弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

元雇用主が2000万円の相続財産分与の審判を受けた例

1.相続財産分与(特別縁故者)

 一般の方にとって、あまり有名な仕組みではないように思われますが、特別縁故者(民法958条の3)という制度があります。

 これは、相続人が存在しない場合に、家庭裁判所が、

「被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる」

とする仕組みです。

 なぜ、この仕組みが有名ではないのかと言うと、普通は必要がないからです。

 相続人が不存在である場合、最終的に相続財産は国庫帰属することになります(民法959条)。国庫帰属になるくらいなら世話になった人に財産をあげたいという要望を持っている方は、大抵遺言を残します。遺言で財産を遺贈してしまうのです。

 亡くなるまでに遺言を作るだけの時間的余裕のあるケースでは、遺言で財産が遺贈されるため、わざわざ特別縁故者が相続財産の分与の請求を行う必要がありません。

 そのため、特別縁故者が相続財産の分与を請求する場面は、突然の事故など何等かの理由で遺言が存在しないケースが多いのではないかと思います。

 特別縁故者というと、生計を共にして被相続人の療養看護に努めた内縁の配偶者などが典型です。

 しかし、近時公刊された判例集に、元雇用主が特別縁故者として認められた裁判例が掲載されていました。大阪高判平31.2.15判例時報2431・2432-97です。

2.大阪高判平31.2.15判例時報2431・2432-97

 本件で被相続人となったのは、知的能力が十分ではないとされていた方です。この方は、亡くなった時に、約4000万円相当の財産を保有していました。父親に雇われていた被相続人の方の雇用を引き継ぎ、その後、約28年間にも渡って被相続人の雇用を継続しました。経営不振で被相続人の方を解雇してからも、申立人元雇用主は、約16年もの間、緻密な財産管理を継続しました。これを受け、元雇用主が、被相続人の死亡後に相続財産新世の分配を求めたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて 元雇用主に2000万円の相続財産が分与されるおとを認めました。

(裁判所の判断)

「被相続人が4000万円以上もの相続財産を形成し、これを維持できたのは、

抗告人によって、昭和47年からの約28年間、被相続人の稼働能力を超えた経済的援助・・・と、

平成13年から被相続人死亡までの約16年間、緻密な財産管理が続けられた・・・から

とみるのが相当である。

「被相続人の相続財産の中には、抗告人による約44年間もの長年にわたる経済的援助等によって形成された部分が少なからず含まれているというべきである。このほか、抗告人は、上記の期間(抗告人26歳から70歳、被相続人42歳から86歳)、生活面でも被相続人を献身的に支え、同人死亡後は、その法要等を執り行った。」
「このように、被相続人の相続財産の相応の部分が抗告人による経済的援助を原資としていることに加え、被相続人の死亡前後を通じての抗告人の貢献の期間、程度に照らすならば、抗告人は、親兄弟にも匹敵するほどに、被相続人を経済的に支えた上、同人の安定した生活と死後縁故に尽くしたということができる。したがって、抗告人は、被相続人の療養看護に努め、被相続人と特別の縁故があった者(民法958条の3第1項)に該当するというべきである。」
「そして、上記の抗告人自身と被相続人との縁故の期間(被相続人42歳から86歳)や程度のほか、相続財産の形成過程や金額など一件記録に顕れた一切の事情を考慮すれば、被相続人の相続財産から抗告人に分与すべき額について、2000万円とするのが相当である。」

5.元雇用主は生計を同じくする者であったわけではないが・・・

 生計を同じくしていたわけではない元雇用主の方に関し、裁判所が2000万円もの高額な分与額の請求みとめられたことは、事例として比較的珍しい方ではないかともいます。

 知的障害者を雇用し、低賃金で働かせながら、預貯金はで管理し、自由に引き下ろせないようにした結果、多額の蓄財が生じたとすれば、少なくとも高額の相続財産分与が認められていることはなかったのではないかと思います。

 しかし、実質的な不当性が認められない場合、(元)雇用者-労働者の関係の中でも特別縁故者への該当性が認められる余地はあるのだろうと思います。

 それほど複雑な手続というわけでもありませんので、本記事を見て、自分も該当するのではとお考えの方は、弁護士に相談しに行ってみると良いと思います。