弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

準委任契約類似の無名契約の解除の可否の判断に解雇権濫用法理の考え方が取り入れられた例

1.準委任契約と解雇権濫用法理

 法律行為を委託することを委任契約といいます(民法643条)。法律行為とはいえない事務を委託することを準委任契約といいます。準委任契約には委任契約に準じたルールが適用されます(民法656条)。

 企業とフリーランスの方との間で結ばれる「業務委託契約」は、その法的性質を分析すると、準委任契約として理解されるものが相当数あります。

 準委任契約の解除は、各当事者がいつでもその解除をすることができるのが原則です(民法650条1項)。契約を解除するにあたり理由は必要ありません。相手方に不利な時期に解除した場合に損害賠償義務が発生するだけです(民法650条2項本文)。また、やむを得ない事由があったと認められるときは、相手方に不利な時期であったとしても、損害賠償をする義務は生じません(民法650条本文)。

 他方、雇用契約に代表される労働契約の場合、企業側から契約を自由に解除することはできません。法律上、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定されています(労働契約法16条)。

 近時、準委任契約に類似した性質を持つ契約の解除の可否の判断にあたり、解雇権濫用法理の考え方を取り入れた事例が、公刊物に掲載されていました(東京地判平29.3.28判例タイムズ1457-244)。

 これはフリーランスの労働問題を考えるにあたり、かなり重要な裁判例ではないかと思います。

2.裁判例で問題となった契約関係

 本件で解除の可否が争われたのは、「力士契約」です。

 力士契約というのは、公益財団法人日本相撲協会と力士との間で結ばれている契約のことです。

 裁判所は力士契約の法的性質について、以下のように判示しています。

「本件力士契約ないし本件力士契約と同趣旨の力士と被告との間に締結される契約(以下『力士契約』という。)は、力士において、相撲道により培った技量を被告の主催する本場所又は巡業における相撲競技において発揮するという義務を負うことを本質的な内容とするものということができる(上記第2の2(2)の前提事実)。そして、大相撲におけるこの力士の義務として具体的に果たすべきものは、精神的、肉体的に厳しい修練を経て可能となる極めて高度かつ専門的なものであって、個々の力士がその履行に当たって被告の指揮命令を受けるものではなく、当該力士自身が自主的・主体的に追求した技量を発揮することによって行われるものであることが明らかであるから、原告及び被告らが共に主張するとおり、力士契約は、その基本において、準委任契約に類似した性質を具有するものとして是認することができる。
「もっとも、上記(1)アからオまでにおいて認定した本件定款、本件規則、本件業務委託契約、本件業務委託費用規程及び本件賞罰規程の各定めにおいて明示的に定められ、又はその当然の前提とされているように、力士契約においては、力士を志望する者は、原則として23歳未満の者とされ、被告の事業の実施にあたる年寄であり、かつ、被告から力士等の育成の業務委託を受けた師匠の地位にある者が運営する相撲部屋に所属し、師匠を経て被告の協会員たる力士としての地位を取得した上で、当該相撲部屋に所属する他の力士らと寝食を共にし、相当期間にわたって、相撲道の精進に向けての生活指導を含めた育成指導を師匠から受け、本件賞罰規程の規律にも服することが予定されているものであり、また、このような力士契約の内容の実施を可能とするために、師匠に対しては、別途にその費用や報酬が被告から支払われることが取り決められているものと解される。このような力士契約の内容は、民法制定前から存在する相撲部屋制度を含む力士と師匠との関係を踏まえた取引法原理に直ちになじみ難い側面を有することを否定することができないものの、法的には、準委任契約に類似した性質をその基礎として有しつつも、単なる事務の委任にとどまらない複合的な要素をも含むものとして、全体としては、力士と師匠及び被告との間の信頼関係を基礎とした継続的な有償双務契約としての性質を有する無名契約と評するほかない。

3.力士契約の解約に関するルール

 力士契約には特殊な解約のルールがあります。

 力士契約を結んでいる力士は、公益財団法人日本相撲協会から育成を委託された「師匠」の地位にある者が運営する相撲部屋に所属します。

 力士は師匠を経て力士としての地位を取得します。そして、師匠は公益財団法人日本相撲協会に引退届を提出することにより、力士契約を終了させることができます。

 引退届には師匠の署名・押印欄はありますが、当該力士自身の署名等は必要とされていません。言い換えると、当該力士自身による承諾がなかったとしても、師匠は引退届を提出することにより、公益財団法人日本相撲協会と当該力士との力士契約を終了させることができる体裁になっています。

 本件で問題になったのも、当該力士自身による承諾がない中で提出された引退届による力士契約解約の効力です。

4.裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、当該力士自身による承諾のない引退届の提出には、客観的合理性・社会通念上の相当性が必要であると判示しました。

「相撲部屋制度を前提とした上で、力士の養成を被告から一任され、力士が居住する相撲部屋を運営し、その指導を行う地位にある師匠が引退届を被告に提出することにより力士契約を終了させることが予定されているということ・・・自体には、一定の合理性を見いだすことができる。しかしながら、上記において説示したように、力士として相撲部屋に所属することが力士にとって生活の基盤そのものでもあり、これを力士契約が当然の前提としていると解されることからすれば、当該力士自身による承諾がない場合においては、これを特別な事情というかどうかは措くとしても、力士契約を終了させる師匠による引退届の提出については、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないようなものではないものでなければならないと解することが、力士契約における当事者間の合理的意思にかなうものとして、相当である。

 そのうえで、原告となった力士が準暴力団組織の関係者と関わりを持ったこと、番付が上の関取を殴打したことなどに触れ、

「親方の判断は、その後の本件引退届提出行為の時における原告の意に沿わないものであったとしても、本件力士契約を継続することが困難であると認められるような客観的に合理的な理由に基づくものとして、社会通念上も相当であると首肯することができるものである。」

と力士契約が終了したことを認めました。

5.生活基盤であることを理由とした準委任型の業務委託契約の解約の制限法理

 契約の解除の可否を判断するにあたり、それが準委任型の業務委託契約であるのか、労働契約であるのかは、しばしば問題になります。

 それは準委任契約であれば基本自由に契約を解除できるのに対し、労働契約となると解雇権濫用法理によって解除の可否が厳しく判断されるからです。

 本件は力士契約が力士にとっての生活基盤であることなどに着目し、準委任契約に類似した契約の解除を、労働契約法16条と似た判断枠組みを使って判断した点に特徴があります。

 労働事件としての見方がされていないからか、この事件に対する労働系の弁護士からの言及は、それほど多くないように思われます。

 しかし、本件で裁判所が示した考え方は、雇用類似の働き方をするフリーランスの方(準委任型の業務委託契約で働いている方)の契約上の地位の安定に大きく寄与する可能性を持っています。

 今後、こうした法理が力士契約以外の場面にも広がって行けば、労働者に関する争いは従来ほどの重要性を失っていくかも知れません。

 準委任型の業務委託契約と労働契約との垣根を低くした裁判例として、本件は画期的な意味を持っており、もっと広く周知されて良い事案であるように思います。