弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

幼い子を養育している方の潜在的稼働能力

1.幼い子を養育している方の潜在的稼働能力

 婚姻費用や養育費の金額は、義務者と権利者の双方の収入を比較して決められるのが一般です。

 家庭裁判所は婚姻費用や養育費の算定表を作成・公表し、その趣旨を明らかにしています。

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/vcms_lf/santeihyo.pdf

 婚姻費用や養育費を算定するにあたり、しばしば権利者の潜在的稼働能力が問題になります。

 潜在的稼働能力というのは、大雑把に言えば、

「働こうと思えば働けるのであるから、実際には働いていなかったとしても、働いていれば得られるであろう収入は、あるものとして取り扱われるべきだ。」

という議論を言います。

 リンク先の算定表を見ればお分かりになるかと思いますが、権利者の収入は高ければ高いほど、義務者から得られる養育費・婚姻費用は少なくなります。

 そのため、潜在的稼働能力に関する議論は、無収入の権利者から養育費や婚姻費用を請求された義務者の側から提示されることが多い論点です。

 単なる怠業であれば、それほど問題にはなりませんが、幼子を1人で育てることになって、働こうと思っても働けないような事情がある場合、潜在的稼働能力を認めるか否かは、かなり熾烈に争われることがあります。

 潜在的稼働能力を認めるか否かに関し、近時、参考になる裁判例が公刊物に掲載されました。東京高決平30.4.20判例タイムズ1457-85です。

2.裁判例

(1)争点

 この事案では、5歳の長男と3歳の長女を抱えている歯科衛生士資格を有する妻に対して支払われるべき婚姻費用の額が問題になりました。申立の時、妻は無職であり、潜在的稼働能力を認めるか否かが争点になりました。

(2)一審判断

 一審のさいたま家裁は、以下のように述べて潜在的稼働能力を認めました。
 「申立人は、現在、就労しておらず、収入がないことが認められる。
 「しかしながら、他方で、申立人は、歯科衛生士の資格を有しており、これまでに10年以上にわたる歯科医院での勤務歴があること、相手方が監護養育する長男及び長女はいまだ幼少であるが、長男は幼稚園に通園しており、また、申立人は、平日や休日にも在宅していることの多い申立人の母の監護補助を受けられる状況にあることからすると、申立人の就労が不可能ないし困難であるということはできず、申立人には潜在的稼働能力があると認められるから、申立人の総収入を0円とするのは妥当でない。
 「もっとも、申立人は、同居する親族ら(特に母)の監護補助を受けているとはいえ、いまだ幼少である長男及び長女を監護養育していることからすると、その勤務時間は相当程度制約されるものと考えられる。このことに加え、上記のような申立人が有する資格や勤務歴等に鑑みると、申立人は、平成28年賃金構造基本統計調査(賃金センサス)第3巻第13表「P医療、福祉」・企業規模計の女子短時間労働者(35~39歳)の年収額である151万円割程度の稼働能力を有すると認めるのが相当である。
 「これに対し、申立人は、長男及び長女がいまだ幼少であり、愛着の対象としての母親を必要とする年齢であること、特に本件では、相手方による違法な連れ去りのため、長男及び長女との交流が長期間断たれており、一般的な子どもよりも長男及び長女に接するべき必要性が高いことを理由に、申立人が現在無職でいるのは長男及び長女の健全な成長のためであり、合理的な理由があると主張する。」
 「しかしながら、申立人の就労が不可能ないし困難であるとまでいえないことは前記説示のとおりであり、また、申立人が短時間就労することによって長男及び長女の健全な成長が阻害されるとはいえず、長男及び長女の健全な成長のために申立人が無職でいる必要性があるとはいえないから、申立人の上記主張には理由がない。

(3)二審判断

 しかし、高裁は一審判断を変更し、以下のように述べて潜在的稼働能力を認めませんでした。

 「原審申立人については、現在無職であり、収入はない。」
 「原審申立人は、歯科衛生士の資格を有しており、10年以上にわたって歯科医院での勤務経験があるものの、本決定日において、長男は満5歳であるものの、長女は3歳に達したばかりの幼少であり、幼稚園にも保育園にも入園しておらず、その予定もないことからすると、婚姻費用の算定に当たり、原審申立人の潜在的な稼働能力をもとに、その収入を認定するのは相当とはいえない。
 「なお、本決定で原審相手方に支払を命じる婚姻費用は、長女が幼少であり、原審申立人が稼働できない状態にあることを前提とするものであるから、将来、長女が幼稚園等に通園を始めるなどして、原審申立人が稼働することができるようになった場合には、その時点において、婚姻費用の減額を必要とする事情が生じたものとして、婚姻費用の額が見直されるべきものであることを付言する。

3.幼い子を養育している方へ

 一審と二審との判断が分かれていることから、本件は潜在的稼働能力を認定されるケースと認定されないケースとの限界を知る上で意味があります。

 一審も稼働能力が相当な制約を受けること自体は認めていますが、判断を分ける決め手になったのは、長女が幼稚園等への通園をしていない状況を、どのように評価したのかだと思われます。

 一審はこれを稼働を制限する事情に留まると判断したのに対し、二審は稼働が不可能である事情として評価したのだと思います。

 自分で申立をしたものの、思うように手続が進まないとして、調停係属中の方から離婚に関する相談を受けることがあります。

 調停の状況を聞いてみると、幼い子どもを抱えているのに、潜在的稼働能力を前提に婚姻費用や養育費を決められかかっている事案を目にすることがあります。

 一件や二件ではなく、何度も見たことがあります。中には調停委員から潜在的稼働能力を前提とした額を示唆されたという方もいました。

 根拠は個人的な実務経験という曖昧なものではありますが、現実問題として働くことができないのに、潜在的稼働能力を認定され、貧困に拍車がかかる、そうした例は相当数あるのではないかと懸念しています。

 裁判所も含め、法曹実務家は、基本、法と証拠に基づいた議論しか取り合いません。

 裁判所で主張を通すためには、必ず根拠が必要になります。

 今回公表された高裁の判断は、「幼稚園等に通園」といった比較的分かり易い事情を重要な尺度として潜在的稼働能力を否定しています。

 素人の方でも、この決定があることを指摘すれば、保育園や幼稚園に通えるようになるまでは潜在的稼働能力を前提に養育費や婚姻費用を認めるべきではないとする主張に説得力を持たせることができるのではないかと思います。

 幼少な子を養育している中、十分な養育費・婚姻費用の支払いを受けられず、困っている方への情報提供として、本決定を紹介させて頂きました。