1.本人訴訟に対する裁判所の姿勢
代理人弁護士を選任しないで、当事者が自ら訴訟追行することを本人訴訟といいます。
職業柄、原告、被告の双方が本人訴訟である場合の裁判所の訴訟指揮の実情に関しては、あまり良く知りません。しかし、訴訟代理業務をしていると、本人訴訟で審理に臨む相手方と対峙することは定期的にあります。そうした場合の裁判所の訴訟指揮は、大雑把に言って、
代理人弁護士が選任されている訴訟では考えられないほど本人保護に配慮するか、
ドライに淡々と進めるか、
の二つの類型に分かれるように思います。
私の個人的な経験の範疇で言うと、前者のように本人保護に傾斜した訴訟指揮が行われることが圧倒的に多く、後者のような割り切った進行が図られることは稀です。
ただ、稀ではあっても、そうした事例はないわけではなく、本人訴訟で代理人弁護士と対峙することのリスクの一つだと考えても良いのではないかと思います。
近時公刊された判例集にも、裁判所による強引な結審が問題視された裁判例が掲載されていました。名古屋高判令2.5.20労働判例ジャーナル107-44 豊田中央研究所事件です。
2.豊田中央研究所事件
本件は、原告・控訴人が解雇無効を主張し、被告・被控訴人会社に対し、地位確認等を求める訴えを提起した事件の控訴審です。
幾つかの争点のある事案ですが、最も特徴的なのは、訴訟手続の法令違反が問題となった点です。
一審の裁判所は、本件の弁論を、僅か2回の期日で終結させていました。
しかも、1回目の期日で被告(訴訟代理人)は、請求の原因に対する答弁を「追って認否する。」と記載した答弁書を提出するのみで、欠席していました。被告側の実質答弁は、2回目の期日が最初になります。
原告の方は、2回目の期日までに、反証の意向を付した準備書面を提出していたようですが、一審裁判所は、2回目の期日で弁論を終結し、判決言い渡し期日を指定しました。
原告の方は、判決言い渡し前に、弁論再開の上申書、書証、準備書面を提出しました。しかし、一審裁判所は、弁論を再開することなく、原告敗訴の判決を言い渡しました。これに対し、原告の方が控訴提起したのが本件です。
こうした審理経過に対し、裁判所は、次のとおり述べて、訴訟手続の法律違反を認め、原審に審理を差し戻しました。
(裁判所の判断)
「本件は、被控訴人に約25年勤務した後、本件就業規則41条1号(研究所員としての能力を著しく欠くとき)及び5号(その他前各号に準ずる程度の事由があるとき)に当たるとして普通解雇(本件解雇)された控訴人が、
〔1〕本件解雇の無効を主張して、地位確認等を求め、また、
〔2〕被控訴人が控訴人に対して裁量労働制を適用しなかったことや本件解雇に至る過程での被控訴人の行為について不法行為に基づいて損害賠償を求めた事案である。
このような解雇の有効性が問題となる事案においては、原告(労働者側)が解雇無効を基礎づける事実を主張し、被告(会社側)が当該解雇が客観的合理性と社会的相当性を有し権利濫用ではないことを基礎づける事実を主張立証することになる。そして、実際上は、解雇の客観的合理的理由の存在と社会的相当性を基礎づける事実について被告(会社側)が立証責任を負うにほとんど等しい運用がされている。このような訴訟の基本的な構造に鑑みれば、解雇無効が争われている訴訟においては、被告(会社側)が主張する具体的事実の主張立証について、原告(労働者側)に認否、反論、反証の機会を与えることが必要であることは明らかである。」
「これを本件についてみると、被控訴人が、請求原因に対する認否をした書面は被告準備書面(1)であり、本件解雇を正当化する具体的事実を初めて主張したのは被告準備書面(2)であるところ、これらを控訴人が受領したのは原審第2回口頭弁論期日直前の令和元年7月8日頃と考えられる。この経過からすれば、上記口頭弁論期日において控訴人が十分な認否、反論、反証ができないとしてもやむを得ないことというべきである。そして、控訴人は、上記口頭弁論期日において、簡略な準備書面を提出するにとどまり、今後、反論、反証の意向があることを示している(書証提出の意向があることは上記口頭弁論期日調書の記載からして明らかであり、反論の意向を示したことは合理的に推認される。)。このような、実質的には初回の口頭弁論ともいうべき期日において、控訴人(原告)が反論、反証の意向があることを示しているにもかかわらず、その意向を押し切る形で、また、被控訴人が弁論終結を求めていないにもかかわらず(被告準備書面及び書証の提出時期及び経過からすれば、被控訴人も上記口頭弁論期日で弁論が終結されることは考えていなかったと思われる。)、原審が、弁論を終結したことは、訴訟の手続的正義の要請に反し、控訴人の正当に訴訟を追行する権利を害するものといわざるを得ない。そうすると、上記口頭弁論期日の時点において、本件が「訴訟が裁判をするのに熟したとき」(民事訴訟法243条)にあったとは評価し得ないものである。もとより、弁論終結について原審に裁量はあるが、その裁量も無制限なものではない。上記弁論終結手続は、上記の理由により原審の裁量を超えるものとして違法と判断せざるを得ない。原審は、控訴人の訴状における主張が詳細なものであったこと等から、被控訴人の主張に対する控訴人の反論がなくても本件訴訟が裁判をするのに熟していると判断したのかもしれないが、前記のとおり本件のような解雇の有効性が争われている訴訟においては、特別の事情のない限り、控訴人の反論を得て争点を明確化し、必要な書証を提出させることは最低限行われるべきことであるところ、本件においてそのような手続の省略を相当とする特別な事情はうかがえない。」
「また、前記認定事実によれば、控訴人は、原審第2回口頭弁論期日終了後、ほどなく本件各書証を、また、その後に原告第3準備書面をそれぞれ原審に提出して弁論の再開を求めたが、原審は弁論を再開していない。前記認定に係る一連の経過の下において、原審が弁論を再開しなかったこともまた、訴訟手続の法律違反に当たるというべきである。」
3.代理人弁護士が選任されていた場合、一審は同じ判断をしただろうか
控訴審裁判所が指摘するとおり、原審裁判所は、かなり強引かつ正常でない訴訟進行を図っているように思われます。被告訴訟代理人すら結審を予期していなかったというのも、おそらくその通りだと思います。
仮定の話でしかありませんが、もし、原告に訴訟代理人弁護士が選任されていた場合、一審裁判所が同じ判断をしたかというと、かなり疑問です。おそらくは、普通に期日を続行し、反論と立証の補充を指示していたのではないかと思います。
本人訴訟には、弁護士費用が発生しないというメリットがある反面、種々のリスクが潜んでいます。本件は控訴審で是正されましたが、裁判所が強引に結審し、事件を落としてしまうというリスクも、考慮に入れておく必要があるのだろうと思われます。