弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

新型コロナウイルス感染(疑い)で休業させられた労働者の職場復帰の問題-職場復帰を拒否された方へ

1.新型コロナウイルス感染(疑い)での休業

 ネット上に、

「新型コロナ、仕事でクラスターに巻き込まれたら労災はどうなる? 休業補償問題まとめ」

という記事が掲載されています。

 記事は

「発熱が数日、続いていながら、PCR検査を受けられず、陽性か不明な場合、感染の可能性を疑い、自宅待機による休業を命じる措置も考えられます。」

「また、複数の感染者が発生したスポーツジム、ビュッフェスタイルの食堂等の施設を利用していた場合、発熱等の症状がなくても、同様の措置を講じるケースはあるでしょう。」

「このように感染の可能性があるものの、感染が確定していない状態のときに会社の指示によって休業した場合、その間の賃金はどうなるのでしょうか。」

と問題提起し、

休業期間中の賃金の支払い義務について論じています。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10898/

 似たような記事は随所にあるほか、厚生労働省もホームページで労働者を休ませる場合の措置について、一定の見解を示しています。

 厚生労働省は、感染者を休業させる場合に関しては、

「新型コロナウイルスに感染しており、都道府県知事が行う就業制限により労働者が休業する場合は、一般的には『使用者の責に帰すべき事由による休業』に該当しないと考えられますので、休業手当を支払う必要はありません。」
「なお、被用者保険に加入されている方であれば、要件を満たせば、各保険者から傷病手当金が支給されます。」

との見解を示しています。

※ 休業手当=平均賃金の100分の60以上の手当(労基26)

 また、感染の疑いがある方を休業させる場合に関しては、

「『帰国者・接触者相談センター』でのご相談の結果を踏まえても、職務の継続が可能である方について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に『使用者の責に帰すべき事由による休業』に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」

との見解を示しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-3

2.休業がいつまで経っても解除されない場合、どうなるのか?

 それでは、上記のようなもと、休業が開始されたとして、労働者への休業措置は何時になったら解除されるのでしょうか?

 使用者が新型コロナウイルスの脅威に萎縮して何時まで経っても休業措置を解除しない場合、労働者には何の対抗措置もないのでしょうか?

 一般論として言えば、疾病が治癒し、労働契約の本旨に従った労務の提供がなされているにもかかわらず、使用者が就労を拒否すれば、労働基準法26条の休業手当の問題ではなく、民法536条2項の問題になります。

 民法536条2項は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」

と規定しています。

 ここから、使用者が不合理に労務の受領を拒絶した場合、労働契約上の義務を履行することができなくなっても、労働者は賃金を請求する権利を失わないこと(労働者は使用者に100%の賃金を請求できること)が帰結されます。

3.新型コロナウイルスの場合、どのように治癒が判定されるのか?

 感染者に関しては、新型コロナウイルス感染症の退院基準が定められています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09346.html

 これは正確には、

「健感発0206第1号 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律における新型コロナウイルス感染症患者の退院及び就業制限の取扱いについて」

という文書で、ここには、

「新型コロナウイルス感染症の患者について、・・・『症状が消失したこと』とは、37.5度以上の発熱が24時間なく、呼吸器症状が改善傾向であることに加え、48時間後に核酸増幅法の検査を行い、陰性が確認され、その検査の検体を採取した12時間以後に再度検体採取を行い、陰性が確認された場合とする。上記の核酸増幅法の検査の際に陽性が確認された場合は、48時間後に核酸増幅法の検査を行い、陰性が確認され、その検査の検体を採取した12時間以後に再度検体採取を行い、陰性が確認されるまで、核酸増幅法の検査を繰り返すものとする。」

「また、無症状病原体保有者については、12.5日間の入院の後、核酸増幅法の検査を行い、陰性が確認され、その検査の検体を採取した12時間以後に再度検体採取を行い、陰性が確認された場合とする。上記の核酸増幅法の検査の際に陽性が確認された場合は、48時間後に核酸増幅法の検査を行い、陰性が確認され、その検査の検体を採取した12時間以後に再度検体採取を行い、陰性が確認されるまで、核酸増幅法の検査を繰り返すものとする。」

「なお、患者が再度症状を呈した場合や無症状病原体保有者が新たに症状を呈した場合は、37.5度以上の発熱が24時間なく、呼吸器症状が改善傾向となるまで退院の基準を満たさないものとする。」

との基準が示されています。

https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000592995.pdf

 感染者の職場復帰の可否の問題は、基本的にはこれに準拠して考えても良いのではないかと思います。

 また、感染の疑いで休業させられた方の職場復帰に関しては、検査によって感染の疑いが払拭された時か、あるいは、検査していなくても医師から出勤しても特段問題ないとの判断を受けた時が、一つの基準になるのではないかと思います。

 コロナウイルス感染や、その疑いで休業を指示されたとしても、退院基準を満たした後、あるいは、検査結果が陰性を示した後、労務の提供の意思表示をすれば、それ以降は、使用者によって職場復帰を拒まれたとしても、賃金の100%を請求できる可能性があるのではないかと思います。

4.危険の防止と働く権利、どのように折り合いをつけるのか?

 新型コロナウイルス感染(疑い)で休業させられた労働者の職場復帰の問題は、今後、使用者による復職拒否や退職勧奨といった形で顕在化してくる可能性があるのではと懸念しています。

 根拠は、新型コロナウイルスに関する医学的知見が安定していないことです。

 退院基準に定められている入院期間は、2月3日付け通知では10日間ですが、その後、2月6日付けで通知が改正されて、入院期間が12.5日に伸長された経緯があります。

 僅か3日で基準が改定されています。

 また、検査に関しては、以下のような情報が提供されています。

「WHOの知見によれば、現時点で潜伏期間は1-12.5日(多くは5-6日)とされており、また、これまでのコロナウイルスの情報などから、未感染者については14日間にわたり健康状態を観察することが推奨されています。加えて、チャーター便の帰国者については、帰国直後に実施したPCR検査の結果が陰性であった829名のうち、その後PCR検査が陽性に転じた方は5名でした。
「クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客については、2月5日以降、個室管理で感染拡大防止策を講じ、これらのWHOの知見やチャーター便の帰国者への検査から得られた知見、これら双方の知見をもとに、検疫法(昭和二十六年法律第二百一号)を適用し、14日間の健康観察期間が終了した2月19日までの間にPCR検査の結果が陰性の方について、改めて健康状態を確認した上で、問題がない方は順次、下船していただくこととしました。」
「また、2月19日から下船を開始した方々については、念のため、下船後定期的に健康確認を実施し、2週間の不要不急の外出を控えることなどをお願いして、フォローアップを行っておりますが、これまでのところ、総勢983名の方について、下船後に発症し陽転化した方が計6名(栃木県1名、徳島県1名、千葉県2名、静岡県1名、宮城県1名、3月2日現在)確認されており、現在下船された方の健康確認を毎日実施し、都道府県とも連携して、健康フォローアップを、より緊密に実施しています。」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00001.html

 検査の結果、陰性であったとしても、感染の疑いを100%払拭するわけではないということだと思われます。

 このような状況に鑑みると、厚生労働省の退院基準よりも長い期間の経過観察を求めるだとか、検査で陰性が判明したとしても当面の間は職場復帰を認めないだとか、あるいは、感染した人・感染した疑いのある人に退職勧奨をするだとかいった事案が、いかにも出てきそうな気がします。

 しかし、凡そどのような事象においても100%ということは有り得ませんし、それを求めることが社会的に健全だとも思われません。

 失業を含む経済問題は自殺の原因になります。

 平成30年のデータによると、経済・生活問題で自殺した人は3432人いて、その内223人は失業が原因の自殺であるとされています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/jisatsu/jisatsu_year.html

https://www.mhlw.go.jp/content/H30kakutei-f01.pdf

 新型コロナウイルスには誰が感染してもおかしくありませんし、誰が感染の疑いを持たれてもおかしくありません。そして、病気が治っても、就労の途が閉ざされて、経済問題で自殺するということがあっては本末転倒です。

 誰もが何時差別される側になってもおかしくないことを前提に、社会的に許容できるリスクと、感染した方・感染の疑いを持たれた方の働く権利との折り合いをどのようにつけて行くのかが、今後、問われて行くことになるのではと思います。

5.感染・感染疑いの後、職場復帰を拒否された方へ

 職場の安全な環境は守られるべきではありますが、それと同時に疾病に罹患した方が不当に差別を受けることがあってもなりません。

 医師から治癒したと言われた、検査で陰性だった、それなのに、職場が復職を認めてくれない、そうしたお悩みをお抱えの方がおられましたら、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いのではないかと思います。