1.慣らし出勤中の事故
休職中の労働者が慣らし出勤やリハビリ勤務を行うことは、労働契約上の債務の本旨に従った労務提供とはいえないため、原則として賃金の支給を受けることはできません。
しかし、慣らし出勤やリハビリ勤務は、復職するために必要なプロセスだからやっているのであり、業務としての側面も有しているはずです。
それでは、慣らし出勤、あるいは、リハビリ勤務のための出勤中に何らかの事故で負傷した場合、それは業務命令の遂行中に生じた業務上の負傷と言うことはできないのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.12.18労働判例ジャーナル148-40 大阪府・大阪府警察本部長事件です。
2.大阪府・大阪府警察本部長事件
本件で原告になったのは、大阪府茨木警察署で警察官として勤務していた方です。
交通事故(公務外)に遭って分限休職処分を受けていた時に、自宅から電車を用いて警察署への通勤試行(本件通勤試行)をしている時に電車内で他の乗客とぶつかり、全身に強い痛みを感じました。
これが業務上の災害に該当するとして、後に行われた分限免職処分の取消を求めて提訴したのが本件です。業務上の災害に該当することが免職処分の効力を否定する根拠になるのは、労働基準法19条1項本文が、
「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。」
と定めているからです。警察職員の場合、警視正以上の階級にある場合、国家公務員法が適用されますが、それ以外の場合、地方公務員法が適用されます(警察法56条)。地方公務員法は労働基準法19条1項を適用除外にしていないため、労働基準法19条が適用されるという算段です。
本件では、本件通勤試行の業務性が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、P5課長代理による通勤試行の指示が業務命令に当たり、これを受けた本件通勤試行によって原告の症状が増悪したことに照らすと、本件通勤試行日以降の原告の負傷は業務上の負傷に当たる旨主張する。そこで、以下では、〔1〕原告の症状の増悪が新たな負傷に当たるか、〔2〕これが業務上の負傷に当たるかについて順次検討する。」
・原告の症状の増悪が新たな負傷に当たるかについて
「本件通勤試行後の原告の症状は頚~頭の痛みや両母指のしびれであり・・・、これはその程度の差こそあれ、本件通勤試行前から生じていた症状と同じである・・・。P6医師は、本件通勤試行後に、従前の症状の増悪であるとの判断から、原告についてMRI検査等の精密検査を実施せずに、頚髄中心性損傷の急性増悪と診断している・・・。」
「これらの事情に照らすと、本件通勤試行後の原告の症状は、頚髄中心性損傷の急性増悪であって、新たな傷病と認めることはできない。」
・業務上の負傷に当たるかについて
「本件全証拠及び弁論の全趣旨を総合しても、P5課長代理が、原告に対し、業務上の命令であることを明示して、茨木警察署への通勤を試行するよう求めた事実は認めることができない。」
「なお、原告は、P5課長代理が通勤訓練という表現を用いたことによって命令と受け取ったと供述する・・・が、原告は、平成29年6月13日まで分限休職処分を受けていたから、同年5月18日時点において、P5課長代理が原告に対して業務を命じることはできないのであり、通勤訓練という表現を用いていたとしても、直ちに業務上の命令と認められるわけではない。そして、大阪府警察本部が、心の健康問題により長期間病気休暇を取得し、又は休職している職員に対して、ならし出勤を実施する際、ならし出勤が勤務には該当しないと定めていること・・・は、本件通勤試行の指示が業務命令に当たらないことと整合するものである。」
「そうすると、P5課長代理が原告に対して電車による通勤試行を指示したとしても、これは業務命令に当たらず、原告の頚髄中心性損傷(急性増悪)は業務上の負傷に当たるとはいえない。」
「したがって、本件には労基法19条1項は適用されないというべきである。」
・労基法19条1項の準用について
「原告は、P5課長代理の原告に対する電車通勤の試行指示が業務命令に当たらないとしても、その業務との密接な関係に照らせば、労基法19条1項を準用すべき旨を主張する。」
「しかしながら,同条に違反して、使用者が労働者を解雇した場合には刑事罰にも問われる(同法119条1号参照)ことからすると、同法19条1項の解釈は厳格にされる必要がある。そして、一般に同条項の『業務上負傷』には「通勤災害による負傷」は含まれないと解されていることをも踏まえると、使用者が労働者に対し、復職の可否を検討するにあたり、労働者に通勤を試行するよう指示し、労働者がその指示に従って通勤の試行をした際に生じた負傷につき、同項を準用することは相当ということはできない。」
「また、原告の症状の増悪が新たな負傷と認められないことは前記・・・で説示したとおりである。」
「したがって、原告の上記主張は採用することができない。」
3.通勤試行は業務にはあたらない
上述のとおり、裁判所は通勤試行の業務性を否定しました。
休職中の慣らし出勤やリハビリ勤務のための出勤にあたっての通の業務性の有無を判断した裁判例として、実務上参考になります。