弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

法律的に許される悪口なんてあるのか?

1.法律的に許される悪口?

 ネット上に、

「法律的に許される"最強の悪口"をいう方法」

なるものが掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190706-00029102-president-soci

 記事には、

「職場で仕事のできない部下や上司にガツンと言ってやりたいが、パワハラやセクハラで後で相手から訴えられるリスクがある。『職場でのトラブルの原因は今も昔も人間関係が大半』。・・・『ストレスがたまると、つい暴言を吐いてしまうときがあるかもしれません』。」

「弁護士によると法的に問題となる暴言は『侮辱』と『名誉毀損』。発言内容がいずれかに該当すれば、訴えられたときに不利な立場になる。」

と書かれています。

 そして、

「こうしたセリフを吐かずに、うまく相手にガツンと言える方法はあるのだろうか。」

と弁護士に問いを投げかけています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「相手への不満は『たとえ話』を活用しましょう。『最近の課長ってトランプ大統領っぽいよね』と言えば、仮に強引に物事を進める課長だとしても『侮辱』『名誉毀損』には当たりません。毀誉褒貶がある大統領ですが、まだ歴史的評価が下されておらず、決して『トランプ大統領っぽい=強引に物事を決める悪人』にはなっていません。また、たとえ話は具体的なことは特定していないため、相手から『不快な思いをした』と追及されても、発言内容を修正できる余地があります」

「真面目で頭もいいがおもしろくない人のことを『ドラえもんの出木杉君っぽいよね』と発言者の会話の流れにおける悪口を言ったとしましょう。その発言者の理解ではネガティブな物言いですが、これも相手の性格を完全否定しているわけではありません。ドラえもんに登場するキャラクターはそれぞれ長所・短所があり、発言内容の理解は各人違います。たとえ話は評価が確定的でないのが特徴です」

との方法を提言しています。

2.評価が確定していない人物に例えれば、名誉棄損や侮辱は成立しない?

 しかし、上記の提言が、評価の確定していない人物に例えさえすれば、名誉棄損、侮辱、ハラスメントに該当することを回避できるという趣旨であるとすれば、果たして本当だろうか? と疑問に思います。

 名誉棄損の成否は、普通の人がどういう理解の仕方をするのかを基準に判断されるからです。よく読めば別の意味に理解できるといった場合でも、普通の人の普通の注意と読み方を基準にして、社会的な評価を傷つけるようなものであればアウトです。

 これは昭和31年の最高裁判決で既に固まっている理解です。

 具体的に言うと、最二小判昭31.7.20民集10-8-1059が、

「名誉を毀損するとは、人の社会的評価を傷つけることに外ならない。それ故、所論新聞記事がたとえ精読すれば別個の意味に解されないことはないとしても、いやしくも一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従う場合、その記事が事実に反し名誉を毀損するものと認められる以上、これをもつて名誉毀損の記事と目すべきことは当然である。

と判示しています。

 「判例通説は、侮辱罪の保護法益も名誉棄損と同じく名誉」であると理解しているため(前田雅英編集代表『条解 刑法』〔光文堂、第2版、平19〕648頁参照)、侮辱の成否も、基本的には同様に理解して良いのではないかと思います。

 会話には流れがあります。

 前後の会話の脈絡の中から「最近の課長ってトランプ大統領っぽいよね」という言葉が、「強引に物事を進める『悪人』」であるとする侮辱的な意味合いを持っていることが看取される場合、それだけで刑事事件として立件されたり多額の慰謝料を請求する根拠となったりする可能性は極めて低いにしても、法的に消極的に評価されることは十分に在り得ると思います。

 裁判実務においても、前後の脈絡から問題となる発言の意味内容を評価することは、それほど珍しいことではありません。

 例えば、東京地判平29.10.17LLI/DB判例秘書搭載は、ツイッター上での名誉毀損の可否の判断の中で、

本件投稿記事のうち、3、4、11、13ないし18、20、22ないし34、36ないし44の投稿記事については、原告会社や原告X2の名称が含まれるものではない。しかし、本件投稿記事は、いずれも本件アカウントで投稿された一連の投稿であるところ、そのうちの本件投稿記事35においては、投稿者が原告会社の社員であり、同社の専務からセクハラ被害を受けたことが記載されていること、本件投稿記事の内容は、いずれも類似の内容の原告会社の不正行為や、原告会社の専務である原告X2にセクハラ行為を受けたことを繰り返し指摘するものであり、一般の読者をして、いずれの投稿記事においても、原告会社の社員である投稿者が、原告会社及び原告X2の行為を指摘するものであるものと認識できるものというべきである。」

と一連の流れの中で、各投稿の意味内容を評価・認定しています。

3.職場で人の悪口は言わない方がいい

 悪口を言う趣旨で、例え話を持ち出し、人を揶揄するようなことは、端的に言って、しない方がいいと思います。

 言われた人から不快な思いをしたと追及されるや、「そういう意味ではなかった」と言い逃れをするのも、誠実ではない態度だとも思います。

 曖昧な方法で悪口を言ったところで問題の解決には繋がらないし、どんどん職場の雰囲気が悪くなるだけだとも思います。

 強引な物事の進め方で職場に不都合が生じているのであれば、端的に

「課長、それは強引すぎます。」

と本人に直接言って、具体的な問題点を指摘すれば良いと思います。

 回答者の弁護士の方は、

「うまく相手にガツンと言える方法はあるのだろうか。」

との方法に

「『たとえ話』を活用しましょう。」

という答えを示しています。

 しかし、私であれば、

「『ガツン』が何を意味するのかはともかく、相手に不満を伝えるのに、名誉毀損的表現や侮辱的表現は必要ありません。悪口も、言い逃れできる余地を作った例え話も、必要ありません。感情的にならず、相手の自尊心を必要以上に傷つけることがないよう配慮しながら、事実を淡々と指摘し、改善して欲しいことを伝えるのが良いでしょう。」

と回答すると思います。