弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アダルトサイトの閲覧(わいせつ情報等に接していたこと)は取締役解任の正当な理由になるか?

1.取締役はサボってもいい?

 労働者とは異なり、株式会社の取締役は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。しかし、解任に「正当な理由」がない場合、解任された取締役は、株式会社に対して解任によって生じた損害(残任期分の報酬相当額)の賠償を請求することができます(会社法339条2項)。

 それでは、アダルトサイトの閲覧をしていたことは、取締役を解任するうえでの「正当な理由」に該当するのでしょうか?

 一般の方の中には、当たり前ではないかと思う方も多いのではないかと思います。

 確かに、労働者が勤務時間中にアダルトサイトを閲覧していれば、どこまで重い処分を科することができるのかは別として、非違行為として懲戒処分の対象になることは否定できません。

 しかし、労働者と取締役とでは、会社との関係を規律する法律関係が根本的に異なっています。

 労働契約は、一定の時間、使用者の指揮命令下で労務を提供することを内容とする契約です。そのため、勤務時間中に仕事と関係のないアダルトサイトを閲覧しているのは問題だということになります。

 他方、取締役と会社との関係は、委任契約として理解されます(会社法330条)。委任契約に労働時間という概念はありません。契約の趣旨に定められたきちんとした仕事をしている限り、どのような手段で仕事をしようが、いつ仕事をしようが、基本的に文句を言われる筋合いはありません。昼寝をしていようが、夜働いて帳尻が合うようきちんと仕事をしていれば、問題ないというのが原則的な理解になります。そのため、取締役がアダルトサイトを閲覧することに関しては、多数の従業員の目に触れるところで閲覧するといったように環境型のセクシュアルハラスメントになりかねない行為をした場合はともかくとして、「個室(執務室)でこっそりと見て何か問題があるのか?」という議論が成り立つ余地が生じるのです。

 それでは、労働者と取締役の地位に上述のような差異があるとして、取締役がわいせつな画像に触れていたことは、解任の正当性を基礎づける理由になり得るのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。以前にも別の雑誌に掲載された時に紹介したことはありますが、大阪地判令2.1.24労働判例1226-84加賀金属事件です。

取締役就任にあたっての留意点-雇用契約終了の黙示的合意 - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.加賀金属事件

 本件はパワーハラスメント行為やアダルトサイトの閲覧等を理由として解任された従業員兼務取締役の方が、取締役の解任に正当な理由があることを争い、残存任期に係る報酬相当額の損害賠償などを請求した事件です。

 平取締役に就任した時点では従業員としての地位の喪失は認められませんでしたが、常務取締役就任と同時に雇用契約を終了させる黙示的な合意が成立したとされたため、結局、取締役の地位のみを有する者として、解任に正当な理由があるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は次のとおり述べて、解任に正当な理由があることを認めました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実によれば、製造部を中心とした複数の従業員らが辞職について言及するなどして、事実上、原告の下での就労を拒む事態が生じており・・・、これは、そのような意向を示した者の地位、従業員全体に占める人数の割合からして、被告の業務ないし組織運営に著しい支障が生じ得るものであるとともに、原告自らがこの事態を収拾するのは著しく困難であるものといわざるを得ない。原告は、常務取締役として製造部のみを統括する立場にとどまるものではないが、製造課長や製造部長として長期間にわたって製造部での業務に従事していた経歴・・・に加え、本社工場2階にあるレーザー室に自費で購入したパソコンを設置するなどして・・・、製造部の近くで執務する態勢を構築していた以上、製造部の状況に十分な目配りをすべきことが期待される立場にあったにもかかわらず、現にそのような観点での職務遂行が困難となる事態が発生し、fのような長らく部下であり、その経歴上、原告に親和する要素があるとみられる者・・・からも離反されているのであって、ここにそのような目配りや従業員との間の信頼関係構築の不十分さが現れたものと評価せざるを得ない。」

「また、原告は、労働者性の喪失に関する争点・・・についてのものであるとはいえ、取締役としての執務実態を自ら否定する趣旨の主張をしていることに加え、被告従業員の供述には、原告が勤務時間中にインターネットゲームあるいはチャットをしていたというものがあるところ・・・、前記認定事実のとおり、原告は、社内ネットワークに接続されていない自費で購入したパソコン3台を設置していたものであり・・・、取締役としての執務上、そのようなパソコン設置の必要性に大いに疑問がある点は、上記供述の信用性を一定程度裏付けるものである。本件動産には、多数のわいせつな画像ないし情報等に係るデータが保存されているところ・・・、そこには、被告の業務に関する書面のデータも含まれ、また、原告がレーザー室の執務机においてこれを保管ないし管理していたこと・・・等に照らせば、原告が執務時間中にわいせつな情報等に接していたものと推認でき、この推認を覆すに足りる証拠はない。これらの事実は、原告の取締役としての資質に疑義を生じさせるものといえる。

「そして、原告は、b社長との面談の機会において、原告によるパワーハラスメントの申告があった旨告知された際、即断的に解雇ないし解任を求め、被告と裁判上対立していくことに言及しているのであって・・・、現に生じている経営上の問題に対する考察や対応を模索せず、会社との対立を選択しようとするその言動は、取締役に期待される職務の性質に明らかに反するものというべきである。」

「以上に認められるような原告を取り巻く被告内の状況や原告がした言動等に照らせば、原告と被告の委任関係の前提となるべき信頼関係が維持できないものとなっており、原告の取締役解任については『正当な理由』(会社法339条2項)があると認定することが相当である。」

3.取締役に「執務時間」という概念があるのかは疑問であるが・・・

 裁判所は、執務時間中にわいせつな情報等に接していたことは取締役としての資質に疑問を感じさせるとして、これを解任に「正当な理由」が認められる根拠の一つとして評価しました。

 冒頭に述べた取締役と会社との関係に照らすと、「執務時間」という概念を当然のように用いることに、一定の疑問は残ります。ネットゲームやチャットとは異なり、アダルトサイトの閲覧に関しては、物証こそあれ、従業員の目に触れていたという証拠があったわけでもありません。

 しかし、やはり職場に置いてあるパソコンで見ていたのは不味かったのだと思います。経営事項がきちんと処理できている中、わいせつな情報に接していたことだけで解任できるのかは議論のあるところだと思いますが、足元を掬われかねないため、取締役である方も、職場では怪しげなサイトには立ち寄らないように気を付けた方が良さそうです。