1.パワーハラスメントの六類型の一つ-「過大な要求」
令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号
「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」
はパワハラを六個の類型に整理しています。
具体的に言うと、
身体的な攻撃、
精神的な攻撃、
人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、
過大な要求、
過小な要求、
個の侵害、
の六類型です。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
このうち「過大な要求」と聞いて、皆さんはどのようなハラスメントを思い浮かべるでしょうか。おそらく、到底達成できないような過大なノルマを課し、それを達成できなかったことについて辛く当たるような場面を想像する方が多いのではないかと思います。
もちろん、そのような場面も「過大な要求」には該当します。しかし、「過大な要求」は、そうしたノルマ未達型だけをカバーしているわけではありません。
「業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。」
もまた「過大な要求」に該当する一場面とされています。
それでは、この、
「業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。」
とは具体的にどのようなハラスメントを指すのでしょうか?
近時公刊された判例集に、私的雑用型のハラスメントが問題になった事例が掲載されていました。昨日もご紹介した、宇都宮地判令2.5.14労働判例ジャーナル103-82スタッフブレーン・テクノブレーン事件です。
2.スタッフブレーン・テクノブレーン事件
本件で被告になったのは、スタッフブレーン、テクノブレーン、その両者の代表取締役を兼任していたfです。
被告スタッフブレーンは一般労働者派遣事業等を目的とする株式会社で、被告テクノブレーンは契約社員の派遣の請負等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告スタッフブレーンや被告テクノブレーンで働いていた方です(原告a~e)。被告fから必要のない始末書を書かされたり、暴言や暴力を受けたりしたことが、職場環境の整備・配慮・改善義務等への違反であると主張して、被告らに損害賠償を請求する訴えを提起しました。
そして、原告らが問題にしたハラスメントの一つに、
「被告fの自宅庭の草刈りや草むしり」
をさせられたことがありました。
被告fは草むしりをプライベートとして行ってもらっていたと供述しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、草むしり等をさせたことについての違法性を認めました。
(裁判所の判断)
「従業員が、雇用先の代表取締役の個人宅庭の草むしり等をすることに業務との関連性は認められず、通常、任意で行うものとは考え難いから、当該行為は原則として従業員の意思に反して使用者がさせた違法な行為であると考えられる。」
「被告fは、完全にプライベートとして行ってもらっていたとの認識を持っていること・・・を供述し、また、一度目の草むしり等の際には、その後、食事をふるまうなどしたと主張するが、被告fは、その前の金曜日までに原告a及び原告cが報告すべきことを懈怠しており、休日は、被告fが自宅の草むしりをすると同人らに伝えたところ、章むしりをすることになったという経緯を供述しており・・・、被告fが供述する経緯を前提にしても、原告a及び原告cの報告懈怠を原因として草むしり等をするよう事実上指示したものと評価せざるを得ないから、被告fが、自宅の草むしり等を原告a及び原告cにさせた行為は、違法であると認められる。」
3.案外、私的雑用型のハラスメントの認定は緩い?
裁判所の判断で興味深く思ったのは、
「業務との関連性は認められず、通常、任意で行うものとは考え難いから、」
という理由付けです。
指針において、私的雑用型のハラスメントは、
「労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。」
と記述されています。行政解釈と司法判断は異なるとはいえ、私的雑用型の行為が違法性を有するといえるためには、業務関連性の不存在のほか、何らかの形での強制性を立証する必要があるのではないかと思っていました。しかし、この裁判例は、
「業務との関連性は認められず、通常、任意で行うものとは考え難いから、」
と業務関連性の不存在から強制性が事実上推定されるかのような判示をしています。
業務関連性の不存在さえ主張・立証できれば、使用者側で強制性を妨げる事実を主張・立証できない限り、違法性が認定されるとすれば、私的雑用型のハラスメントの労働者側の立証は、かなり楽になるのではないかと思います。
従業員が代表者の私生活の世話をさせられているのは、法律相談や事件処理の中で一定頻度で目にしています。こうした事案について、強制性を根拠付ける事実が多少弱かったとしても、業務関連性の不存在さえ主張・立証できれば、損害賠償請求に繋げることができるかも知れません。
このような観点からも、本裁判例は意義のある判示をしているように思われます。