弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

提訴記者会見に厳しい時代の到来か

1.提訴記者会見での言動が労働者の地位を脅かす

 昨年の11月、マタハラがテーマになった事案で、社会的な耳目を集めた判決が言い渡されました。東京高判令元.11.28労働判例1215-5 ジャパンビジネスラボ事件です。

 この判決には重要な判示事項が幾つもありますが、その中の一つに提訴記者会見ほかマスコミとの接触状況の評価があります。判決は、

「一審原告は、労働局に相談し、労働組合に加入して交渉し、労働委員会にあっせん申請をしても、自己の要求が容れられないことから、広く社会に報道されることを期待して、マスコミ関係者らに対し、一審被告の対応等について客観的事実とは異なる事実を伝え、録音したデータを提供することによって、社会に対して一審被告が育児休業明けの労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言わざるを得ない。」

と原告のマスコミとの関わり方を問題視し、これを雇止めの客観的合理性・社会通念上の相当性を基礎付ける理由の一つとして評価しました。

 また、

「報道機関に対する記者会見は、弁論主義が適用される民事訴訟手続における主張、立証とは異なり、一方的に報道機関に情報を提供するものであり、相手方の反論の機会も保障されているわけではないから、記者会見における発言によって摘示した事実が、訴訟の相手方の社会的評価を低下させるものであった場合には、名誉毀損、信用毀損の不法行為が成立する余地がある。」

との一般論を示したうえ、一審原告の方の記者会見における発言に違法性を認め、会社側から労働者側に対する損害賠償請求(名誉・信用の毀損)を認めました。

 この判決が公表された時、労働者側の提訴記者会見での言動に対し、厳しい判断がなされたと話題になりました。

 ジャパンビジネスラボ事件控訴審判決以降も提訴記者会見に対する裁判所の消極的な見方が続くのかと注視していたところ、近時公刊された判例集に、提訴記者会見での言動を解雇事由の一つとして位置付けた裁判例が掲載されていました。

 東京地判令2.4.3労働判例ジャーナル103-84三菱UFJモルガン・スタンレー証券事件です。

2.三菱UFJモルガンスタンレー証券事件

 本件は国内外に顧客を有する証券会社に雇われていた原告男性が、育児休業取得の妨害、育児休業取得を理由とする不利益取扱いをされたとして、勤務先に対し、不法行為による損害賠償などを請求した事件です。

 原告の方は、上記損害賠償請求のほか、育児休業後になされた休職命令(本件休職命令)の効力を争い、休職期間中の賃金も請求しました。

 事件の経過としては本訴提起よりも前に、本件休職命令が違法無効であるとした雇用契約上の地位保全等を求める仮処分(本件仮処分)の申立が先行しています。

 本件仮処分の申立以降、原告の方は、記者会見を行うとともに、複数のメディアからの取材を受けました。こうしたマスコミとのやりとりの中での言動が一因となって、原告の方は普通解雇されてしまいます。本訴では解雇の無効を理由とした地位確認も併合して請求されました。

 この事案で原告が行った記者会見等に対し、裁判所は次のとおり述べて、解雇の有効性を基礎付ける理由の一つとして評価しました。結論としても、解雇の有効性を認めています。

(裁判所の判断)

「原告は、平成29年11月2日、同月17日、別紙3の『場所・掲載元』欄の場所、媒体において、被告の会社名を摘示した上、母子手帳が提出できないから育児休業申請が却下された、子が早く産まれて医師から今すぐ来なければならないと伝えられた旨を被告のマネジメント及び人事に伝えると『行くな』と言われ、子が死にかけているさなか無意味なスプレッドシートの作業を2日間続けた後耐えられない旨を再度伝え休暇の許可のないまま子に会いに行った、子が産まれてから数か月後に育児休業が与えられたがそれ以前は単に被告を欠勤したことになっている、育児休業から戻ると上司から呼び出されて『これがお前の新しい仕事だ』と言われそれはただ隅に座って小銭を数えているような仕事であった、子ができたので休みをとりたいとマネジメントに伝えると被告の多くは原告に見向きもしなくなり原告を脇に追いやり、隔離して差別を受けたなどといった事実を適示した。特に、平成29年11月17日配信の対談動画についてはインターネット上にアップロードされたもので繰り返し世界中の人が視聴できるものであった。」

「また、平成29年11月2日以降、別紙3の『場所・掲載元』欄の場所にて原告のインタビュー記事が掲載されたところ、記事では、被告の会社名が摘示され、被告は原告が母子手帳を有していないという理由により育児休業を拒否した、原告が育児休業から復帰したとき被告は原告の職務を低賃金の単純作業に変えた、原告は子が産まれてすぐにネパールに出国しようと上司にかけあったがそれも叶わず許可なしで行きますと宣言した、育児休業から復帰すると育児休業前に従事していた仕事から外されハラスメントが激しくなった、上司から『お前はもう子供がいるから基本的には仕事ができないだろう。』と言われた、育児休業復帰後利益を生まないしこれからもそうならないであろう顧客を担当するつまらない仕事に配置換えされた、原告による育児休業申請を被告は何度も拒否した、被告は育児休業復帰後に原告を会議、採用面接及び海外出張から外した、被告では子を持つことは会社に裏切り行為とみられていた、原告が育児休業から復帰すると海外出張が完全になしになるなど窓際族にさせられた、被告で働く女性は結婚や妊娠をしたらハラスメントを受けるのは当然であったなどといった事実が摘示されていた。」

「そして、上記で認定、説示したとおり、原告は、母子手帳がないことを理由に育児休業申請を拒否されたことはなく、育児休業前に担当していた顧客を育児休業後も引き続き担当していたにすぎないし、また、育児休業後に業務を取り上げられるなど育児休業の取得を理由とした不利益な取扱いを受けたとは認められない。加えて、前記認定事実・・・のとおり、原告が子の出生を理由に出国したい旨P3に述べたときも、P3は即座に原告が休暇に入れるよう対応している。確かに、P3は原告にスプレッドシートの情報にアップデートがあればそれを反映しておくよう指示しているが・・・、スプレッドシートは原告の休暇ないし休業中、原告の担当顧客を機関投資家営業部の他の部員がフォローするに当たり最低限必要なものであり、原告もP3からの指示を受け、平成27年10月28日早朝には作成を終了している・・・。さらに、原告以外の被告で働く女性が結婚や妊娠をしたらハラスメントを受けていたとする点については真実であると認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告が摘示した事実及び記事に摘示された事実はいずれも真実であるとは認められない。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、原告は、被告から、原告の発言が被告の信用及び名誉を傷つけ被告の利益を害する行為として戦略職就業規程に反する可能性があり、今後厳に慎むようにとの警告を受けていたにもかかわらず、これを無視し、国内外の記者から多数回取材を受け、ユーチューブに対談動画を配信し、さらには記事のリンク先を被告の親会社の広報アカウントの投稿のコメント欄に繰り返し貼り付けたり、記事及び対談動画のリンク先を自らのツィッターを利用して拡散したりするなどの方法で、被告の育児休業を巡る対応について客観的事実とは異なる事実を広く不特定多数人に伝え、被告は労働者に子ができるとハラスメントをする企業であるとの客観的事実とは異なる印象を与えようとしたものといえる・・・。

これらは、被告の信用を傷つけ又は被告の利益を損なうような行為があった場合(戦略職就業規程70条2号)に当たり、その違反の程度も軽いものではないといわざるを得ない。

「以上に対し、原告は、記事に引用された発言は原告の発言そのものではないから、記者の書いた記事をもって解雇理由とすることはできない旨主張するが、原告がインタビューに応じた趣旨が、被告は労働者に子ができるとハラスメントをする企業であることを広く社会に喧伝しようとしたものであることは前記のとおりであり、自己のその趣旨の発言が記事として掲載されることを認識し期待していたことはもとより、自己の発言がそのような趣旨で掲載されることを容易に予見することができたといえる。そして、原告は記事に掲載されている内容が原告の発言と異なる内容である旨の主張はしておらず、記事に掲載されている内容が原告の発言と異なる内容であると認めるに足りる証拠もない。

「したがって、上記原告の主張は失当であって採用することができない。」

原告は、本件のような労使紛争において社内的な解決を図ることができない場合に、裁判所を通じた法的措置をとり、その際に世論の喚起及び支援を求めて記者会見をし、取材を通して自らが訴訟において主張する事実関係を述べることは一般的に行われており、このような行為は表現の自由として憲法上保障されているから原告の前記各発言を原告の不利益に考慮することは許されない旨主張する。

原告が記者会見をして自らが訴訟において主張する事実関係を述べること自体は表現の自由によって保障されるものであることはもとよりであるが、表現の自由も他人の名誉権や信用など法律上保護すべき権利・利益との間で調整的な文脈での内在的制約に服さざるをえないというべきであって、記者会見における表現行為であるとの一事をもって、その内容がどのようなものであっても対第三者との間において許容されるべきことにはならないというべきである。かような観点からすれば、訴訟追行に必然的なものではない記者会見を通して広く不特定多数の人に向けて情報発信をした事実が客観的真実に反する事実により占められ、被告の名誉や信用等を侵害する場合、これを解雇理由として考慮することが許されないと解することはできない。

「したがって、上記原告の主張は失当であり採用することができない。」

3.提訴会見等には細心の注意が求められる

 裁判所は、記者会見による情報発信が、客観的真実に反していて、会社の名誉・信用等を毀損する場合に、これを解雇理由として考慮することを認めました。

 また、記事は記者の判断で書かれたものなのだから、それを理由に原告を解雇することはできないはずだとの理屈も受け入れませんでした。

 提訴記者会見は社会的な意義があることは確かですが、訴訟戦略的には慎重に考える必要があるのだと思います。事件の初期段階では何が真実なのかが鮮明に分からないことが多いうえ、記者による報道内容をコントロールすることは困難だからです。

 提訴記者会見に対する消極的な評価が固まったとまではいえないと思われますが、ジャパンビジネスラボ控訴審事件以降、裁判所の提訴記者会見に対する視線が決して暖かなものではないことを、労働者側は留意しておく必要があるように思われます。