弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部下に有用性のない始末書を作成・提出させることは違法

1.大量の始末書

 労働者からの法律相談を受けていると、やたら大量の始末書を作らされている例を目にすることがあります。

 個人的な経験の範囲から、その理由を類型化すると、

① 解雇するための布石として、指導実績を積み重ねている場合、

② 単純に嫌がらせとして行っている場合、

③ 権力を誇示することに酔ってしまっている場合、

の三通りが考えられるように思われます。

 始末書の作成指示は、大体、軽微な非違行為に仮託して行われます。こういう軽微な非違行為について逐一指摘を受け、始末書の作成を繰り返させられることには、かなりの苦痛を伴います。手書きで始末書を作って来るようにと言われた時には猶更です。

 こうした始末書の作成要求に対し、何らかのクレームが付けられないかと思っていたところ、近時公刊された判例集に、始末書を作成させることを損害賠償請求の対象となる違法な行為であると評価した裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令2.5.14労働判例ジャーナル103-82スタッフブレーン・テクノブレーン事件です。

2.スタッフブレーン・テクノブレーン事件

 本件で被告になったのは、スタッフブレーン、テクノブレーン、その両者の代表取締役を兼任していたfです。

 被告スタッフブレーンは一般労働者派遣事業等を目的とする株式会社で、被告テクノブレーンは契約社員の派遣の請負等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告スタッフブレーンや被告テクノブレーンで働いていた方です(原告a~e)。被告fから必要のない始末書を書かされたり、暴言や暴力を受けたりしたことが、職場環境の整備・配慮・改善義務等への違反であると主張して、被告らに損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、始末書を作成させたことに違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「書証として提出された始末書等によれば、始末書等により報告・反省等が記載されている内容は、

〔1〕職務上の目標計画を実現できなかったこと、

〔2〕人材派遣先において、派遣した社員が勤怠不良等により、就業不適格者と判断されたこと、

〔3〕被告会社らに在籍する社員の総数の把握ができていなかったこと、

〔4〕毎日午前9時と午後9時に被告fに業務について報告するよう求めたこと(以下『9時9時報告』という。)を懈怠又は遅延して実施したこと、

〔5〕従前において、人材派遣先であった会社が、被告会社らに対し人材派遣の依頼をしなくなったことや、それについて被告会社らに虚偽の報告をしたこと、

〔6〕派遣する従業員の労働条件明示書の手配を失念ないし遅延したこと、

〔7〕業務のために給油したガソリンを用い、私的目的で運転したこと、

〔8〕従業員に対して支払うべき金員を払わず、その支払証明書を偽造したこと及び

〔9〕道路交通法上の自動車の運転速度制限の規定に違反し、免許停止処分となったこと

等であることが認められる・・・。」

原告らは、始末書等の記載内容につき、被告fに虚偽の事実を記載させられたことはない・・・。

被告fは、平成24年頃から、手書きの方が気持ちが伝わる等と従業員に述べて始末書等を提出させており、被告fが休日出勤した際に、従業員から被告fに対して提出されることもあり、その際、休日に提出することを禁止しなかった・・・。」

「始末書等の作成等が始まった当初は、始末書等の作成等により従業員が反省していたものの、途中からは形骸化していた・・・」。

「被告fの認識では、業務目標を達成できなかった際にまで作成等を求めた記憶はないため、そのような内容の始末書が提出されている理由は不明であり、そのような目的の始末書等の作成等は不要である(被告f本人)。」

雇用主には、従業員に対する指導監督権があるから、従業員に対し、始末書等を作成・提出させる行為が、直ちに違法性を帯びるものとは認められない。

しかし、始末書等の作成等には、その内容・分量によって、当該業務への有用性や従業員の身体的・精神的な負担が異なりうるものであるから、雇用主が、従業員に対して始末書等を作成等させる行為が、それによって生じる業務への有用性や労働者に対する不利益等を総合考慮し、社会通念上相当でないと認められるときには、違法となるというべきである。

「本件においては、上記認定事実エのとおり、被告fが原告らに対し暗に手書きを推奨するような発言をしたこと、証人jは、被告スタッフブレーンにおいて、被告fが従業員に対して始末書等を作成等するよう指示するのを聞いていること、休日においても、被告fは、従業員から作成等された始末書等を受領していること、原告らにおいて、自発的に始末書等を作成する合理的な理由がないことから、被告fは、原告らに始末書等の作成等を指示していたものと認められる。」

「そして、被告fが原告らに提出させた始末書等の記載内容のうち、上記認定事実イ〔3〕、同〔5〕のうち虚偽報告をしたとする部分及び〔7〕ないし〔9〕については、原告らにおいて回避又は改善できる点であるから、その作成を命じることは目的において相当といえるが、同〔1〕については、被告f自身がその作成の必要性がないことを認めており、その余の記載内容についても、原告らのみでは改善・対応できるものではなく、それを複数回にわたって始末書等として作成等をさせることには、被告fや証人jが認めるとおり、有用性が認められず、かえって、原告らに不要な負担を生じさせるものであり、書証として提出された分量においても、決して少なくない枚数である上、被告fの本人尋問の結果によっても、原告らの作成した始末書等の分量は、書証として提出されたものより多いことが認められるから、社会通念上相当といえる範疇を越えるというべきである。」
「そのため、被告fが原告らに始末書等を作成等させた行為は、違法というべきである。

3.虚偽の事実の記載を強要されていなかったとしても違法にはなり得る

 本件の特徴は、内容虚偽の始末書の作成を強要された場合ではなかったとしても、有用性を欠く始末書の作成・提出の要請について、有用性がない場合には損害賠償請求の対象になると明言した点にあるのではないかと思います。

 何の意味があるのだか分からない始末書を形骸化したセレモニーであるかのように作成・提出している方は決して少なくないと覆います。

 本件のように、有用性を欠く始末書の提出等を大量に求められている方は、ぜひ、一度、ご相談頂ければと思います。