弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

義務者の年収が極めて高い場合(1億5000万円超)の婚姻費用・不貞と婚姻費用の関係

1.義務者が超高額所得者である場合の婚姻費用・不貞と婚姻費用の関係

 義務者の年収が極めて高い場合に婚姻費用をどのように算定するかが問題になった事案が公刊物に掲載されていました(東京高判平29.12.15判例タイムズ1457-101)。

 実務上、婚姻費用の金額は、裁判所のHPで公開されている算定表に従って定められる例が多いです。

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf

 ただ、算定表上、義務者の収入は、給与の場合2000万円が、自営の場合1409万円が上限になっています。

 これを超える収入が義務者にある場合、婚姻費用がどのように計算されるかに関しては、幾つかの論稿は存在しても、定説と呼べるような見解はないと思います。

 本件では義務者に1億5000万円超という算定表の上限を大幅に超過する年収があったことから、婚姻費用をどのように算定するのかが問題となりました。

 また、本件は、婚姻費用の破綻の原因が相手方の不貞にある場合の金額への影響の可否についても興味深い判断を示しました。

2.裁判所の判断

(1)婚姻費用の算定について

 先ず、裁判所は次のような一般論を述べました。

 抗告人とあるのが超高収入な夫で、相手方とあるのが婚姻費用の分担を求めている妻です。

「一般に、婚姻費用分担金の額は、いわゆる標準算定方式を基本として定めるのが相当であるが、本件では、義務者である抗告人が年収1億5000万円を超える高額所得者であるため、年収2000万円を上限とする標準算定方式を利用できない。高額所得者については、標準算定方式が予定する基礎収入割合(給与所得者で34ないし42パーセント)に拘束されることなく、当事者双方の従前の生活実態もふまえ、公租公課は実額を用いたり、家計調査年報等の統計資料を用いて貯蓄率を考慮したり、特別経費等についても事案に応じてその控除を柔軟に認めるなどして基礎収入を求める標準算定方式を応用する手法も考えられる。しかし、抗告人の年収は標準算定方式の上限をはるかに上回っており、職業費、特別経費及び貯蓄率に関する標準的な割合を的確に算定できる統計資料が見当たらず、一件記録によっても、これらの実額も不明である。したがって、標準算定方式を応用する手法によって、婚姻費用分担金の額を適切に算定することは困難といわざるを得ない。」
「そこで、本件においては、抗告人と相手方との同居時の生活水準、生活費支出状況等及び別居開始から平成27年1月(抗告人が相手方のクレジットカード利用代金の支払に限度を設けていなかったため、相手方の生活費の支出が抑制されなかったと考えられる期間)までの相手方の生活水準、生活費支出状況等を中心とする本件に現れた諸般の事情を踏まえ、家計が二つになることにより抗告人及び相手方双方の生活費の支出に重複的な支出が生ずること、婚姻費用分担金は飽くまでも生活費であって、従前の贅沢な生活をそのまま保障しようとするものではないこと等を考慮して、婚姻費用分担の額を算定することとする。

 その後、

「抗告人及び相手方」が「長女と共に自宅マンションで同居していた当時」の「基本的な生活費」から導かれる「相手方の基本的な生活費」(月額約87万円)

「相手方が抗告人との別居時から平成27年1月まで」の「相手方の基本的な生活費」(月額約114万円)

を基にして、

「相手方が従前の生活水準を維持するために必要な費用」

を認定しました(月額105万円程度)。

 この金額に、

① 別居に伴い抗告人においても同居時には必要がなかった賃貸マンション賃料、公共料金等の支出が生じること、

② 相手方は専業主婦であるが、犬の飼育を考慮に入れてもおよそ稼働が困難とはいい難く・・・、しかも、自宅マンションの床面積が広大とはいえハウスキーピング・・・を利用していること、

③ 相手方には、上記・・・で考慮した支出以外に公租公課の負担が生じたこと、

といった修正要素を加味し、

「抗告人が相手方に支払うべき婚姻費用分担金は月額75万円(なお、この額は、相手方が自宅マンションに自己の負担なく居住を継続することができることを考慮すると、実質的には相当高額ということができる。)と定めるのが相当である。」

と判示しました。

(2)不貞と婚姻費用の関係について

 不貞と婚姻費用の金額との関係については次のとおり判示しています。

「抗告人は、婚姻関係の破綻の原因は相手方の不貞にあるから、婚姻費用分担金の額を定めるに当たり、これを減額要素として考慮すべきであると主張する。」
「しかし、婚姻費用分担金の支払義務は夫婦間の協力扶助義務(民法752条)に基づき発生するものである。したがって、夫婦の一方が、およそ別居を開始せざるを得ない事情がないにもかかわらず、他方を遺棄して別居を開始した上で婚姻費用分担金の支払を求めたなどの信義則に反するような特段の事情がない限り、別居を巡る夫婦間の事情は婚姻費用分担金の支払義務の有無及び額に消長を来すものではない。これを本件についてみるに、一件記録によっても、上記特段の事情は認められない。
「したがって、抗告人の上記主張は採用することができない。」

3.算定表が使えない、不貞と婚姻費用との関係が分からないとお悩みの方へ

 義務者に算定表を超過する収入がある場合にどのように婚姻費用を認定するか、不貞と婚姻費用との関係をどのように理解するか、いずれの問題に関しても、私の知る限り定説と言えるような見解はないと思います。

 後者の問題について言うと、例えば、森公任ほか編著『簡易算定表だけでは解決できない 養育費・婚姻費用算定事例集』〔新日本法規出版、初版、平27〕の243頁以下では、「不貞関係にあるとみられてもやむを得ない」申立人妻からの婚姻費用分担請求について、子どもの養育費相当額を超える請求が認められなかった事例が報告されています。

 弁護士によって見解が分かれることも多く、お悩みの方に対して有益な情報になればとご紹介させて頂くことにしました。