弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

名誉毀損で提訴された漫画家の方のヘッダー変更の件で思うこと

1.名誉毀損で提訴された漫画家の方に関する報道

 ネット上に、

「伊藤詩織さんが提訴の漫画家、ツイッターでは自らへの『誹謗中傷』訴える ヘッダーは問題の画像」

という記事が掲載されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/cd133e12c421ccaed49d4fcc3d543c0071f96b29

 記事には、

「今回の提訴では、伊藤さんが前日の8日に記者会見して、・・・」

(中略)

「伊藤さんが顔や名前を明かし、元TBS記者の山口敬之さんからの性行為強要を訴えた直後からになる。伊藤さんの名前に似た『山ロ(ヤマロ)沙織』を主人公にして、大物記者と寝る『枕営業』をしたと描写したり、伊藤さんの著書『BLACK BOX』に似た名前の『CLAP BOX』を『デッチあげ』だとしたりしていた。」

「投稿は、伊藤さんが山口さんに1審で勝訴した19年12月まで続いた。」

「伊藤さんは、勝訴したときの会見で、はすみさんらについても法的措置を考えていることを明かした。これに対し、はすみさんは、イラストなどの風刺画は伊藤さんとは無関係なフィクションだとし、作品を削除しないと明言した。

「伊藤さんは、5月14日付の内容証明郵便で、550万円の損害賠償支払いと投稿の削除、謝罪広告の掲載を求めたが、はすみさんが応じなかったため、同じ内容の提訴に踏み切っていた。」

(中略)

はすみさんは6月10日、ツイッターのヘッダー画像に『枕営業』のイラストを掲載している。伊藤さんからの提訴については、近日中に広報するとはしていた。」

(中略)

「はすみさんの提訴後の動きについて、伊藤さんの代理人をしている山口元一弁護士は9日、『訴訟の中身にも関わりますので、ノーコメントにさせて下さい』と取材に答えた。リツイートした2人の動きについても、ノーコメントだとした。」

などと書かれています。

 一般論として言うと、被告側の漫画家の対応は、あまり適切な訴訟対応ではないように思われます。

2.ヘッダー変更の時期

 常識的に考えれば分かると思いますが、フィクションだと断りさえ入れれば、実在の人物をモデルにして名誉権・プライバシー権を侵害する内容の表現をすることが許容されるわけではありません。

 小説にモデル小説という領域があります。これは実在の人物をモデルにした小説のことで、

「モデル小説の場合、作家は、『実在人物をモチーフにはしたが、作中人物は自分が独自に変容して創作したものだ』という感覚を持っている」

とされています(佃克彦『名誉毀損の法律実務』〔弘文堂、第3版、平29〕286頁)。

 しかし、以前書いたとおり、裁判所は文学的価値が違法性を阻却するという考え方を否定していますし、身近な人が見て人物の同定可能性があればアウトだという考え方を採用しています。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/06/08/231343

 モデル小説に名誉権・プライバシー権の侵害を認めた裁判例も相当数出されていますし(前掲著、同頁以下参照)、本件においても、イラストを見た普通の人にとって同定可能であれば、フィクションだと言い張ったところで、通りそうにない理屈ではないかと思われます。

 このように元々フィクションだという主張には難がありましたが、ツイッター画像を変更したことは、更に免責を困難にしたのではないかと思われます。

 タイミングが提訴会見の2日後と近接しすぎているからです。伊藤氏とイラストとが無関係であれば、このタイミングで敢えてヘッダー画像を問題の画像に変更したことの理由が説明できなければなりません。これが合理的に説明できないと、ヘッダー画像は伊藤氏を意識し揶揄する趣旨で変更したもの、揶揄になるのは件の人物のモデルが伊藤氏であるからだという形で、人物の同定可能性の立証のダメ押しになるのではないかと思われます。

3.訴訟提起した人を揶揄するのは止めておいた方がいい

 訴訟提起すると、金銭目的であるといった揶揄をされることが少なからずあります。

 しかし、こうした揶揄は適切ではありませんし、止めておいた方が良いです。

 適切ではないというのは、金銭賠償の原則といって、現行法体系の問題として、不法行為は基本的に金銭の問題に還元して考えるというルールが採用されているからです。

 民法423条は、

「損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。」

と規定しています。

 これが不法行為の場面でも準用されているため(民法723条)、法制度上、不法行為で被害を受けた方が救済を求めようと思えば、金銭の形で賠償を求めざるを得ないのです。謝罪広告などの処分は、名誉毀損型の不法行為の一部類型で例外的に認められている措置にすぎません。

 法制度上、被害の救済は金銭で行われるような建付けになっているため、被害者としては金銭以外に救済を受ける方法がありません。金銭を請求することの否定は、不法行為の被害者に口を噤めと言うことと同義です。だから、訴訟提起した人を金銭目的であると揶揄するのは適切ではないのです。

 このような法制度を持っている関係もあり、裁判所は金銭目的で訴訟を提起したという揶揄を好みません。そのような揶揄は違法だと断じることもあります。

 例えば、医療過誤で病院を訴えたという事件で、被告病院側が原告側を「金銭目的の悪質なクレーマーの典型」などと揶揄したことがありました(東京地判平15.6.27LLI/DB判例秘書登載)。

 この事件で裁判所は、

「訴訟活動としての社会的相当性を明らかに超えたD及び原告らに対する侮辱的言辞を用いていることが認められる。」

「かかる被告らの訴訟活動は、一般に慰謝料額の考慮において斟酌される被告としての対応や応訴態度の不相当を超えて、原告らに対する独立した不法行為に当たる」

と当該言動に違法性を認めています。

 また、交通事故にあたり、週刊誌に「ぼくが有名人やから、大金とれると思い、訴えたんやろな。」というタレントの発言が掲載された事件があります(大阪地判平13.9.25LLI/DB判例秘書登載)。

 この発言についても、裁判所は、

「原告が本件事故に関し同被告に対して何らの正当な権利がないにもかかわらず、同被告が有名人であり大金が取れると原告が考えて本件訴訟(甲・乙事件)を不当に提起したものであるとの事実を摘示して、品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について原告が社会から受ける客観的評価を低下させたものであり、原告の名誉を毀損する不法行為に該当するものであるといわなければならない」

と違法性を認めています。

 損害を与えた側が被害者を金銭目的で裁判を起こしたなどと揶揄すると、慰謝料の増額要素として考慮されたり、別個独立の不法行為を構成するとして追加で慰謝料の支払いを命じられたりすることがあります。

 そのため、訴えられた側の基本的な対応としては、原告側を挑発するようなことは言わない方が良いのです。まして、金銭目的であることを匂わしたり、示唆したりすることは、メリットが何もないにもかかわらず、リスクだけはある行為でしかありません。

4.ノーコメントなのは少し意外であった

 はすみ氏の動きは、おそらく上述のように整理されるのではないかと思います。同定可能性の議論においても、損害論の局面においても、一般論としては悪手ではないかという感覚があります。

 私個人は、生きている事件、まして初期段階の事件の情報をマスコミに流すことには、かなり消極的な見解を持っているため、提訴会見をする弁護士がどのような発想を持っているのかは今一想像しにくいのですが、コメントをすることが原告側に不利とも思われなかったので、はすみ氏の動きについて原告代理人が特に解説・言及しなかったのは、少し意外でした。