、市に対して損害賠償を請求したのが本件です。自殺の原因は、被告が注意義務を尽くさず、P4が長時間勤務を強いられたからだというのが、原告らの主張の骨子です。
本件の特徴は、P4が、生前、医療機関を受診していなかったことにあります。そのため、病名が確定できなかったのですが、裁判所は、被告の注意義務を認めたうえ、次のとおり述べて、自殺との因果関係を認めました。
(裁判所の判断)
「原告P1は、令和2年12月9日、地方公務員災害補償基金山梨県支部長(以下「地公災支部長」という。)に対し、P4を被災職員とする公務災害認定請求を行った(甲1。以下、上記認定請求に対する審査の手続を『本件認定手続』という。)。」
「被告代表者市長は、本件認定手続の過程において、令和3年5月31日、地公災支部長に対し、上記認定請求に対する意見書(以下『本件意見書』という。)を提出した・・・。」
「地方公務員災害補償基金本部専門医は、本件認定手続の過程において、P4は、生前、医療機関を受診しておらず、病名は確定できないが、本件自殺の直前には何らかの精神疾患を発症していたものと考えられる旨の意見を述べた・・・。」
「地公災支部長は、令和4年3月10日、P4の自殺について公務上の災害との認定をした・・・。」
(中略)
「認定事実によれば、地方公務員災害補償基金本部専門医は、本件認定手続において、P4は、生前、医療機関を受診しておらず、病名は確定できないが、本件自殺の直前には何らかの精神疾患を発症していたものと考えられるとの意見を述べていたのであり、係る事実によれば、P4は、遅くとも本件自殺の直前には、何らかの精神疾患を発症していたということができる。」
「また、前記2のとおり、P4は、事務効率課に配属されてから本件自殺までの間、精神的な重圧を伴う業務に、連日、長時間にわたって従事しており、特に、繁忙期である令和元年5月から7月上旬まで及び同年11月中旬から12月末までの時間外勤務時間については、概ね、令和元年5月22日から同年6月20日までは207時間23分、同月21日から同年7月20日までは107時間27分、同年11月18日から同年12月17日までは209時間30分、同月18日から令和2年1月16日までは148時間22分と極めて長時間に及んでいたのであって、係る事実によれば、P4は、業務の過重性を原因として、上記の精神疾患を発症したものというべきであり、上記認定を覆すに足りる証拠はない。」
「よって、P4は、業務の過重性により、何らかの精神疾患を発症し、これにより自殺に至ったということができ、被告の前記義務違反とP4の死亡との間には相当因果関係が認められる。」
「被告は、P4が精神疾患を発症していたとする客観的な証拠はなく、P4は令和2年1月12日に交際の申入れをした女性から返事がもらえなかったことからすれば、被告によるP4の勤務時間の適正把握義務違反と本件自殺との間に因果関係は認められない旨主張するが、上記説示に照らし、被告の主張は採用することができない。」
3.「何らかの精神疾患」で救済が得られた例
媒介となる精神疾患がきちんと特定・認定できていなくても救済が認められた例は、ないわけではありません。例えば、熊本地判令6.2.2労働経済判例速報2551-26 上益城消防組合事件は、精神障害の媒介を明確に指摘しないまま、ハラスメントと自殺との相当因果関係を認定しました。
ハラスメント以外の事案について、精神疾患の特定がないまま、労災(公務災害)認定、損害賠償請求の認容に至っているところは、画期的な判断ではないかと思います。
本件は精神科の既往歴のない方の自殺事案において、遺族の救済を図って行くにあたり、実務上参考になります。