弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

他の従業員とは異なる差別的態度をとること(「指示はまたメールでします」と述べたこと)がパワーハラスメントに該当し得るとされた例

1.人間関係からの切り離し(無視類型)

 職場におけるパワーハラスメントの代表的な類型の一つに、

「人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)」

があります。

 これには、

「自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。」

「 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。」

などが該当すると理解されています(令和2年厚生労働省告示第5号『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』参照)。

 この「人間関係からの切り離し」に含まれる無視類型は、法律相談レベルでは比較的よく見聞きします。

 しかし、実際に事件化することは、それほど多いわけではありません。なぜなら、立証が非常に難しいからです。

 殴る・蹴るのような身体的な攻撃は診断書等によって立証することができます。暴言などの精神的な攻撃も録音等によって証拠化を図ることができます。しかし、来るべき反応が返ってきていないという無視類型は、証拠化が必ずしも容易ではありません。大人社会の中での出来事であり、無視とはいっても完全に空気のように扱われているケースがほとんどなく、大抵の場合、最低限の反応が返ってきていることも、立証のハードルを高めます。

 こうした状況の中、無視類型のパワーハラスメントが認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、京都地判令6.2.27労働判例ジャーナル148-22 任天堂事件です。

2.任天堂事件

 本件で被告になったのは、ゲーム等のコンテンツの制作、製造、販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、派遣会社に雇用され、紹介予定派遣として被告会社の人事部で就労していた保健師の方2名です(原告P1、P3)。

 派遣期間満了後、被告会社が原告らを雇用しなかったことを受け、原告らは、労働契約の成立を理由とする地位確認や、被告会社の産業医であるP5からパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 ハラスメントとの関係で原告らが問題視した行為は多岐に及びますが、本件の特徴は、無視類型の主張が一部認められているところにあります。

 裁判所の判断は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「原告らは、内々定健診以降、被告P5が原告らに対する態度を悪化させ、無視等を行ったと主張する。」

「ア 原告P3は、平成30年6月18日、被告P5に対し、内々定健診の際の出来事に関して謝罪したところ、被告P5は顔をパソコンに向けたまま、その話は後で聞くからいいと言った・・・。被告P5の言動は、コミュニケーションの取り方として不適切とはいえるものの、このことのみから直ちにパワーハラスメントに当たるとはいえない。」

「イ 被告P5は、平成30年6月18日、原告P1が大阪北部地震のため休む旨を電話連絡した際に、相槌を打つことなく、『わかりました。』とのみ言って会話を打ち切った・・・。被告P5の言動は、ぶっきらぼうではあるものの、このことのみから直ちにパワーハラスメントに当たるとはいえない。」

ウ 被告P5は、平成30年6月19日、原告らが昼休みに健康相談室に赴き、午後1時からのオリエンテーションについて話し掛けると、原告らの問い掛けを無視して相談室のドアを閉めた・・・。被告P5の言動は、業務上必要性のあるオリエンテーションに関する原告らの相談に何の理由も述べずに応じないというものであり、不当な目的で行われた業務上必要のない言動であり、パワーハラスメントに該当し得る。

「エ 被告P5は、平成30年6月19日夕方、原告P1の『遅くなりすみません。』との声掛けを無視した・・・。このような被告P5の言動は、不適切ではあるものの、このことのみから直ちにパワーハラスメントに当たるとはいえない。なお、被告P5は、持病の突発性難聴があり、声掛けに気付かなかった可能性があると主張するが、コミュニケーションに支障を来す可能性のある持病であれば、連携が必要な保健師である原告らと情報を共有しておくのが自然であること、診断書等による裏付けもないことなどを踏まえると信用できない。」

「オ 被告P5は、平成30年6月26日の朝、原告P1が挨拶するために健康相談室の扉を開けると、電話がかかってくることを理由に扉を閉めた・・・。健康相談室の保健師と産業医の部屋の間の扉は、来室者との相談時やプライベートな電話の際には閉めていたこと・・・を踏まえると、電話がかかってくることを理由としている被告P5の言動には、業務上の必要性が認められ、このことのみから直ちにパワーハラスメントに当たるとはいえない。」

「カ 被告P5は、平成30年6月26日の昼休みに、原告P1の昼食を買いに行く旨の声掛けをパソコンに向かったまま無視した・・・。このような被告P5の言動は、不適切ではあるものの、このことのみから直ちにパワーハラスメントに当たるとはいえない。」

キ 被告P5は、平成30年8月11日から同年9月11日までの間、心筋梗塞のため入院しており、退院した際に、他の従業員には、『ご迷惑をおかけしました。』などと挨拶していたにもかかわらず、原告らには、『指示はまたメールでします。』とのみ述べたことがあった・・・。被告P5の言動は、他の従業員に対するものとは明らかに異なり、原告らとはコミュニケーションを取ることを望まないという態度を示すものであり、そこには不当な目的があるものと推認され、パワーハラスメントに該当し得る。

「以上の検討を前提に、被告P5の行為が不法行為に該当するか検討する。

「職場における優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境を害し、肉体的・精神的苦痛を与えた場合には、当該言動は、当該労働者に対する不法行為に該当するパワーハラスメントであると認められる。」

(中略)

「原告らの主張する無視等について、原告らは、被告P5の各行為では違法であるとはいえなくても、継続した一連の行為として扱うことで違法となる一体的行為として扱うべきであると主張する。この点、上記・・・のうち、単に不適切な行為に当たるア、イ、エ及びカ並びに業務上の必要性が否定できないオを除き、その余のウ及びキにつき、被告P5の言動は、原告らとの接触を避けようとする不当な目的の下に、業務上の必要性の乏しい差別的な対応をとるものであって、一連のものとして扱うのが相当であり、これらの行為によって、原告らの就業環境が害され、精神的苦痛を与えたものと認められるから、不法行為に該当するといえる。

したがって、被告P5の行為のうち、定例ミーティングの中止及び廃止、業務上必要のある声掛けへの無視並びに被告P5の退院後に、原告らに対してのみ他の従業員と比べて差別的な対応をとった点については、不法行為であると認められる。

3.他の従業員と態度を変えることがハラスメントに該当し得る

 無視類型が珍しいということもさることながら、本件で特に興味を惹かれたのは、

「『指示はまたメールでします。』とのみ述べたことがあった」

との事実がハラスメント(不法行為)に該当すると判示されている部分です。

 これは単体で事実を取り出した場合、先ず、ハラスメント(精神的な攻撃)に該当することはありません。

 しかし、他の従業員に対する態度と違うとして、無視類型のハラスメントには該当すると判示されました。

 どうやって立証するのかという問題はあるにせよ、あからさまに暴言といえないような言動でも、他の従業員と比較して差別的な態度であれば無視類型のハラスメントに該当するとされたのは、画期的な判断ではないかと思います。

 本裁判例は、無視類型のハラスメント事件の主張の切り口を考えるにあたり、実務上参考になります。